秋元通信

過去の成功例に囚われることの危険性

  • 2020.3.31

「イノベーターのジレンマ」という言葉をご存知でしょうか。
経済学の用語のひとつである、この言葉をご紹介しつつ、私どもがどうしても陥りがちな、過去の成功例に囚われる危険性を考えてみましょう。
 
 
 

イノベーターのジレンマとは

 
イノベーションとは、「社会的に意義のある商品や仕組みなどの『価値』を生みだし、持続的に提供することで、社会に変化をもたらすこと」を指します。
イノベーターとは、イノベーションを起こした人(もしくは組織、企業など)を指します。
 
例えば、iPod。(iPadじゃないですよ、音楽プレイヤーのアイポッドです)
それまで、レコード、カセットテープ、MD、CDと変遷してきた「音楽を楽しむための機械」は、音楽を記録するための記録媒体に依存してきました。記録媒体があった上での「音楽を楽しむための機械」だったわけです。
ところが、iPodの登場は、音楽そのものを電子データ化することで、記録媒体の価値であり存在感を限りなく無色透明に近づけました。
音楽が記録されるのは、ハードディスクでも良いですし、メモリーカードでも良いですし、ストリーミング配信でも良いわけです。
 
音楽が電子データ化されたことで、まず流通が変わりました。音楽を楽しむためには、まずHMVやタワーレコードなどに代表されるCDショップ(レコード屋)に行かなければ、音楽を手にすることができませんでした。
ところが、今はスマホからでも音楽が購入できるので、CDショップは不要になりました。
 
iPod、そしてその後に続くiPhoneなどのスマートフォンは、音楽ビジネスのビジネスモデルを大きく変えてしまったのです。
 
 
ところで、iPod以前に音楽の楽しみ方を変えたイノベーターがいます。
SONYです。
 
SONYは、1979年にウォークマンを発売しました。
一応、ウォークマンを知らない皆さんに説明をすると、ウォークマンとは、カセットテープを音源とする小型軽量な持ち運び型音楽再生プレイヤーのことです。(秋元通信読者の皆様の中に、ウォークマンを知らない人がいる…かどうか、分かりませんが)
 
当初、ウォークマンは売れなかったと言います。
売れたきっかけは、1979年9月号の『月刊明星』で、西城秀樹が上半身裸の短パン姿でウォークマンを聴きながらローラースケートをしている写真が掲載されたことなんだとか。
 
「音楽を持ち運ぶ」という、今でこそ当たり前のライフスタイルは、当時は当たり前ではありませんでした。音楽を楽しむための機器はすべからく大型であり、原則として、音楽は部屋で楽しむものでした(ライブ等は除きます)。
 
それが、ウォークマンによって、常に音楽と寄り添うライフスタイルが実現したのです。
 
余談ですが…
ウォークマンが発売された当時、僕は小学生でした。
中学生になり、ようやく買ってもらえたのはAIWAの製品。つむじ曲がりだった私は、王道のSONY製品を持つことを、「恥ずかしい」と感じていたからです。
YMOが散開し、マイケル・ジャクソンが「スリラー」で世界的なヒットを飛ばし、マドンナが「Like a virgin」で鮮烈な印象を残した、そんな時代です。音楽が常にそばにある、ということのありがたみは、今とは違ったように思います。
 
 
SONYは、iPodが発売されたときも、対抗商品としてメモリタイプの音楽プレイヤーをラインナップしていました。しかし、もはや携帯型音楽プレイヤーのマーケットで、SONYに存在感がないことは、皆さまご承知のとおりです。ほとんどの方は、今もウォークマン・ブランドが存在することすらご存じないのではないでしょうか。
 
SONYは、ウォークマンでイノベーションを起こしたがゆえに、音楽プレイヤーを提供することにこだわってしまったのです。
iPodに対し、SONYが訴求したのは、高音質な音源再生でした。
しかし、iPod…というか、Appleが、その後のiPhoneなども含めて訴求したのは、ライフスタイルの変革でした。音楽だけではなく、映像、テキスト情報、コミュニケーションなどのライフスタイル全般を、Appleが提供する小さな箱(iPodであり、iPhone)が起点となるように、新しいライフスタイルを、消費者に対して提案したのです。
 
