秋元通信

おもてなしの源

  • 2018.6.27

それは、筆者が小田急ロマンスカーに乗車した時のことでした。
電車好き鉄分多めの方はもちろん、特に東京、神奈川にお住まいの方は、ご存知かと思いますが、小田急ロマンスカーには、前面展望席が備えられた車両があります。運転席に邪魔されず、列車の最前列で景色を愛でることができる車両です。
ただし、前面展望席にはなかなか座れません。人気ですから、なかなか予約が取れないんですね。
 
ある平日の夜、筆者は幸運にも前面展望席に座ることができました。珍しく、車内は空いています。途中駅にて、隣の前面展望席の乗客が下車し、空席になったときのことです。
 

「ちょっと…、座ってみてもいいかな?」

 
2列ほど後ろにいらっしゃった、20代と思しき女性ふたりが、おずおずと空席になった前面展望席にやってきました。もちろん、彼女たちの予約した座席ではないわけですから、彼女たちも遠慮がちです。
しかし、前面展望席に腰掛け、流れてゆく車窓の景色に、「すごい!」、「初めて乗れたよ~」と彼女たちも嬉しそうです。
 
彼女たちが座り、ほんの3~4分後だったと思います。
車掌さんが現れました。彼女たちは狼狽し、席を立とうとします。
あわてるふたりを制し、にこりと微笑みを浮かべた車掌さんが発した言葉が、私は今でも忘れられません。
 

「よろしければ、記念に写真を撮りましょうか? 駅を通過するときが、オススメなんです」

 
ふたりには笑顔が戻り、そして車掌さんに写真を撮ってもらいます。
そして、こう言って、車掌さんは去っていきました。
 

「前面展望席は、なかなか予約が取れなくて申し訳ありません。次の停車駅でご予約のお客様が乗車されますので…、よろしくお願いしますね」

 
 
今回は、『おもてなし』をテーマに考えましょう。
 
東京オリンピック承知の際に、滝川クリステルさんが「お・も・て・な・し」とプレゼンテーションを行い、『おもてなし』は流行語にもなりました。
 
『おもてなし』について、再確認しましょう。

  • 【御もて成し】「もて成し」の美化語
  • 客への対応のしかた。待遇。
  • 食事や茶菓のごちそう。饗応。
  • 身に備わったものごし。身のこなし。
  • とりはからい。処置。取り扱い。
    (デジタル大辞林より)

話題になった言葉だけあって、『おもてなし』の語源を調べるとさまざまな説が登場します。先の『もて成し』の美化語であるという他に、『表裏なし』を語源とするという説もあります。
『表裏なし』を『おもてなし』の語源とするという説は、茶道の精神とともに主張されることが多いようです。お客様のことを考え、思い、お客様のためにできることをきちんと準備、用意しておく。そういう(表裏のない)シンプルかつ純粋にお客様をもてなす心のあり方を、『おもてなし』と呼ぶという説です。
 
ちなみに、『表裏なし』=『おもてなし』語源説は、こじつけであるとの説もあります。私も、ちょっと無理があるように感じます。『おもてなし』の心をわかりやすく説明するための言葉遊び、いわばキャッチコピーが、いつのまにか語源と混同されたのではないでしょうか。
 
『サービス』と『おもてなし』は、異なります。
端的に言ってしまえば、『サービス』は対価を必要とするものであり、『おもてなし』は対価と関係なく、もてなす側の心根、そのあり方を示すものです。
冒頭挙げた小田急ロマンスカーでのエピソードは、『サービス』ではなく、『おもてなし』ではないでしょうか。
『サービス』の観点から言えば、車掌さんの行動はとても微妙です。ルールを逸脱しているわけですから。行き過ぎている、と取られても仕方ないでしょう。
 
一方で、車掌さんの言葉に、私はとても感動しました。
「小田急すごいな!!」、心底そう思いました。
 
高い顧客満足度を得るためには、『サービス』の向上だけでは難しいケースがあります。『おもてなし』のエッセンスが加わらないと、お客様の感動体験にまで昇華しないことがあります。
ただし、お客様の感動体験を実現する手段として、『おもてなし』の心を社員に求めるのは、とても難しいのではないでしょうか。
 
『社会人として大切なことはみんなディスニーランドで教わった』(著:香取貴信/ゴマブックス株式会社発行)に、ヒントになるエピソードがありました。
 
当時、東京ディズニーランドのキャストを務めていた著者は、ある時、新人教育を任されます。そして、上長の無茶振りにより、入社二日目の新人に、初めてパレードを観るお客様への説明を担当させ、著者はそのフォローをする羽目に陥ります。
 
新人君の仕事がなんとか終わり、しかし上長の無茶振りに不信感を抱いた著者に対し、件の上長はこのように説明します。
 

「このパークの素晴らしいところは、パレードを見に来てくれたゲストが喜んでくれることで、スタッフも喜べる仕事ってこと。人の喜んでくれる姿を見て、自分の幸せにつながる仕事って、なかなかないでしょ。
だから、今回の新人スタッフには、いちばんはじめに、俺たちの仕事の素晴らしさを体験してもらいたかったんだ。人間、最初に受け感動は絶対に忘れないから」
(同書より)

 
 
冒頭のエピソードにおいて、私は思うのですが。
車掌さんは、小田急ロマンスカーの前面展望席で喜び、感動する女性ふたりを見て、単純にうれしかったんじゃないでしょうか?
車掌さんは、小田急ロマンスカーという列車が本当に好きで、そしてその『好き』という気持ちを、女性たちにも共有したかったのではないでしょうか?
 
筆者の基本スタンスとしては、『サービス』を超えた『おもてなし』の提供には反対です。しかし、『おもてなし』のチカラ、その効果は認めざるを得ませんし、また『サービス』の土台として、『おもてなし』の心というのは必要であると考えています。
 
『好きこそものの上手なれ』とは、よく言ったものです。
あなたの会社の仕事を、もっと社員みんなが好きになってくれれば、会社経営における課題の多くが、解決する可能性があるのではないでしょうか。
 
会社の仕事を、『好き』と言えるかどうか。
また、『好き』と言える仕事にするために、どうすればよいのか。
 
こういう時代だからこそ、あらためて考える必要があるのかもしれません。
 
 
 


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