人不足や採算性の悪さ、安い運賃など、今の物流業界はさまざまな課題を抱えています。
「荷主さんにいくら説明しても、俺たちの苦しみを理解してくれないんだよ」
なるほど、確かにそうかもしれませんね。
今回は視点を変えて、物流業界の窮地が理解されないという現象を、心理学から科学してみましょう。
先日、物流業界以外の方々と雑談をしておりました。
皆さま、職業に「士」であったり、敬称に「先生」がつくような立派な方々ばかりです。
「物流業界が人不足って言うけど、そんなの給料を上げれば一発で解決だろう!?」
「上げる原資がないですよ…。運送会社の平均営業利益率って、マイナス0.9%なんです。8年連続で赤字なんですよ!」※1
「じゃあ、実入りを上げればいいだろう!」
「運賃のアップなんて、お客さんが許さないですよ。『運賃アップ』がとっても難しい課題なので、国土交通省でも『トラック運送業の適正運賃・料金検討会』を今年7月に立ち上げたばかりです」※2
「じゃあ、そこで標準運賃を決めてしまえば、一発で解決だな」
「それがまたややこしくて、標準運賃の制定は、見送られそうなんです。儲かっている運送会社からは、『運賃の値下げ交渉に使われてしまう!』って意見も出てまして」
「君、それおかしくないか??
だって、業界として儲かっていないんだろ?
儲かっている会社もあるだろうが、少数派なんだろ?
標準運賃を設定したら、喜ぶ運送会社の方が多いはずだろ!!」「…..」
このやり取りに関しては、筆者の説明不足やら、相手方のロジックに根本的な誤りなどがあります。しかしながら、「相手に理解を求める」、「他業界の方に、物流業界の窮状への共感を抱いてもらう」という点では、事実として失敗しているわけです。
「共感」について考えてみます。
あなたがひとりの友人と食事をとっているところを想像して欲しい。
普段と違い、言葉少なで元気がないようにみえる今日の彼女に、あなたは問いかける。
今日、彼女は会社からリストラを宣告されたのだと言う。
彼女は落胆し、恐れ、そして傷ついている。
あなたは彼女を気の毒に思い、そのように伝える。
あなたは、あなたの職場でも、リストラが行われた過去を思い出す。
彼女の様子を見て、あなたも不安を感じる。
と同時に、あなたはこうも思うのだ。
「自分じゃなくてよかった」
共感という言葉であり、用語には、4通りの分類があるとされます。
- 他者の思考や感情を知ること
このケースでは、「彼女」が仕事を失うことを恐れていることや、恐れ、落胆を知ることが、この分類にあたります。 - 他者と同じ感情を抱くこと
「彼女」の様子を見て、「あなた」自身も不安を感じたことが、この分類にあたります。 - 他者の立場に、自分自身がおかれた様子を想像すること
「あなた」の職場でも過去にリストラが行われたことを思い出し、(結果として「あなた」はリストラを免れたものの)『もし私(※あなた)がリストラされていたら』と想像することが、この分類にあたります。 - ある感情に苛まれている他者に対して、評価的感情を抱くこと
「自分じゃなくてよかった」と感じた「あなた」の感情が、この分類にあたります。
逆に言えば、この4つの要素のいずれかを満たさない場合は、「共感が得られていない」ということになります。
もう少し、小難しい話が続きます。
メンタルモデル、という概念があります。
これは認知心理学における重要なポイントのひとつであり、人がものごとを認知したり理解する、そしてその後の行動を決定する上で、重要な役割を果たすとされています。
以下は、私自身が経験したエピソードです。
会社の同僚と、仕事終わりにラーメンを食べた私。店を出た瞬間に、「パン!」という乾いた音がする。そのまま駅方向に歩き出そうとした私と同僚の視線の先には、盾を持って駆けてくる機動隊員が!?
