秋元通信

アイデアの価値は絶対か?(寅さんアイデア盗用問題を考える)

  • 2020.1.22

公開中の『男はつらいよ』最新作に、アイデア盗用疑惑が挙がっています。
声を上げたのは、横尾忠則氏。言わずと知れた、世界的なグラフィックデザイナーです。
 
寅さんアイデア盗用問題を肴に、アイデアと「実現するチカラ」のバランスについて考えてみましょう。
 
 
まず、寅さんアイデア盗用問題についてまとめておきます。
問題になったのは、現在公開中の『男はつらいよ』シリーズ最新作である『男はつらいよ お帰り 寅さん』です。
 
週刊ポストの記事によれば、横尾忠則氏がアイデアを盗用されたと主張するポイントは、以下2点です。

  • 過去49本の作品から抜粋、引用して作品化するアイデア
  • 寅さん(故 渥美清)をCGで幽霊化して登場させるというアイデア

 
『男はつらいよ』最新作に関わらせて欲しいという横尾氏を山田洋次監督は無視、にもかかわらず、通すべき仁義も通さずに、アイデアだけをパクられたと、横尾氏は憤慨しているようです。
 
 
アイデア盗用問題は、ビジネス上においてもたびたび問題になり、時には訴訟等にエスカレートする場合にもあります。
そもそも、盗用とはなんでしょうか?
 

「著者の発表した研究は著者のオリジナルであり、その内容である情報、アイデア、文章は、著者自身のものであることを前提にしています。この信頼を裏切る行為が「盗用(plagiarism)」です。盗用はオーサーシップ(※論文の著者を定義すること)の偽りの一つですが、「誠実さ(honesty)」という科学者個人の倫理的資質の欠如を意味するもので、重大な職業倫理違反行為でもあります。また、盗用は著作権法違反として処罰されることもあります」
 
『科学の健全な発展のために -誠実な科学者の心得-』(独立行政法人日本学術振興会)

 
これは研究論文を主眼に置いた説明ではありますが、盗用に関し、実に的確な説明でしょう。
ただし、例えば文章研究データをそのままパクるようなケースの場合、間違いなく盗用でしょうが、アイデアの場合は、判断に苦しむケースもあります。
 
 
筆者は、20年近く前、事業企画を担当していました。
当時、私の所属していた会社には、多くの企業からの売り込みがあり、そういった人々と面談をするのも、事業企画部門における大切な仕事のひとつでした。
売り込みされるのは、製品やサービスとは限りません。むしろ、売り物として完成された製品やサービスの売り込みよりも、アイデアの売り込みの方が多くありました。
 
「これこれこういうアイデアがある。このアイデアを売ってあげるから、あなたの会社で製品化(サービス化)しなさいよ!」、という売り込みです。
 
これが、厄介なんですよ…
中には、素晴らしいアイデアもありましたが、100人(社)と面談したら、まず間違いなく99件は、何かしら問題がありました。
 
ここで言う「問題」には、いくつかパターンがあります。

  1. アイデアそのものに、価値が乏しい。
  2. 既に聞いたことがあるアイデアである。
  3. アイデアは優秀だが、アイデアを実現する上で、コストや労力、実現可能性などの大きなハードルがある。

アイデア(だけ)を売り込んでくる方(企業)の多くは、自分が考えたアイデアの価値を過大評価しています。そして、アイデアを実現するプロセスの困難さを過小評価しています。
 
 
余談ですが、私は以前、断りづらい縁のある方から、新規に立ち上げるというビジネスに誘われたことがあります。
お会いし、実際に話を伺い始めた最初の2時間は、「内容は詳しく話せないけど」という未知の新規ビジネスに勧誘され続けました。私が渋ると(当たり前です。内容が分からないわけですから)、次の2時間は、詳しく話せなかったはずの新規ビジネスアイデアについて、延々と語られ、最後の2時間は、それでも乗ってこない私へのお叱りを受け続けました。
そう、私はなんと6時間も拘束されたのです。
あれは、今思い出しても地獄でしたね…
 
この方の場合は、2.であり3.でした。
でも、あまりにしつこいので、「そのアイデアは…」と、アイデアそのものの価値を疑った発言をした私は、相手の怒りを買い、結果2時間もお叱りを頂戴したわけです。
 
 
ちなみに、売り込みされたアイデアが「2.既に聞いたことがあるアイデアである」場合は、必ずその旨を相手方に伝える必要があります。これは、特にビジネスにおいて、アイデアの売り込みを受ける際の鉄則です。仮に相手の怒りを買っても、必ず伝えるべきです。
 
特に、自社で同様のアイデアをビジネス化検討している場合には、絶対に伝えなければなりません。
そうしないと、「お前、俺のアイデア盗んだだろう!?」と盗用の疑いをかけられてしまいますから。
 
 
これも昔話です。
私は、私が当時手掛けていた事業企画案件について、ある取引先から、「出資してやるから、君、社長になってビジネス化してみろ!」と言われたことがあります。

「アイデアは良いと思うよ。だけど、売れなきゃ、どんな優れたアイデアも、ただの紙屑と同じだから。そのアイデアを、実際にサービス化して、売上をきちんと上げられるようになったら、君は本当のビジネスマンになれるよ」

その方は、アイデアをビジネスとして実現するプロセスの難しさを、身を持って経験してきた方です。だからこそ、自身のアイデアに固執し、実現するチカラを持たない私を危惧したのでしょう。
 
 
アイデアそのものには価値がないとは、私は思いません。
ただし、アイデアの価値とは、言わば投資的価値です。
実体を持った価値が生まれるのは、アイデアが製品化・サービス化されてからです。特に、ビジネスプロセスが複雑化した現代においては、アイデア一本で勝負できるような製品・サービスを生み出すことは難しいでしょう。
 
 
日本においては、アイデアの発案者を、ことさらに英雄視する傾向が強いのではないでしょうか。
逆に、アイデアを実現しようとして汗を流す(もしくは「実現するために汗を流した」)、
実行力と実現力を持った人に対しては、評価が低い気がしませんか?
 
アイデアも大切ですが、アイデアを製品化・サービス化するまでの実現力にも、アイデアと同等か、もしくはそれ以上の価値があることを忘れてはならないはずなのですが。
 
 
話は戻ります。
冒頭の寅さん問題、皆さまはどうお考えになりますか?
 
これは私見ですが。
過去作品の引用と、幽霊寅さんで作品化すればいいなんて、控えめに言っても、ユニークで斬新なアイデアとは言えません。
 
2020年1月6日発表の興行収入ランキングによれば、『男はつらいよ』最新作は、『アナと雪の女王2』、『スターウォーズ スカイウォーカーの夜明け』に次ぐ3位です。主人公:寅さん演じる渥美清さんが亡くなられているのに、これだけの結果を出すことができる作品を創り上げた、山田洋次監督を始めとするスタッフこそ、褒められるべきではないかと思います。


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