秋元通信

アニメやマンガは、社員教育のテキストとなり得るのか?

  • 2020.11.12

前回のメルマガ『秋元通信』で配信した、『変わる「理想のリーダー像」、鬼滅の刃から診る現代社会が求めるリーダーシップ』が、思いのほか、好評でした。
 
実は、ドキドキしながら記事を書き、そして皆さまにお届けした記事だったのですが。
と言うのも、「アニメの話なんて、企業メルマガで取り上げる内容じゃないだろう!?」というお叱りもあるのかもしれないな…、とは考えていたからです。
 
アニメやマンガは、大人の読むものではない、という考えは、確かにあると思います。
もう10年以上前のことですが、私が毎週、少年ジャンプを購入し、また仕事帰りの電車内で読んでいることを、あるお客様との雑談でお話ししたところ…
 
「えっ、電車内で読んでるんですか!? それはいい大人として恥ずかしいですよ!!」と、諭されたことがありました。
 
その方のお考えだと、大人が少年ジャンプを読むという行為そのものが恥ずかしいのに、さらにそれを堂々と、公共の場である電車内で行っているということは、さらに恥の上塗りではないか!?、とのことでしたが。
 
確かに、そういう感覚をお持ちの方はいるでしょうね。
 
 
でも、考えてください。
アニメやマンガにまったく学びがないかと言えば、それは間違いです。
もし、親しみやすいアニメやマンガから、学びを得ることができて、欲張りなことを言えば、社員教育の教材としても利用できれば、とても効率的だとは思いませんか?
 
今回は、アニメやマンガなどを、社員教育のツールとして使うことができないかどうかを考えていきましょう。
 
 
※アニメ、マンガに限らず、映画、ドラマ、小説なども、社員教育ツールとなりうる可能性はあろうかと思いますが。
本記事では、これらをひっくるめて、「マンガが社員教育ツールとなりうるか?」を考えましょう。
 
 
 

マンガを哲学教育で活用する、広島工業大学の例。

 
広島工業大学で教鞭をとる、萬屋博喜先生は、実際に授業の中で、マンガを教材として取り入れていらっしゃるそうです。
先生が執筆された、『マンガを活用した哲学教育の試み』(フィルカル : philosophy & culture : 分析哲学と文化をつなぐ 3(1):2018.3.31)から、その試みをご紹介しましょう。
 
 
例えば、「心と身体の違いは何か」というテーマの授業には、『攻殻機動隊』(士郎正宗)を取り上げ、例えば、功利主義を学ぶ授業では、『進撃の巨人』(諫山創)を取り上げるそうです。
 
ちなみに、「功利主義」とは、行為や制度の社会的な望ましさは、その結果として生じる効用(功利、有用性、英: utility)によって決定されるとする考え方(Wikipediaより)のこと。授業中では、『進撃の巨人』のキーパーソンのひとりである、エルヴィン団長の「多数の人間を救うためには少数の人間を犠牲にする他ない」という言動から、功利主義を学んでいるそうです。
 
何故、マンガを使うのか?
萬屋先生は、「具体的な物語や文脈の中で説明した方が学生にはっきりとイメージをもたせやすい」と述べていらっしゃいます。
功利主義に関しては、以前本メルマガでも取り上げた思考実験:トロッコ問題(『自動運転最大の課題…かもしれない「トロッコ問題」を知る』 https://amlogs.co.jp/?p=6389 )を用いて授業を行うことも多いそうです。
ただ、トロッコ問題をゼロから説明した上で、功利主義を説明するよりも、『進撃の巨人』のエピソードを紐解いたほうが、学生の理解が進みやすいというのは、確かにそのとおりではないでしょうか。
 
 
 

実際に、マンガを教材として授業を受けた学生たちの反応

 
では、実際に授業を受けた学生たちの反応は、どうだったのでしょうか。
 

  • マンガは数多く読んできたが、マンガを読んで考える経験はほとんどなかったので最初は非常に難しく感じた。しかし、さまざまな視点で作品を解釈することで、自分の視野が広がった気がする。
  •  

  • ふだん生活をしていて他人が何を考え感じているのか、いままで深く気にしていなかったことを注意深く考える目を養えた。
  •  

  • ふだんマンガを読まないので講義内容を理解するのが大変だった。また、自分の知らないマンガについてはどうしても興味がもてないことが多かった。

 
 

「どんな髭剃りにも哲学がある」

 
これは、村上春樹氏が、『1973年のピンボール』で登場人物のひとりに語らせた言葉であり、『剃刀の刃』(サマセット・モーム)からの引用なんだとか。
私が、大好きで、そしてとても大切にしている言葉のひとつです。
 
人は、学ぼうと思えば、さまざまなことから学びを得ることができます。
同じ時間を過ごしながらも、人の成長に差がつくのは、まさに「どんな髭剃りにも哲学がある」と信じ、生活におけるあらゆるシーンから、積極的に学びを得ようとする姿勢に由来するものだと、私は考えています。
 