「銃声です!! すぐに店に戻りなさい!!」
そう、私たちは、ヤクザの抗争に居合わせただった。
ちなみに、銃の脅威が日本よりも身近な海外の国では、例えば銃声と聞き間違う、クルマのバックファイヤーの音がしても、居合わせた人たちは銃弾を避けるため、即座に地面に伏せる習慣があるそうだ。
私に限らず、多くの日本人において、「銃声=危険」というメンタルモデルは、ふわっとしたものであり、確たるものではありません。
対して、一部の海外の方々にとっては、「銃声=危険」は現実的な危機であり、確固たるメンタルモデルとして形成されています。
「パン!」という音を聞いて、「これは銃声かな?」と考え、「銃を持っている人が近くにいるから、危ないよなぁ」と…、悠長に考えていたら、撃たれてしまいます。
このように、理解を素早く行うために、メンタルモデルはとても重要です。
もうひとつ、メンタルモデルの重要なポイント。それは、理解への深さであり正確さを助けるという能力です。
「パン!」=銃声という認知であり、銃声の存在=自分自身への危険という明確なメンタルモデルが形成されていれば、現状認識を正確かつ深く行うことができ、そして次に行うべき行動を、より正確に判断することができるのです。
結論を言ってしまえば。
物流業界の窮状が理解されないのは、一般の方々、つまり他業界の方々が、物流業界のことを知らないことが、原因のひとつでしょう。それどころか、例えば「配送料は無料である」といった、誤ったメンタルモデルが形成されていることで、物流業界に対する正しい現状認識に対する障害にすらなっています。
そして、物流業界にいる私どもも、物流業界に対する正しいアピールを行ってこなかったという反省を持つべきです。
そしてさらに言えば、他業界の方々に対して、共感を得られるようなきちんとした説明を怠ってきたという反省もするべきではないでしょうか。
例えば、冒頭の私の経験では、どのようにして共感を得れば良かったのでしょうか。
- 相手がIT業界の場合
「例えば、IBMやMicrosoftに対して、『標準料金を順守しろ!』って言ったらどうなりますか?
彼らはきっと、独占禁止法やら難しいことを言い出して、潰しにかかるはずです。
だから中小零細のシステム屋たちは、赤字ギリギリの開発費用に苦しんでいても、業界標準料金なんてものが夢物語だと分かっているんです」 - 相手が土木業界の場合
「運送業界も土建業界も同じで、中小零細企業が大半を占めているわけです。運送会社の場合、99%が中小零細企業です。業界『平均』が儲かっていないと言ったって、中にはきちんと儲けている会社もあるわけで、そんな寄り合い所帯的な業界において、業界としてのコンセンサスとなる『標準料金を設定する』ことが、どんなに難しいか、分かりますよね」
もうひとつ例を挙げましょう。
荷主に対し、運賃の値上げを交渉しなければならないとします。
そのためには、物流業界の窮状を訴えなければならないとします。
どうすれば良いのでしょうか?
NISSANのカルロス・ゴーン氏は、「数値化できない目標は『実行できない』とイコール」と発言しました。このエピソードは、数字の大切さと説得力をアピールするためによく使われます。
数字の説得力は、多くのビジネスマンに共通するメンタルモデルです。
だからこそ、原価やコスト、そして売上などの損益モデルを説明し、荷主に対し理解を求めること、そしてそこに共感を得ることのできるエピソード(「原油高が続いていますよね」など)というスパイスを加えることができれば、相手に対して大きな共感力を得て、結果へと繋がるのではないでしょうか。
「我々の仕事は特殊だから」とか、「私の仕事は、他の人には理解できないよ」とバリアを張る人が、物流業界のみならず、世の中にはいらっしゃいます。
それは事実でもあるのでしょうが、それを言ってしまってはおしまいです。
もし、物流業界の窮状を本気で訴えたいのであれば、理解しない他者を嘆くのではなく、理解される、共感されるストーリーを作り上げる必要があり、努力する必要があるのではないでしょうか。
※1 経営分析報告書 平成26年度決算版 (全日本トラック協会)
https://amlogs.co.jp/?p=1428
※2 適正運賃収受のため議論 国交省が検討会立ち上げ
http://www.weekly-net.co.jp/administration/post-12634.php
出典/参考:
本記事を書く上では、以下文献を参考にしました。ただし、同文献では「共感には8通りの使い方がある」としています。その説明は難解であったり、納得しづらい点があったため、単純化して「共感=4通り」として、本記事においては再構成しています。
「共感の社会神経科学」 / 勁草書房
ジャン・デセテイ / ウィリアム・アイクス (著作)
岡田顕宏(訳)