秋元通信

ドラレコは裁判の証拠になるのか?

  • 2018.3.30

物騒なタイトルですね、我ながら。
結論から言えば、ドラレコで撮影した映像は、裁判における証拠として十分以上に役立ちます。もっと言えば、現在において、ドラレコは交通事故における「最強」証拠ツールと言って良いでしょう。
ところが調べてみると、交通事故裁判において、ドラレコが「絶対的」な証拠となりうるかというと、そうでもないんです。
 
今回は、ドライブレコーダーの映像を裁判で証拠として採用する際の課題や問題点について考えましょう。
 
 
ところで。

当社が取り上げられたNHK福岡「ロクいち」から

当社が取り上げられたNHK福岡「ロクいち」から

今年1月、ドラレコをテーマに当社が受けた取材がNHKで放送されるとご案内し、しかし実際には放送が見送られたことがありました。秋元通信読者の皆さまには、たいへんご迷惑をおかけいたしました。あらためて、お詫び申し上げます。
問題の取材ですが、福岡ローカルの番組で放送されておりました。結局、皆さまにご覧いただくことは叶いませんでした…
 
番組中では、当社で取り組んでいる、ドラレコを活用した安全運転への取り組みなどとともに、交通事故の際の証拠として、ドラレコ映像が紹介されておりました。
 
 
昔話です。
筆者が現役トラックドライバーだった時、少し変わった先輩ドライバーがいました。映像オタクだった彼は、1990年代初頭から高価なビデオカメラ等を所有し、よく分からない映像を撮影し続けていました。
彼は自家用車を運転する際、常に助手席に三脚をセットし、走行映像を撮影していました。今で言うところのドラレコと同じ状態だったわけです。ある時、追突され、そのまま逃げられたことがありました。警察に届け出た彼は、警察官に撮影していた映像を見せます。映像には追突されて悲鳴をあげる彼の声と、その直後に急加速して走り去っていくクルマ、そしてそのナンバーがはっきりと写っていました。
警察官とともに追突当て逃げ犯の自宅に赴いた彼。当初、犯人は当て逃げを否認するも、その場で件の映像を見せられ、すぐに追突の事実を認めました。
 

「オタク趣味が役に立ったじゃないですか!」

からかう私に、彼は少し不満そうにこう言いました。

「いやでも、証拠として採用されたのは、あくまで当て逃げ犯人の自白だって言うんだよ。警察には、映像は証拠にならないって言われた…」

 
一般的なドライブレコーダーには、ひとつしかレンズがありません。これを単眼レンズと言います。ひとが三次元を的確に把握することができる、つまり距離感や対向物の速度差を認識できるのは、ひとの眼がふたつあるからです。つまり複眼です。
単眼レンズで撮影された映像から、距離や位置関係、もしくは速度をなどを割り出すのは、実は簡単ではありません。
さらに言えば、ドラレコでは、広い視野の映像を記録するために広角レンズを使っています。カメラを趣味とされる方はご存知かと思いますが、レンズは特性上、広角になるほど画角の端のほうが歪みます。
 
一般的なドラレコ、つまり単眼レンズで撮影された映像から、例えば事故車や衝突対象物、道路端からの距離や位置関係を計測するのは、実はとても高い解析技術が必要なんだそうです。
 

「単眼カメラにて撮影された映像・画像に関しての知識を含まない鑑定も多くあり、個人の見解を提出することに疑問を持つ。物理鑑定書は、映像・画像の特性を熟知せずに書かれているものがほとんどだからだ」

 
これはある映像鑑定専門家の言葉です。「個人の見解」とは、科学的根拠に基づく正確性を担保しない鑑定を指した皮肉ですね。「素人が知ったかぶりするなよ!」、汚い言葉で言えば、そういうことなんでしょう。
 
ただし、専門的かつ科学的根拠を担保した解析(物理鑑定書)を、映像証拠として提出することには課題もあるそうです。理由は、小難しい計算式をずらずら並べた証拠を提出しても、裁判官、弁護士の双方とも理解するのが難しいから。言われてみれば、そういう課題もあるでしょうね。
 
