秋元通信

「囚人のジレンマ」から考える、運賃ダンピング

  • 2020.6.30

思考実験です。
 
あなたは、犯罪を犯し、牢屋に入った囚人です。あなたは、あなたとともに犯罪を犯した仲間とともに逮捕されました。しかし、あなた方の罪は、まだ確定していません。
 
あなたを取り調べる検事は、以下のような司法取引を持ちかけてきました。

  1. あなたと仲間が、このまま自白をせずに黙秘をつらぬけば、証拠不十分でふたりは放免される。(牢屋を出ることができる)
  2. 自白した場合、司法取引で罪を減刑し、懲役2年とする。
  3. あなたか仲間、どちらかが自白し、もうひとりは自白しなかった場合、自白した方は懲役2年だが、自白しなかった方は、懲役5年とする。

ただし、あなたと仲間は、ふたりで話し合って方針を決めることはできません。お互い、牢屋に入っているわけですから。相手の考えや動向(「自白しようとしている」など)を知る方法はありません。
 
さて、あなたは自白しますか?
それとも口を閉ざし、黙秘を貫きますか?
 
この場合、1.、つまりお互いを信じて、黙秘をつらぬくのが最良の手であるのは明確です。無罪放免されるわけですから。
しかし、この思考実験では、多くの人が2.、を選ぶことが分かっています。
 
イチかバチか、最善の結果を得られるように、チャレンジした結果、最悪の結果になるくらいならば、確実な次善の結果を求める。
そう考える人が、多いのです。
 
これは、「囚人のジレンマ」と呼ばれる有名な思考実験です。ゲーム理論を説明する際に、よく用いられるものです。
 
 
 

囚人のジレンマと、運賃のダンピング

 
囚人のジレンマって、何かを想起させませんか?
運送業界で言えば、運賃のダンピングが、囚人のジレンマを起こしています。
 
ある運送案件でコンペになったとします。
健全な運送会社は、自社の運送コストを案件に求められる運送条件と勘案し、運賃を提案します。
 
しかし不健全な運送会社は、まずこのように考えます。
 

「他社は、どれくらいの運賃で提案するのだろう?」
 
3万円だったら、ありがたいけど。
2万8千円は厳しいよな…。
でも、コンペで負けるのは絶対にイヤだ。
2万7千円だったら…?、いや2万6千円?、思い切って2万5千円にしたら!?
よし、コンペで着実に勝つために、2万5千円で応札しよう!
利益?、なんとかなるんじゃないかな??

 
極端な例ではありますが、信じられないような運賃のダンピングを行う会社って、こういう思考をするのではないでしょうか。
彼らにとって最悪の選択は、「案件が取れないこと」。
だから、最善であるはずの「利益が取れる応札」ではなく、「利益よりも案件獲得」という、一見次善と思われる選択をしてしまうのです。
 
 
 

ダンピングを黙認した、あるコンペの末路

 
私が以前、Web制作会社にいた時の話です。
 
私はあるWebサイトリニューアルのコンペ参加を打診されました。コンペを行うのは、国の外郭機関。実績づくりという面で、とても魅力的なコンペでした。
 
RFP(入札仕様書)作成の段階から協力をした私は、コンペ獲得に自信を持っていました。「勝率は8割くらいかな?」、そんなふうに考えていました。
 
入札を行った日の夜、私の目論見は木っ端微塵に砕け散りました。
入札担当者から、電話が入ったのです。
 
「申し訳ないのだけれども…、応札そのものをしなかったことにできませんか?」
 
私は耳を疑いました。

  • 入札時、応札金額を各社に口頭で聞いたところ、私の会社が出した応札価格だけが2倍近い金額だった。
  • 社内の入札会議で、各社の応札金額が明らかになった際、一社だけ金額が飛び抜けていると、他社がダンピングを疑われてしまう。
  • 最悪、応札不調として再入札になる可能性もある。

その案件は、数千ページに及ぶWebサイトを、システム開発も同時並行で行った上で、一ヶ月足らずで完成させるという、非常にハードルの高いものでした。
応札金額が、2倍も開くわけがありません。
 
