秋元通信

見落としは人間の特性!? 新人教育に効く認知心理学の話

  • 2018.3.23

「よく見なさい!」

 
何か間違いを犯した新人に対し、こんな言葉を発することはありませんか?
教育する側からすると、「なんでこんな分かりやすいトコロを見落とすかなぁ…」と、ついイライラしてしまうものの、言われた新人側からすると、「そうは言われても…」という気持ちになることも。
 
実はこれ、新人の能力不足や注意不足ではなく、ひとの視覚特性、もしくは認知心理学を原因とする、避けようのないギャップの場合もあるんです。
 
今回は、ひとの視覚特性を利用し、新人教育の効果を上げる方法を考えましょう。
 
 
ひとつ昔話を。
私は以前、モータースポーツ関係の仕事をしていたことがあります。
公私混同して、友人を何度かサーキットに誘ったことがありますが、初めてレースを観る人は、「カラフルなクルマがすごい勢いで走ってる…」というだけで、レースの展開を楽しめない人が多いんですね。特に、周回遅れが発生し、速いクルマと遅いクルマが混走し始めると、どこが先頭なのかも分からなくなってしまいます。
そういう時は、観るポイントを限定してあげるようにしていました。例えば、「青に黄色のラインが入った、19号車だけ応援すればいいよ!」と伝えます。すると、「あっ!、19号車が一台抜いている!!」とレースの展開が診えるようになってきます。サーキットを走るたくさんのクルマの中から、19号車と、19号車の前後を走るクルマについては識別できるように目が育ったわけです。
そこで、「1号車が昨年のチャンピオンカーで、今日のレースも先頭を走っているよ」と指摘してあげると、さらに目(クルマの識別眼)が育ち、生の現場でレースを楽しむ能力が身に付くわけです。
 
 
クイズ番組などで、画像の一部が変化していく部分を当てる問題をご覧になったことがありますか?脳トレとか、アハ体験などと呼ばれるクイズです。
このように、目の前にある光景の一部が変化しても、その違いに気が付かない(もしくは気が付きにくい)人間の視覚認知特性を「チェンジブラインドネス」と呼びます。認知心理学などで用いられる用語です。
 
 

チェンジブラインドネス画像の例


 
動画で分からなかったひとは、こちらもご確認くださいね。
画像はクリックで拡大します。拡大後、右矢印(→)で次の画像へ、左矢印(←)で前の画像を表示できます。

答え合わせは、ページ最後をご確認ください。
 
チェンジブランドネスの特徴として、いったん違いに気がついてしまうと、その違いが固定される点があります。一度見たチェンジブラインドネス・クイズは二度と間違うことはありませんし、むしろ「なんでこんな違いに気が付かないかなぁ(気が付かなかったかなぁ)」と感じることもあります。
 
モータースポーツ観戦の例も同様です。
初心者は、当初レースカーの違いを見分けることに苦労します。ところが、見るポイントを特定のレースカーに絞ってあげることで、特定のレースカーを見分けることができるようになり、そしてやがて他のレースカーも見分けることができるように、つまりレース全体を楽しめるようになります。
 
 
このような人間の特性を、心理学では「選択的注意」と呼びます。

「選択的注意」とは、多様な情報が渦巻くような環境条件下において、その個人にとって重要だと認識された情報のみを選択し、それに注意を向ける認知機能を指す概念です。
(出典:心理学用語集 サイコタム

 
新人教育においても、実は同じことが起こっています。
「よく見なさい!」と言ったところで、経験の少ない新人は、「見ろ!」と言われた対象における情報量の多さに溺れてしまい、的確な情報を見つけだすことができません。
選択的注意ができないため、チェンジブラインドネスを起こし、もしくは的確な情報を見逃してしまうのです。
 