「音楽を持ち運ぶ」というライフスタイルを提供し、イノベーションを起こしたSONYが、Appleが提案した新しいライフスタイルに破れたことは、とても皮肉です。
そしてこれこそが、イノベーターのジレンマなのです。
 
 
イノベーターは、自分自身が生みだしたイノベーションの産物である技術や製品に自負を持っています。実際、マーケットに対する圧倒的な優位性もあります。
しかし、それが故に、自身の製品や技術の改良に注力してしまい、新たなイノベーションを起こす努力を怠ります。
結果、まったく別の発想を持った新たなイノベーターに追い越され、負けてしまうのです。
この現象を、イノベーターのジレンマと呼びます。
 
他にも、アナログカメラと携帯電話のカメラ、携帯電話とスマートフォン、レンタルDVDと動画配信サービス、テレビとYoutubeなどが、イノベーターのジレンマの事例として取り上げられます。
 
 
 

過去の成功例に囚われる危険性

 
本記事のネタを思いついたのは、実は千葉県銚子市に遊びに行ったことがきっかけでした。
 
銚子市には、銚子電鉄というローカル鉄道があります。
銚子電鉄は、本業の鉄道事業において、ずっと赤字続きであり、昭和40年代から公的助成・補助を受けています。2006年にはとうとう鉄道車両の法定検査を行うお金がないという危機に陥ります。
 
その危機を救ったのが、「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです」というキャッチコピーとともに販売された、ぬれ煎餅でした。
 
当時、これは2ちゃんねる等で大きな話題となり、銚子電鉄を助けようという多くの人たちがぬれ煎餅を購入し、銚子電鉄は危機を一時脱しました。
とは言え、その後も慢性的な赤字は続き、2013年以降は、国と銚子市からの公的資金投入により、なんとか倒産一歩手前で踏みとどまっている状態が続いています。
 
 
私が銚子市に遊びに行った時に見つけたのは、「まずい棒」というお土産です。「まずい棒」は、有名な駄菓子の「うまい棒」の、はっきりと言えばパクリ商品です。
これも、銚子電鉄が生産販売する商品です。
 
銚子電鉄のまずい棒紹介Webページには、このように書かれています。
 
「どうか銚子電鉄の運行存続のため『まずい棒』や『ぬれ煎餅』、関連グッズのご購入、映画のご支援、日頃の当社電車の利用にご協力を賜りたくお願い申し上げる次第でございます」
 
 
どうなんでしょうね…
一度、ぬれ煎餅によって、「助けてもらう」ことの成功体験を得てしまったがゆえに、同じ発想から脱却できないのではないでしょうか?
 
助けを求めることではなく、ビジネスが本来目指すべきである、顧客へ提供する価値の向上を図ることで、収益の拡大を実現すべきだと思うのは、私だけでしょうか…?
 
 
これは、私どもも気を引き締めて、同じ轍を踏まないように心がけるべきです。
私どもは、一度、成功を味わってしまうと、同じ方法で再び成功を得られると思ってしまいがちです。
「これこそが、私どもの成功の方程式である」、それは自信であると同時に、過信でもあります。
 
SONYが経験した、イノベーターのジレンマとはまるで次元の違う話ではありますが…、でも、似ているとは思いませんか?
 
過去の成功事例が何度も通用するほど、マーケットや世間、社会は甘くないです。
だからこそ、「これでいいのか!?」と自問自答しつつ、何度も何度も頭を捻り、チャレンジをし続けなければならないのでしょう。
 
 
現在は、VUCAの時代と言われます。
VUCAとは、ごくカンタンに言うと、社会情勢が刻一刻と変化し、複雑化した現代においては、これまでの経験や事例が役に立たず、将来が予測不可能な状態であるということを表す言葉です。
 
こういう時代だからこそ、過去の成功例に囚われることなく、新しい何かを掴むために、切磋琢磨しなければならないのでしょう。
 
VUCAについては、またいずれ秋元通信で取り上げます。
お楽しみに!
 
 
 


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