「君さぁ、この間の僕の投稿に、『いいね!』してくれなかったよね? どうしてかな?」
私に問いかけてきたのは、お客様であり、50歳を少し超えた男性です。
「いや、なんでって言われても‥(つまらなかったから、とは言えないよね)」──、戸惑う私に、彼はさらに畳みかけます。
「僕、そういうの気になるんだよね」
「まさか毎回、誰が『いいね!』したのか、チェックしているんですか?」、聞いた私に、彼はにこやかに答えました。
「うん、してるよ。だって気になるじゃない」
SNSが広く世の中に浸透した今、『いいね!』の数、コメントの数などを過剰に気にする人が増えています。
本稿では、こういった方々の心理を考えていきましょう。
SNSとは、究極のセルフブランディングの場であると断言する女性がいます。
容姿にも恵まれている彼女は、ハイスペックな男性とのお付き合いが進行中とのこと。それもこれもすべて、セルフブランディングの賜物だと、彼女は断言します。
だからこそ、SNSには、画像、文章とも、十分な推敲を重ねてからでないと投稿しません。
彼女にとって、他人からも羨ましく思われる投稿を続け、セルフブランディングを演出することは、よりよい人生を送るための欠かせない努力なのです。
ある男性は、SNSへの投稿のうち、「いいね!」の数が少ないものは削除するそうです。
「友だちのSNS投稿、閲覧が活発になる時間を狙い、投稿を行います。30分経って、『いいね!』が増えない投稿は削除します」
なぜそこまでするのか?
「つまらない奴と思われたくないから」と、彼は理由を説明します。
彼自身、面倒なことだとは思いつつも、友だち、知人たちから関心を持ってもらえる存在であり続けるために、投稿の削除は必要なことだと考えているそうです。
SNSを利用する人の心には、多かれ少なかれ、承認欲求があります。
ただし、SNSにおける承認欲求には、真逆と思われる2種類の承認欲求が存在します。
ひとつは、注目を集めたいという賞賛獲得の要素を持った承認欲求です。
セルフブランディングに拘泥する女性の例は、こちらに該当します。
もうひとつは、「皆から嫌われたくない」という否定的評価の回避を目的とした承認欲求です。
「つまらない奴と思われたくないから」という男性の例は、こちらに該当するのでしょう。
一般的に、SNSを利用する目的としては、「友だち・知人とのコミュニケーション」や、「ひまつぶし」などが上位に挙がります。
ところが、ある調査では、SNSへの依存度が高い人ほど、「現実から逃れるため」「ストレス解消」という目的が上位になる傾向があるのだとか。
SNSにのめりこむほど、自分にとっての大事な居場所であるSNSを守りたいと考えるようになります。やがて、「できるだけ敵は作りたくない」「できるだけ相手の期限を損ねたくない」と考えるようになります。「SNS上の友だちたちから嫌われてしまう=自分の居場所がなくなる」という最悪の結果を回避するためです。
その結果として、否定的評価の回避が、SNSの最大目的となってしまうわけですが…
気持ちは分かりますが、なんだか悲しいですね。
博報堂生活総研では、1992年から2年毎に、私たちの生活や意識を調査する『生活定点』調査を行い、公開しています。
これ、いろいろと興味深い調査項目がいくつも並んでいるのですが、本記事では友だちに関する意識をピックアップして、紹介しましょう。
「友人は多ければ多いほどよいと思う」
1998年の初回調査では、57.2%がYesと答えていましたが年々減少、最新の2020年調査では18.0%まで減少しました。
「自分は誰とでも友だちになれる」
1994年の初回調査では、42.9%がYesと答えていましたが、これも年々徐々に減少、最新の2020年調査では27.2%まで減少しました。
「人づきあいは面倒くさいと思う」
1998年の初回調査では、23.2%がYesと答えていました。本質問は、年々上昇し、最新の2020年調査では35.0%がYesと答えています。
SNSって、友達を増やし、よりコミュニケーションを広く、そして行いやすくするものではないでしょうか?
SNSが普及している現代において、どちらかというと友だち関係を縮小していく意識傾向が見受けられるのは、とても興味深いです。
ドイツのフンボルト大学とダルムシュタット工科大学が、フェイスブックユーザー584人を対象に行なった調査では、友だちの投稿を見た後、約3人に1人は孤独感や嫉妬心を抱いてしまうという結果が出ています。
社会人2年目のある男性は、SNSで誕生日を非公開に設定変更したそうです。
理由は、「誕生日おめでとう!」といったお祝いコメントの数を気にしたくないからだそうです。
「例えば500人友だちがいたら、50コメントは少ないですね」──、彼はこのように言います。
SNSでは、友だちの数や、「いいね!」の数などがすべて明らかになります。これは、ある人にとっては優越感の証しであり、ある人にとっては劣等感の傷になります。
Facebookの共同創業者であり、会長兼CEOでもあるマーク・ザッカーバーグが、Facebookのアイデアを思いついたときには、きっと想像もしなかったことと思いますが。
今やSNSというつながりは、新たなストレス、新たな孤独の温床となっているのです。
完璧を望もうとするな。
全てのことは十のうち十まで良くなろうとすると、心の負担となって楽しみがない。
不幸もここから起こる。
また他人が自分にとって十のうち十まで良くあって欲しいと思うと、他人の不足を怒り咎めるから心の負担となる。
これは、江戸時代の本草学者で儒学者でもある貝原益軒の『養生訓』の一節です。
人間社会には、もともとヒエラルキー(階級制)があります。
これは江戸時代の士農工商や、インドのカースト制のような身分制度を指すものではなく、もっと根源的な意味です。
隣人が、金持ちだったらうらやむ。
隣人が、美味しい料理を食べていたらうらやむ。
隣人が、きれいな/ハンサムな恋人と付き合い始めたらうらやむ。
残念なことではありますが、SNSは、新たなヒエラルキーを生み出してしまいました。SNSを深く楽しむ人ほど、SNSが生み出したヒエラルキーの呪縛に囚われ、結果として「いいね!」の数を気にするようになってしまうのかもしれません。
ちなみに、私も何年か前に、Facebook上で誕生日を公開することを止めました。
理由は、普段はコメントも「いいね!」もしない、つまり私に関心があるのか分からない方々が、誕生日のときだけおめでとうメッセージを寄せてくることが疎ましくなったからです。
「だったらFacebookそのものを止めてしまえばいいのに…」──、おっしゃるとおりです。
私もSNS依存症のひとりなのでしょう。
- なぜわれわれはSNSに依存するのか? : SNSに”ハマる”心理
正木 大貴
現代社会研究科論集 = Contemporary society bulletin : 京都女子大学大学院現代社会研究科博士後期課程研究紀要 / 京都女子大学大学院現代社会研究科 編 - SNSで孤独に陥る人々 : 自分を誰かに承認されたがるSNSユーザー
Verdad / ベストブック