岩手県陸前高田市、宮城県南三陸町、石巻市の大川小学校、そして福島県浪江町付近の画像をお届けします。
筆者は毎年、「ツールド三陸」というサイクリングイベントにボランティアスタッフとして参加しています。これは岩手県陸前高田市で行われるイベントで、東日本大震災で傷ついた街を応援していこうという復興支援イベントです。画像は、イベントが行われた2017年10月1日と翌日に撮影したものです。
※画像はすべてクリックで拡大します。
震災から6年が経ったいま、陸前高田市では津波に襲われた平地部分のかさ上げ工事が進み、新しい街ができつつあります。
- 海沿い、奇跡の一本松からクルマで3分ほどの場所に建てられた追悼施設の石碑。
- 陸前高田市の追悼施設。
- 慰霊碑。悲しみ、痛みは、けっして薄れていません。
- かさ上げされた地には、新たな道路や施設が建設されています。
- アバッセたかた。かさ上げされた場所に作られた、商業施設や図書館を併設した新たな街のランドマークです。
- 図書館の様子。採光窓が大きく設けられた明るく開放的な空間です。
- 図書館とは思えないおしゃれな席です。
- 児童書から専門書まで、多くの本が揃います。
- あえて人が入らないように撮影していますが、この日も多くの方が来訪されていました。
- 席の一角に据えられたホワイトボードには、こんな数式が書き込まれていました。図書館において、新たなコミュニケーションが生まれているのでしょう。
- 本屋の奥に図書館。ショッピングモールに併設された図書館だからこその、ちょっと不思議な光景です。
- かさ上げ工事が進む様子。かなりの高さの盛り土です。
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた南三陸町の様子です。陸前高田市に比べると復興が遅れている印象は否めません。
- 南三陸町の旧南三陸町防災対策庁舎から海側へ300mほどの場所に設けられた見晴台から撮影しました。
- 南三陸町のかさ上げ工事は、まだまだ途上であることがわかります。同じ被災地でも、場所によって復興の度合いに差があることは、被災地を移動していると否が応でも気がつきます。
- 分かりにくいですが、青い橋の向う側にあるのが、津波に飲まれた南三陸町防災対策庁舎です。
児童74名、教職員10名が死亡した悲劇の地。
なるべくプレーンな気持ちを保とうと思って同地を訪れた筆者でしたが、哀しみとともに、なんともやりきれない想いが溢れ出すことを止められませんでした。
- 大川小学校遠景。
- 大川小学校横にある慰霊碑。
- 大川小学校の悲劇を示す数字。
- 子どもたちの描いた壁絵の前には、鮮やかなコスモスが咲いていました。
- 校庭側から望む大川小学校。
- 山の中ほどに線のような場所がありますが、ここで児童たちはしいたけの栽培学習を行っていたそうです。また、画像右手中ほどにある白い看板が、津波の到達地点です。つまり、しいたけ畑の場所まで避難すれば、子どもたちの命は救われたはずなのです。
- 津波の猛威が、校舎に残っています。
- 往時はガラス張りだった渡り廊下も、津波によってへし折られました。
- コンクリート中の曲がりが、津波の恐ろしさを伝えます。
- 講堂のような教室でしょうか?1Fにあり、直撃を受けたのでしょう。
- 大川小学校の中庭。
- 二階の様子。上側の窓ガラスが割れていないことから、津波の高さが分かります。
- 北上川とは反対側から、つまり校庭側から撮影した大川小学校。
- 大川小学校の入り口には、誰が積み始めたのか、このように石が積み上げられています。
福島原発事故の影響により立ち入りが禁止されていた浪江町付近も、徐々に避難指示が解除されています。
東京から茨城県を抜け仙台まで通じる国道6号線は、福島原発事故の影響から通行止めが続いていましたが、2014年9月より自動車に限り自由通行が可能になりました。
ただし、帰宅困難地域での駐停車、ましてやクルマを停めての撮影などは禁止されています。以下の画像はすべて走行中の車内から、助手席に乗る連れが撮影したものであり、お見苦しい点があることをご容赦ください。
- 20数年前、現役トラックドライバーだった筆者は、時々下道で仙台まで行くことがありました。当時の記憶を辿りながら走ります。
- 封鎖されたファミリーマート。
- このような看板が続きます。気持ちのよいものではありません。
- 分かりにくいですが、「0.991マイクロSv/h」と記載されています。
- 福島第一原発の案内看板。
- 行き交うダンプ。正面の放射線量計には、「2.604マイクロSv/h」と表示されています。
- 封鎖されたすき家。日頃身近なファストフード店が閉鎖されている、非日常な風景が続きます。
- お店の建物は、一見綺麗なままなのですが。
- 破壊されたガラスが、揺れの強さを想起させます。
- このあたりは、国道6号沿いに街が広がっていました。今でも付近はゴーストタウンのままです。
- 黒いフレコンに収められるのは、汚染した土砂か、植物か…

















