学生さんたちの声を診ると、自ら視野の広がりや、観察眼が育ったことを意識できたケースもあったようです。
一方で、普段マンガを読む習慣のない学生さんにとっては、マンガを教材に採用することで、授業の難易度が上がったように感じるケースもありました。
 

「マンガそのものに興味を示さない学生や、抽象的な話になった途端についていけなくなる学生がいる。
(中略)
抽象的な話になった途端についていけなくなる学生に対しては、現在のところ有効な対応手段を考えることができていない」

 
先生は、記事中において、このように語っていらっしゃいます。
 
 
 

「人は創造的で、より価値のある仕事をしなければならない」とは言うものの…

 
私は、過去の『秋元通信』にて、「人は創造的で、より価値のある仕事をしなければならない」という趣旨の主張を繰り返してきました。これは、DXやRPA、もしくはワーク・ライフ・インテグレーションなどの文脈で語った言葉です。
 
単純労働(事務)は、RPAなどのロボットに任せれば良い。
ワーク・ライフ・インテグレーションの概念から考えれば、創造的で価値のある仕事を行わなければ、私たちは豊かな生活を送ることが難しくなっていく。
 
このような文脈で語った言葉ではあるのですが。
 
では、「創造的で価値のある仕事ができる」人材を育成するためには、どうすれば良いのでしょうか?
働き方改革関連法案などの関係で、人材育成に掛けることができる時間も少なくなってきています。人材育成にも、よりROI(投資対効果)が高い方法が求められているのです。
 
これね、難しいですよ…
 
「今までのやり方じゃぁ、もうダメですよ!」って言われているわけですし、「そんなことは分かっているよ!」と思っている企業、もしくは教育担当者も多いことでしょう。
でもしかし、簡単に人がスキルアップするような、斬新な人材育成方法なんて、そうそうあるわけではありません。
 
ただし、もしかすると、マンガは人材育成ツールとして、従来の教材よりも、優れた効果を発揮する可能性を秘めています。
 
前号記事『変わる「理想のリーダー像」、鬼滅の刃から診る現代社会が求めるリーダーシップ』では、『鬼滅の刃』からリーダーシップを論じました。
なぜ、『鬼滅の刃』を取り上げたかと言えば、多くの人が作品を読み、もしくは観ていることから、私の主張への理解、もしくは私の主張に対する異論反論が、読者の皆さまの中に、醸成されやすいと目論んだからです。
 
 
これは私見ですが。
マンガから、直接的な学びを得ることはありますが、それを目的とするのは難しいです。例えば、前回記事では、サーバントリーダーシップを『あおざくら 防衛大学校物語』(二階堂ヒカル)から学んだと申し上げましたが、実際記事にする上では、他文献なども参考にし、サーバントリーダーシップを説明しています。
マンガは絵でストーリーを進める分、情報量としては、テキストオンリーの文献に比べると、どうしても劣ってしまいますから。
 
マンガを人材育成ツールとして活用する上で最適な方法は、思考実験の環境設定として、使うことだと、私は考えます
分かりやすく言えば、考えるチカラを養うためのトレーニングツールとして、マンガを利用するのです。
 
例えば、『鬼滅の刃』において、リーダーとしてもっとも優れている登場人物は誰かと問います。そして、その理由を考えさせます。一方で、リーダーとしてもっとも不適切な登場人物は誰かを問います。もちろん、その理由も議論してもらいましょう。
その上で、自社の社風やビジョンなどを考慮して、適切なリーダー像を議論させます。
ここまで事前準備をした上で、企業として求められるリーダーシップや組織論を説明すれば、より理解は深まり、また考えるチカラを養う効果も期待できることでしょう。
 
 
企業にとって、人材育成というのは、これまでも課題でありましたが。
人材育成の重要性は、10年前、20年前と比べれば、さらに増しています。もっと言ってしまえば、優れた人材を育て、そして抱えることができない企業は、ビジネスの場で生き残っていくことが、より難しくなってきています。
 
使えるものは、何でも使わないとダメでしょう。例えば、それがマンガであっても。
仮に『鬼滅の刃』を用いたことで、人材育成の効果が1割でも上がったら、それは素晴らしいことではないでしょうか。
 
これまでの常識にとらわれず、柔軟な発想で、人材育成の方法を考えること。
これからの企業には、こんな柔軟性が求められていくのでしょう。
 
 
ちなみに、冒頭にご紹介した、電車内で少年ジャンプを読む私に対し、「恥ずかしい」と言ったお客様ですが、実は、彼も少年ジャンプを愛読していました。
 
「じゃあ、家で読んでいるんですか?」
 
そう問うた私に、彼はこのように答えました。
 
「いえ、コンビニで立ち読みしています。だって、少年ジャンプを買うこと自体、恥ずかしいじゃないですか」
 
いい大人が、200円強のお金を惜しみ、立ち読みするほうが恥ずかしいと思うのですが。
世の中には、いろいろな人がいるものです。
 
 
 
 

出典・参考

 

  • 『マンガを活用した哲学教育の試み』
    フィルカル : philosophy & culture : 分析哲学と文化をつなぐ 3(1):2018.3.31

 
 
 


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