秋元通信

「病は気から?」、フラシーボ効果を解説

  • 2021.5.28

筆者は、若かりし頃、引越屋で働いていました。
当時から腰痛に悩まされ、日常生活には支障がないものの、現在も腰痛には悩まされています。
 
そんな私にとって、興味深いニュースがありました。
 

「任天堂『リングフィット』が腰痛などに効果 論文が学術誌に掲載、研究者『稀有な治療デバイス』」
 
「長引く腰痛の救世主?週に1回・40分の『リングフィット』が鎮痛薬より有効との研究が発表」

 
タイトルにある『リングフィット』は、正確には『リングフィットアドベンチャー』のことです。
最近、ドラマで共演した星野源さんと結婚されたことで、話題の渦中にある新垣結衣さんがCMを行っている、Nintendo Switchの大人気ゲームです。
 
『リングフィットアドベンチャー』は、Exergamingの代表作でしょう。Exergamingとは、exercise + gamingの造語であり、フィットネス系ゲームを指します。
 
このニュースで、とても興味深いのは、以下の点です。
 

「まあフィットネスをすれば体も鍛えられるだろうし、改善は当たり前じゃない?とも思いますが、論文を読んでみると、ゲームをやったのは『週に1回・40分』だけです。しかもゲームをした人を調べても、『筋肉が増える』などの変化は見られなかったそうです」

 
ではなぜ、腰痛が改善されたのでしょうか?
 
原因として考えられるのは、『リングフィットアドベンチャー』の全身運動効果が、血流改善や柔軟性の向上に寄与したという可能性です。
そして、もうひとつが、「痛みへの自己効力感」という、心理面での効果です。
 

「心理面の効果として、ゲームへの没入感や各ポイントのクリアによる達成感など、自身の運動を原動力とした成功体験が脳のドパミンシステムを改善し、自覚していた疼痛(とうつう)が緩和したとも考えられます。ちなみに本研究は全ての患者さんが楽しく参加され、途中脱落者は0でした」

 
ちなみに、比較対象として内服治療を行った腰痛持ちの方々には、改善が見られなかったそうです。
 
気持ちが、腰痛を改善するの!?
だとすれば、これもある種のプラシーボ効果なのでしょう。
 
前置きが長くなりました。
今回は、誤解されていることも多い、「病は気から」を文字通り実現する可能性のある、プラシーボ効果について、ご紹介しましょう。
 
 
 

プラシーボ効果とは

 
プラシーボ効果は、プラセボ効果、もしくは偽薬効果とも呼ばれます。
プラシーボ効果とは、症状の改善効果を持たないはずのニセモノの薬(偽薬、プラセボとも呼ばれます)や、治療法が、症状を改善させる効果のことを指します。
 
例えば、頭痛に悩む人に対し、「これは頭痛の薬だから」と嘘をついて、単なるデンプンのタブレットや、ごく平凡なビタミン剤などを飲ませても、頭痛改善効果が得られる現象などを指します。
 
プラシーボの語源は、ラテン語の「placere」の一人称単数未来形である「placebo」と言われています。「喜ばせましょう (I shall please)」という意味を持つ言葉です。
 
偽薬を用いて、患者の望みである痛みを取り除くことから、プラシーボ効果と呼ばれるようになったと考えられます。
 
 
 

プラシーボ効果の例

 
プラシーボ効果の例を、いくつか挙げましょう。
 

19世紀後半から20世紀初め頃のアメリカ

 
「これを飲めば元気になるよ」と言って、患者に砂糖のピルを処方するようなことが、日常的に行われていたそうです。
実際、結構効果はあったのだとか。
 
 

パーキンソン病患者に対する偽手術

 
パーキンソン病の患者に対し、頭蓋にいったん穴を空けそのまま修復する、つまり治療をせずに手術をしたふりだけをすると、改善効果のあるドーパミンが分泌されるようになることがあるそうです。
 
 

ニセの鍼を使った鍼治療

 
先端がフラット、つまり皮膚下に刺さらない鍼を用いた治療を行ったところ、脳内の痛み抑制物質であるオピオイド(麻薬性鎮痛薬)の分泌が確認されました。これは本来、ホンモノの鍼を使わないと確認されないはずの物質です。
 
ちなみに本実験では、対照実験も行っています。
「この鍼はニセモノなので、効果はないです」と言って治療を行った患者たちの脳内では、オピオイドは分泌されなかったそうです。
 
 
 

プラシーボ効果を巡る歴史

 
プラシーボ効果という言葉は知らずとも、その可能性については、古くから経験的に知られていました。呪術師などが行う、伝統的な呪術療法などはその典型です。
 
科学的に、プラシーボ効果が広く知られるようになったのは、1955年のことです。
ヘンリー・ビーチャー(米)は、喘息患者を始めとする26の研究報告から、平均35%のプラシーボ効果があったことを論文報告しました。
ビーチャーの論文に対しては、数多くの批判もあったようですが、この論文は、プラシーボ効果という言葉が広く知られるきっかけとなりました。
 
プラシーボ効果については、依然として議論は行われているものの、まったくのデタラメではないことは、近年認められるようになっています。
 
 
 

ヘルシンキ宣言における、プラシーボ効果に対するスタンス

 
ヘルシンキ宣言とは、世界医師会(WMA)が発表した、人体実験に関する倫理的原則のこと。人を対象とした研究を行う上で、守るべき大原則として尊重されている存在です。
 
では、ヘルシンキ宣言では、プラシーボ効果をどのように扱っているのでしょうか。
ヘルシンキ宣言2000年版では、初めてプラシーボが宣言内に登場しました。
 
「新しい方法の利益、危険、負担及び有効性は、現在最善とされている予防、診断及び治療法と比較考慮されなければならない、ただし、証明された予防、診断及び治療方法が存在しなう場合の研究において、プラシーボまたは治療しないことの選択を排除するものではない」
(日本医師会による、ヘルシンキ宣言2000年版第29条の訳文)
 
