秋元通信

「心遣い」と「気遣い」の違い

  • 2021.5.12

ある会社の、受付をされていた女性のエピソードです。
 
その会社では、受付の女性が会議室までお客さんをエスコートし、会議室で希望を聞いてから、飲み物を提供していました。
 
ある日のことです。
エスコートをしてくれた後、再び登場した受付女性は、私の前に、ふたつのカップを置きました。
 
「んっ??」
 
怪訝に感じた私に、彼女はほほえみながら、このようにおっしゃいました。
 
「お声の調子が悪そうでしたので。喉の炎症に効く、ハーブティーもお持ちしました」
 
びっくりですよ。
確かに、私は、その会社に、週イチくらいのペースで頻繁に訪れてはいましたが。
こんな心遣いを受けたのは、後にも先にもありません。
 
今回は、混同しがちな「心遣い」と「気遣い」の違いを考えます。
 
 

「女将の手帳」、高級温泉旅行の気遣いとは

 
別のエピソードです。
当時、私はある高級温泉旅館のWebサイト制作について、相談を受けていました。
地方の温泉地にある、その温泉旅館は「予約が取れない隠れ宿」として、人気を集めていました。予約を受け付けているのは、1年半先まで。しかし、常に予約はいっぱいでした。
 
Webサイトに関する相談を受けながら、私は、ふとこんな提案をしました。
 

「予約システムって、ご用意されていませんよね?
この機会に構築されてはいかがですか? 顧客データベースも連結させれば、顧客管理の属人化を排除することもできますよ」

 
旅館の主は、笑いながらこのように話してくれました。
 

「うちの顧客管理は、女将の手帳に委ねています。
属人化?、確かにそうですね。
 
でも、うちのような旅館を利用される方って、さまざまな事情を抱えているケースも多いんです。
 
『**様、先日もご利用くださって、ありがとうございました』なんて、安易に言おうものなら、実は同伴者が違ったとか。
 
お客様に、心地よい非日常を感じていただくこと。
そのための、私たちは黒子に徹するべきです。
 
システムが、そういった『気遣い』も再現できるのであればともかく。
女将の手帳は、最上のおもてなしを提供するためには、必要な属人化なんですよ」

 
なるほどねぇ…
当時も今も、私のような俗物は、効率化であるとか、属人化解消なんてことを常に考えてしまいます。「仕事柄、しょうがないよ」と言われれば、確かにそうかもしれませんが。
 
ですが、人の心というのは、論理的な発想だけでは推し量れません。
私にとっては、そのことを再認識させられ、そして自らの浅はかさを恥じた瞬間でもありました。
 
 
 

「心遣い」と「気遣い」の違い

 
「心遣い」と「気遣い」の違いに関しては、諸説あります。
 
「気遣い」とは、ものごとが支障なく進むように、気を使うこと。
「心遣い」とは、その人のためを思って、気を使うこと。
 
 
また、「心遣い」はモノが媒介する配慮を表す言葉ですが、「気遣い」はモノを媒介しない配慮であるという考え方もあります。
例えば、結婚式における祝儀は、「お心遣い」と表現されることもありますが、「お気遣い」とは言いません。
 
 
また、配慮の強度を指して、「お心遣い」と「お気遣い」を使い分ける、という説もあります。
 
「たとえば、雨の日にデパートで買い物を終えて帰る際に、店員さんが『足下に気を付けてお帰りくださいませ』と声をかけてくれるのは『お気遣い』ですが、子どもと荷物を抱えていて傘がさせないことに気付いた店員さんが、『お車までお送りします』と言って車まで傘をさしてくれたら、それは『お心遣い』と言えるでしょう」
(出典:マイナビ 「お気遣い」と「お心遣い」の違いは? – 例文も紹介【ビジネス用語】)
 
 
世の中には、「『お心遣い』と『お気遣い』を適切に使い分けるのは、社会人として当然求められるマナーだ!」といった主張をされる論調もあるようですが。
 
辞書を見る限り、その意味は極めて似通っています。
 

心遣い:
1 あれこれと気を配ること。心配り。配慮。「温かい心遣い」
2 祝儀。心付け。

 

気遣い:
1 あれこれと気をつかうこと。心づかい。「どうぞお気遣いなく」
2 よくないことが起こるおそれ。懸念。「情報が漏れる気遣いはない」

(出典:共にデジタル大辞林)

辞書にも、明確な区別は書かれていなくらい、「心遣い」と「気遣い」は似通った意味を持つ言葉なのですから。「心遣い」と「気遣い」には、重箱の隅をつつくような、センシティブ過ぎる使い分けは不要だと、私は思います。
 
 
 

大切なのは、感謝の心と、伝えようという気持ち

 
受付女性とハーブティーに関するエピソードを考えれば、「心遣い」が適切だと思います。
でも受付女性に対し、「お気遣いありがとうございます」と仮に言ったとしても、「そこは、『お心遣い』だろ!」と責めるのは、少しやりすぎかもしれません。
 
大切なのは、言葉遣いのあら捜しをすることではなく、感謝の気持ちを伝える、そして感謝の気持ちを伝えようとする人の心持ちを美しいと感じることができることではないでしょうか。
 
以前の記事において、日本人が一番大好きな言葉は、「ありがとうである」というアンケートをご紹介しました。
感謝の気持ちを大切にする日本人であり、日本語だからこそ、「心遣い」「気遣い」といった、感謝につながる微妙な違いや心持ちを表現する言葉が生まれたのでしょう。
 
こういった美しい言葉は、大切にすべきだと思います。
 
さて、余談です。
素晴らしい心遣いを示してくださった受付女性ですが、ほどなくして、件の会社を辞めてしまいました。
その女性は、派遣社員でした。
しかしあるきっかけで、前職において、実はバリバリのマーケッターであったことが知られてしまったのです。
 
そのことを知った件の会社では、「彼女を受付ではなく、マーケティング部門で使いたい」と目論む人たちが出てきました。彼女は、それに嫌気がさして、辞めてしまったそうです。
 
かつての彼女は、某有名企業で、マーケッターとして働いていたそうです。
そんな人が、わざわざ給料が低く、立場も不安定な派遣社員として働いていたのには、何かしら理由があったはずです。
 
それくらいのこと、想像がつかなかったんでしょうか…
 
女性は、とても細やかな心遣いができた方ではありましたが、その職場は、どうやらそうではなかったようです。
 
 
 


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