今年3月に配信した「『アメとムチ』は、どちらが効果的なのか?」に対しては、多くの反響を頂戴し、また未だ多くのアクセスを得ています。
今回は、その続編をお届けいたしましょう。
ある運送会社を束ねる社長の話です。筆者がコンサルティングの依頼を受けて、しばらく出入りした会社のエピソードです(結局、仕事は中途半端に終了しましたが)。
エピソードの舞台となる運送会社は、車両台数30台ほど、4tウィング車および増トン車ウィング車を中心に、共配をメインで取り回しており、業績もすこぶる好調です一例として、同社では4t車においても、月間の平均売上は120万円を超えています。4年ほど前の統計において、4t車の平均月間売上が70万円程度と言われていましたので、平均を大きく上回る実績を上げていると言えるでしょう。
そんな会社が何故コンサルティングを求めてきたのか?
同社では、後を絶たない商品事故に頭を悩ませていました。頭を悩ませているのは、荷主も同様です。ついに、メイン顧客である荷主から、「事故を減らすことができないのであれば、取引を切る!」と言われてしまいます。そこで、外部コンサルタントに頼ることになった次第です。
同社はすべての事故に関し、詳細な事故報告書を作成していました。荷主からの指導が厳しかったためです。事故報告書に目を通し始めた私は、すぐにある特徴に気が付きます。
- 「落とす」、「ぶつける」といった、一見単純な商品事故が多いこと。
- 同じドライバーが、何度も事故を起こしていること。毎週事故を起こしているドライバーも複数いること。
結論を申しましょう。
同社では、ドライバーが定着しないため、半年以内離職率が極めて高くなっていました。事故をおこすのは、経験の浅いドライバーだったのです。
売上が高い、つまり運賃が高い仕事をこなしている同社ですが、高い運賃をもらえることには理由があります。その理由のひとつが荷扱いの難しさ。詳しい情報は割愛しますが、経験のない新人が1~2ヶ月で平然とこなせるような難易度の荷物ではありません。
- 平均より高い給与に惹かれて、ドライバー経験の少ない(もしくは「無い」)人が入社する。
- 経験が浅い上に荷扱いが難しいため、商品事故を起こす。
- 社長に怒られる。
- ペナルティによって給与が減額される。
- 嫌気が差した新人ドライバーが退職する。
そして、行程1.に戻るわけです。負のスパイラルの見本のような結果…と言えるでしょう。
ちなみに、同社で二年以上勤めたドライバーに関しては、事故発生率はとても少なく、優秀な結果でした。ただし、そのようなドライバーは、同社には二割弱しかいませんでしたが。
私が気になったのは、社長の怒り方でした。厳しい叱責をする上に、話が長い。30分を超えることは普通で、ひどい時には2時間近くになることもあるそうです。
同社の運行会議に参加したことがありました。毎月一回、土曜日の夕方から行われる会議では、ひたすら社長が話し続けます。それも半分以上は小言に近いような内容でした。
普通の神経をしていたら、嫌になってしまっても仕方ありません。
「何故、そのように怒り続けるのか? 『アメとムチ』という言葉があるとおり、社員の育成には褒めることも大切だと思わないのか?」
私は、社長に尋ねました。すると、社長はこのように言ったのです。
「褒めても、結局私は裏切られ続けてきた。だから褒めるのは損だ。だから、私は褒めない」
褒めても、事故は減らない。
褒めても、会社を辞めてしまう。
だったら、褒めることは無駄じゃないか。
それが、社長の主張でした。
「怒ったところで、結局ドライバーは退職していますよね?」
私の問いに、社長はこのように答えました。
「私の怒り方が足りないのでしょうか?」
「褒めると損をする」という発想、その理由はなんでしょう?
- 褒めても見返りがない。
- 「褒める」という行為が、なんとなくいかがわしく感じる(下心を隠しているように感じる)。
- 「褒める」=「甘やかす」だと思っている。
- 「誰かを褒める」と、負けた気分になる。「誰かを褒める」という行為は、誰かが自分よりも優れていることを認める行為に繋がると感じる。
- 他人を褒めるよりも、自分が褒めて欲しい。
他にもいろいろとあるのでしょうが、実際にはここに挙げたような感情が、いくつも心のなかで交錯していることと思います。
「褒めると損をする」と考えている人を説得するのは、とても大変です。何故なら、これらの理由はすべて感受性の問題であり、理屈ではないからです。もっと言えば、その人のパーソナリティの根幹に近い特質とも言えます。
「褒めることのできない人」を、幼少期に褒められた経験が少ないことに所以するとする研究もあります。幼少期に褒められた経験の少ない人は、自己肯定感が少なく、自分に自信を持てないという内容です。褒める、もしくは褒められるという行為は、それくらいパーソナリティに影響をあたえます。
最後に、褒めるという行為、もしくはアメとムチの関係を説明する際に、私がよく取り上げるエピソードをご紹介しましょう。
犬のしつけの話です。(犬を飼った経験がない人には分かりにくいかもしれません)
例えば、無駄吠えをする犬を叱った後、犬が伏し目がちで申し訳なさそうに飼い主を見上げることがあります。
あの行為には、「ごめんなさい、許してね」という気持ちと、「ちゃんと命令に従ったんだから、褒めてくれないかな」という気持ちが混ざっているとのこと。なので、正しい犬のしつけ方法は、「吠えちゃダメ!」と叱った後、吠えるのを止めたら、「命令を聞いてえらいね!」と褒めてあげることが必要なんだそうです。
犬と人間は違う?
もちろんそうです。
ですが、あえて申し上げましょう。騙されたと思って、ムチからアメへと連動させる指導方法を工夫し、そして試してみてください。
きっと、社員育成における有効なツールとなりますよ!