どうにもならない場合には、プラシーボ効果を選択することも許しますよ、ということですね。
 
最新である、2013年版では、以下のように記述されています。
長文で、しかも分かりにくい文章ですが、転載しましょう。
 
「プラセボ(※プラシーボ)の使用
新しい治療の利益、リスク、負担および有効性は、以下の場合を除き、最善と証明されている治療と比較考量されなければならない:
証明された治療が存在しない場合、プラセボの使用または無治療が認められる;あるいは、
説得力があり科学的に健全な方法論的理由に基づき、最善と証明されたものより効果が劣る治療、プラセボの使用または無治療が、その治療の有効性あるいは安全性を決定するために必要な場合、そして、最善と証明されたものより効果が劣る治療、プラセボの使用または無治療の患者が、最善と証明された治療を受けなかった結果として重篤または回復不能な損害の付加的リスクを被ることがないと予想される場合。
この選択肢の乱用を避けるため徹底した配慮がなされなければならない」
 
有効な治療法がなかったり、プラシーボを行うことでリスクがなく、また治療効果の向上が見込まれる場合には、プラシーボ効果を認めるという内容です。
ただし、「乱用を避けるため徹底した配慮がなされなければならない」と釘を差しています。
 
 
 

プラシーボ効果は、どういった時に効果を発揮するのか?

 
心理学者で、『心の潜在力 プラシーボ効果』の作者である、広瀬弘忠氏は、プラシーボ効果が発揮する条件について、興味深い見解を述べています。
 
氏はまず、プラシーボとは、期待や希望を寄せる対象であると定義しています。
そのうえで、患者本人が、「これ(プラシーボ)があれば、私は治る」という確信が必要であるとします。
 
 
ここで言う「確信」については、他の研究でも実証されています。
 
2004年、武庫川女子大学/短期大学では、新体操の選手14名を対象に、チタンシールを題材として、プラシーボ効果に対する実験を行いました。
 
チタンシールは、温熱効果によって鎮痛・鎮静作用を促し、筋肉のリラックスを図る効果があるとされています。14名のうち、7名はチタンシールの効果を信じているグループ、残り7名は効果を信じていないグループです。
 
実験では、ふたつのグループに対し、チタンシールと嘘をついて、キネシオテープを患部に処方しました。キネシオテープも筋肉の回復等に効果があるとされますが、その使い方が違います。したがって、本来、チタンシールの代わりにキネシオテープを処方しても、効果は出ないはずです。
 
しかし、チタンシールの効果を信じているグループに関しては、患部の皮膚温度が上昇した上で、脳波にリラックスしている兆候が観察されたそうです。さらに、体前屈を行ったところ、信じているグループでは5%の記録向上が見られたのだとか。
対して、チタンシールの効果を信じていないグループでは、効果は測定されませんでした。
 
つまり、「これ(この場合は、チタンシール)があれば、私は治る」と確信している人たちには、プラシーボ効果が働くものの、確信を持っていないグループには、プラシーボ効果は機能しないことが分かります。
 
 
では、ここでいう確信とは、どのように醸成されるものなのでしょうか。
 
大切なのは、偽薬や治療を施す医師らへの信頼です。信頼できない医師からの治療を、信じることは、とても難しいですから。
そして、信頼は、医師の備えるパーソナリティや、コミュニケーション能力によって裏付けされます。
言われてみれば、当然のことですね。
 
 
冒頭のエピソードに戻りましょう。
筆者に限らず、腰痛に悩んでいる方は少なくありません。腰痛の完治が難しい理由のひとつは、対処療法になりがちで、原因が見つけにくいことにあります。
 
引越屋や倉庫作業員、もしくはアスリートのように、日常的に腰に大きな負荷がかかることが原因となっているケース。
内臓系の不具合が、腰痛につながっているケース。
もしくは、デスクワークが多いなど、生活習慣が原因のケース。
日頃の姿勢や歩き方など、当人の癖が腰痛につながるケースもあります。
 
そんな完治が難しい腰痛ですから。
乱暴な言い方をしてしまえば、ゲームをやって気分が良くなることで、腰痛が改善されるのであれば、これはとても幸せなことだと思います。
 
プラシーボ効果を例に挙げるまでもなく、人というのは気持ちや感情に左右される生き物です。「病は気から」という言葉は、あながち間違っていないのです。
身体を健康に保つために、心も健やかに、日々を暮らしたいものです。
 
 
 
 

参考および出典

 

  • ヘルシンキ宣言 2013年版
  •  

  • 偽薬(Wikipedia)
  •  

  • 「巻頭インタビュー 治療家が知っておきたい プラシーボ効果の役立て方」
    広瀬 弘忠、古屋 英治>
    医道の日本 2009.5
  •  

  • 「チタンシールとキネシオテープの比較からみたプラシーボ効果の検討–生理的指標と運動能力の評価から」
    伊達 萬里子、樫塚 正一、北島 見江 他
    武庫川女子大学紀要. 人文・社会科学編 2004
  •  

  • 「プラシーボ効果とプラシーボ対照–その科学性と倫理性をめぐる議論」
    栗原 千絵子、光石 忠敬
    月刊薬事 2002.6
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