ある弁護士のレポートでは、映像解析の結果、証拠として提出したある「長さ」について、裁判中に「その長さの誤差はいくつですか?」と聞かれる理不尽を嘆いています。
理不尽の理由は明確です。もともと、単眼レンズで撮影した映像から正確な長さ(真の値)を出すことが難しいから、推定値(長さ)を算出したわけです。
誤差とは、真の値と推定値との差を表す値です。誤差が分かるくらいならば、最初から推定値など証拠提出する必要などありません。
言われてしまえば、確かに科学に対する理解不足から生じる理不尽です。
つまり、科学的には正しい見解も、裁判官の科学的素養によって、正当に判断されない可能性があるということです。
 
もっと初歩的なミスから、映像が証拠として認められなかったケースもあります。
これはデジタコの映像ではなく、防犯カメラの映像だったのですが。
あるガソリンスタンドにおいて窃盗事件がありました。犯行の一部始終がスタンドに据え付けられた防犯カメラに写っていました。当然、証拠として採用されたのですが、後から防犯カメラの映像の時間設定が間違っていたことが分かります。この誤りをきっかけとして、証拠総体の信頼性がゆらぎ、最終的に公訴取り下げ、つまり犯人を裁くこと自体を断念したんだそうです。
 
ドライブレコーダーが交通事故の証拠として有効な事例を考えてみましょう。

  • 交差点進入時の信号表示が争われる場合
  • 交通の妨げとなる駐車車両の有無など、周囲の道路状況が争われる場合
  • 「車線変更」をしたか否かといった、行為の有無が争われる場合

 
対して、車間距離を争う場合、センターラインのオーバーした走行を争う場合など、距離や位置関係、場所などをデジタコ映像から正確に計算するのは容易いことではないとしています。
 
ちなみに、最近増えているLED式信号機の場合、ドラレコによっては灯火の色が記録されないことがあるんだとか。これは怖いですね、私も今回初めて知りました。
実はLED式信号機の中には、人の目では認識ができない点滅(高周波駆動)を行うことで、体感上の明るさや省電力を実現しているものがあります。録画時のフレームレートが低いドラレコでは、灯火色が記録できないことがあるんだそうです。
 
費用の問題もあります。
ドラレコ映像を専門家が解析する場合、百万単位の費用がかかるケースもあります。また、せっかく解析したデータを科学的に、かつ裁判においてわかりやすく噛み砕いて説明できる弁護士もそうそう多いわけではありません。
もしあなたが交通事故の被害者であっても、証拠として提出したドラレコ映像、そしてそこから導き出した事故状況について、科学的根拠と正確性を求められた場合、(最終的に裁判で勝てば、訴訟費用等は取り戻せるとは言え)いくつものハードルを乗り越える必要があります。
 
「ドラレコは裁判に証拠になるのか?」
 
繰り返しになりますが、現在のドラレコは、交通事故において最強の証拠ツールであることは確かでしょう。
しかし、絶対ではありません。そして、今後も最強であるかどうかは定かではありません。
 
裁判の結果は、判例の積み重ねによって作り上げられるものです。冒頭の昔話において、追突された際の映像が証拠にならなかった理由は、当時はドラレコがなかったため、映像を証拠とした採用した判例が乏しかったからでしょう。
近い将来、「ドラレコ映像なんて、証拠としてまったく信頼性無しです」なんて判例が出たら、いずれドラレコ映像が証拠として通用しなくなる可能性も、ゼロではないわけです。
あくまで私見ですが、将来のドラレコでは、改ざん防止証明書が付加される動画フォーマットが採用されるように思います。そうじゃないと、ドラレコ映像を不正に編集する不埒な輩がいずれ登場するでしょうから。
 
とは言え、そもそもドラレコ映像に頼るような事態に陥らないこと、つまりは交通事故の加害者にも被害者にもならないことが、なにより大事です。
 
安全は、物流の絶対正義です。
皆さま、ご安全に!
 
 
 

出典および参考資料

 
「自由と正義」 2018年3月号

弁護士業務に役立つ科学知識 第4回
ドライブレコーダー映像及び画像を活用した交通事故の鑑定

 
「季刊 刑事弁護」 2012年春

事例報告8
ビデオ画像分析 大阪地裁所長襲撃事件

 
「交通事故判例速報」 No.550

客観的証拠(物件事故報告書・ドライブレコーダー等の画像資料)の活用例と問題点

 
 
 


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