いや、間違いなくダンピングですよ。
御社のWebサイトリニューアルを行ったという実績欲しさで、他社は利益度外視で札入れしてますよ。
 
そう訴える私に、担当者はこう言いました。
 
「分かってますよ、そんなこと…
でも、我々に今一番大事なのはスケジュールなんです。再入札を実施したら、間違いなくスケジュールは遅れますよね」
 
頭に血の上がった私は、その言葉を聞いて、会社の判断も得ず、担当者の要求を受け入れました。
「提出した応札書類をどうすればいいのか?」、聞いてくる担当者に、「周囲にバレないように、今すぐシュレッダーにかけたほうが良いんじゃないですか!?」と嫌味を言うのがせいぜいでした。
 
ちなみに翌日、報告を行い、独断を謝罪した私を、社長は笑いながら私をねぎらってくれました。
 
「安心しろ。きっとうまく行かないから」、そう言った社長の言葉は当たりました。
半年後、件の担当者から連絡が入ったからです。
 
「Webサイトリニューアルがうまく行かなくて…。どうしたら良いのでしょうか。このままでは私、クビになってしまいます」
 
聞けば、落札したのは大手商社。広く世間でも名前を知られている大企業です。
応札した大手商社も、完成させなければ、落札したメリットも得られないはずですが。結局、高い顧客要求に応えきれなかったのでしょう。
 
 
 

ダンピングする側、される側の間違いとは

 
運賃に限らず、ダンピングは、する側、される側の両方に問題があります。
問題の根源は、どこにあるのでしょうか。
 
一般論として考えましょう。
誰かが誰かにお金を払うこと、つまり対価というのは、「働いたこと」(役務)に対して発生します。
役務を他者に要求するには、相応の理由があるはずです。
 
いろいろな理由はあるでしょうが、その根本は、「自分ではできなから」ではないでしょうか。
 
時間がない、人手がない。
もしくは技術や道具などの理由から、自分で行うことができない。運送などは、トラックという道具、もしくは荷役、安全な輸送技術といった技術を買われていると考えられます。
「自分でもできなくはないのだけれども、自分でやるよりも、より良い結果が得られるから」というのもあるでしょう。
例えば、筆者にライティングを依頼してくる企業の広報担当者や編集プロダクションなどは、皆さん相応の文章力をお持ちです。でも、自分で書くよりもより良い結果を求めて、ライターに仕事を依頼してくるわけです。
 
 
「自分ではできないこと」= 役務には、必ず品質の差が伴います。
高いお金を出せば品質の高い役務が得られますが、相応のお金しか出さなければ、相応の役務しか得られません。
小難しい書き方をしましたが…、当たり前のことですよね。
 
それを、安いお金しか出さないで、高い役務を要求しようとするから、しっぺ返しを食らうわけです。「自分ではできなから」ことを他者に依頼するのに、「なんとか安く済ませたい」と思う、心のすきをつけこまれてしまいます。
ダンピングをされる側の間違いは、このようにして発生します。
 
一方、ダンピングする側の間違いは、お金で自分の価値を示そうとするところにあります。本来、役務の価値は、役務の品質で示すべきもの。対価は、その結果でしかないはずですが、対価を先に示し、「ほら、うちってこんなに安いから、とっても良いでしょ?」とやってしまうから、おかしなことになるのです。
 
 
囚人のジレンマが示すように、最善の策を選ぶことには、往々にしてリスクが伴います。
しかし、本記事で示した、ダンピングをする側、される側の選択は、果たして次善の策だったのでしょうか?
本当に大切なことを見誤った結果として、ダンピングという最悪の策を選択してしまっているのではないでしょうか?
 
 
話が変わりますが。
先日、国土交通省は「標準的な運賃」を発表しました。
ここで示された運賃そのものには、皆さま、ご意見はあると思います。
でも、長年のダンピング等により、崩れてしまった「役務と対価」の関係を、ここできちんと取り戻そうという国策には、一定の評価がくだされて然るべきではないでしょうかね?
 
プレイヤーである運送会社に求められるのは、運送という役務に対し、品質をアピールすることができるかどうかではないでしょうか。
繰り返しになりますが、運賃の安さでアピールするのは、自らの首を絞めるだけです。
 
とは言え、「失敗しないこと」(=安全)であることがスタート地点である運送業にとって、どのように品質をアピールするのかは、とても悩ましいところですが。
 
でも、業界として品質をアピールするすべを持たない限り、不当な運賃ダンピングがなくなることもないでしょう。
 
皆さまは、どうお考えになりますか?


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