ちなみに、チェンジブラインドネスについては、研究によって以下のようなことがわかっています。

  • 情報量が少ない画像、つまり殺風景な画像のほうが、変化に気が付きやすい。
  • 変化対象物は、中央に近い場所に位置するほうが気が付きやすい。
  • 背景と変化対象物は、補色の関係にあるほうが気が付きやすく、逆に同系色だと気が付きにくい。
  • 左にあるものの変化は気が付きにくい。

当社ブログにアップしたチェンジブラインドネス画像は、2種類あります。
事前に、何人かの方に体験してもらっています。

  • 最初の画像は、変化する場所が、「同系色の背景」で「画像の端」にあり、気がつく人が少ない。同画像では、ひとが大人数登場しており、画面の情報量の多さも、難易度をアップした原因になったものと推測される。
  • ふたつ目の画像は、変化する場所が、「中央」で「補色関係にある色の変化」にあり、気が付く人が多かった。

さて、チャンジブラインドネス現象、そして選択的注意を新人教育に活かすとしたら、どのようにすれば良いのでしょうか?

  1. 「見る」ポイントを指示すること。
  2. 「見る」優先順位を設けること。「見る」能力の向上につれて、「見る」ポイントを増やしていく教育を意識すること。
  3. 「見る」ポイントに対しては、選択的注意を向けやすい工夫をこらすこと。具体的には、視野の中央に位置する場所に設定するなど。背景と「見る」ポイントを補色の関係にするとなお良い。

 
 
例えば、倉庫や工場などの現場において。
KYボードなどは、目線の高さに設置し、目立つ色でボードを囲う、ボードの背景色を目立つ色にするなどの工夫をこらすと良いでしょう。また設置する場所は、背後に荷物や製造設備があるようなゴチャついた場所ではなく、壁や柱の前など、背景がスッキリとした場所が好ましいです。
 
<都電荒川線車庫の工具置き場。緑の壁や治具、棚を背景に、灰色のボードなのでよく目立つ。>


 
例えば、PC操作において。
業務系システムのレクチャーにおいて、ボタン色等を変更することは難しいですね。
このような場合は、選択的注意を向けるポイントと視線の動かし方を指示・教育すると良いです。
私がよく使うレクチャー・テクニックは、画面下部にあるボタンにまず注視させる(選択的注意を向ける)こと。画面下部にあるボタンは、「今の操作を完了する」、「次の操作に遷移する」など、重要な役割を果たすことが多いので、ボタンの内容を確認してから、画面全体の情報を確認するようにすると、理解が早く進む場合があります。
ボタンが「入力」であれば、同ページは情報を入力するためのものであり、「次へ」であれば、一連の操作フローの途中であることが分かります。「完了」や「送信」であれば、一連の操作を決定づけるものであり、ボタン押下の前には慎重な確認が必要となることが分かります。
 
冒頭の例に戻りましょう。
「よく見なさい!」と言う人、特に詰問するように言う人は、心中に「なんでこんなことができないかな!」、「見れば分かるじゃないか!」という気持ちを抱えています。裏返せば、「自分にはこんなにも簡単に理解(視認)できることなのに」と思っているわけです。しかし、チェンジブラインドネスという認知心理学から考えれば、「新人が分からないこと」も「ベテランが分かること」も、当然のことなのです。
勘違いしないでくださいね、新人がおバカさんなわけではありませんよ。むしろ、適切なレクチャーができないベテランさんの指導能力欠如を反省すべきです。
 
ここに書いたことって、当たり前といえば当たり前のことです。
だからこそ、視覚の仕組み(トリック)や、心理学をちょっと知ることで、新人教育をより効果のあるものにできるヒントになるわけですね。
 
来月から新人を迎える読者様も多いことと思います。
新人は会社の宝です。だからこそ、質の高い新人教育ができるよう、本記事が多少なりともお役に立てば幸いです。
 
 

出典

Science Journal of KanagawaUniversity
「視線追跡装置を用いたチェンジブラインドネスの研究」 (2009/6/20)
 
 

チェンジブラインドネス画像 変化箇所の答え合わせ


 
 


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