秋元通信

「PCはいらない!」、極端な断捨離がもたらす成功例と失敗例を考える

  • 2021.10.27

「あのさ…、外でPCを使って仕事をするモバイルってやつ、教えてくれない?」
 
2000年のことだったと記憶しています。
当時、私は福岡に赴任していました。声を掛けてきたのは、私が東京本部に在籍してたときの同僚です。
 
どうしたの?── 聞く私に、彼は苦々しげに言いました。
 
「新しく赴任した部長にさ、東京営業部の営業全員、PCを取り上げられたんだ」
 
事の次第はこうです。
私が当時在籍していた営業部は、量販店に対し、携帯電話を卸す部署でした。こういった量販店向け卸営業の仕事は、大きくふたつあります。
 
ひとつは、量販店の商品本部において、バイヤーと仕入れや販売戦略、折込ちらしなどの、全店的な営業施策を打ち合わせること。
もうひとつは、各店舗を巡り、売り場をチェック&メンテナンスしつつ、売場担当者や店長などと信頼関係を作り上げることです。
 
新任の部長は、大手家電メーカーの元営業部長でした。ヘッドハンティングされた人物であり、自身の営業方針に対しては、絶対的な自信を持っていました。
 
一方、東京営業所のメンバーは、良く言えばおっとりしている、悪く言えば数字に対する追求心に欠けている者が多くいました。私も、もともと東京営業所に在籍していたわけですから、彼ら彼女たちのことは、よく知っていました。
 
部長は、営業部員たちが、あまり外に出ないことを、強く苦々しく感じていました。
外出したとしても行くのは商品本部だけで、店舗巡回は積極的に行おうとしません。
 
業を煮やした新任部長は、強硬手段に出たのです。
 
「お前ら、何故、店舗巡回をしないんだ!! そうかPCがあるから駄目なんだな?だったらお前ら全員、PC没収だ!」
 
しかし、PCがなければ、お客さまからのメールも確認できません。見積書も作成できませんし、商品本部への提案書も作成できません。各店舗の在庫数も確認できません。
 
そこで、困った私の元同僚は、自前のノートPCを用いて出先で仕事をしようと考えました。しかし、当時は電源を備えたカフェなんて、ほぼ存在しません。フリーWi-Fiもありません。そもそも、当時はまだノートPCのバッテリーも脆弱で、バッテリー駆動は、実質3~4時間程度に留まっていました。
 
私は、当時から、積極的に出先でPCを用いて仕事をしていました。
そこで、東京の同僚は、私に出先で仕事をするノウハウを聞いてきたのです。
 
東京営業所メンバーの、営業先を回りたがらない気質は、私も疑問を感じていました。私は事務所にいるのが嫌なタイプなので、心情的に理解し難くも感じていました。
ただし、そうは言っても、「PC没収は、さすがにやりすぎではないか?」と、 私も感じました。
 
数週間後、新任部長が福岡営業所に来訪したので、呑みに行きました。
部長は、もともと福岡から東京に単身赴任していたので、福岡にいる私とは、何度も呑みに行っています。東京のメンバーよりは、気心の知れたコミュニケーションが取れていたものと思います。
 
「東京営業所から、PCを撤去したらしいですね」── 聞いた私に、部長は呆れたようにぼやきました。
 
「でもな、あいつら…。結局、事務所近くのある喫茶店で、ノートPC開いてたむろしていたらしい。そこは、コンセントを貸してくれるらしくてな。結局、俺の狙いである、店舗巡回には行ってないんだよ」

 
 
 

「PCの前にいるのは、遊んでいると同じ」から、Slackを導入した企業

 
「創業135年のカクイチがSlackを導入したら課長職が不要になった話」
 
記事の企業(カクイチ)では、もともと、「パソコンの前にいるというのは遊んでいるのと同じ、そんな時間があるなら現場で汗を流せという先代の社長のカルチャーが浸透していた」と言います。
その企業が、チャットツールである「Slack」を導入したことで、課長職を廃止できるようになったそうです。
 
「Slackの導入で経営陣の情報がじかに社員隅々まで伝わるため、情報を伝達するだけだった立場に優位性がなくなってしまった」── 課長職廃止の理由について、記事中ではこのように説明されています。
 
また、社長は、Slack導入とともに行った社内文化改革の結果、「経営陣の指示が伝わるスピード、現場の情報が上がってくるスピードが2倍ずつ増えて、意思決定が4倍以上速くなった」と評価しているそうです。
 
私のエピソードと、このカクイチさんのエピソードに、共通するのは、コミュニケーションです。
 
私のエピソードでは、営業部員が客先に行く頻度が少ないため、新任部長は、顧客とのコミュニケーションが不足していることを懸念しました。
諸悪の根源をPCと考え、PCを撤去したものの、営業部員のマインドが変わらなかったため、むしろ逆効果になったという顛末になったわけです。
 
カクイチさんのエピソードでは、対面偏重の社内コミュニケーション文化を変革しようとした際に、Slackというツールでコミュニケーションを代替できたことが、成功の大きな要因だったのでしょう。
コミュニケーションを大切にするという、カクイチさんの文化が大切にしてきた本質は継承しつつ、実現手段をITツールに変換したわけです。
 
PCを使う・使わないというのは、手段に過ぎません。
カクイチさん社内でも、手段が目的化してしまい、大切にすべき社内文化が変質してしまっていたのではないでしょうか。
それが、「パソコンの前にいるというのは遊んでいるのと同じ」という本末転倒な社内文化につながっていたのではないかと、私は考えます。
この悪しき(と言い切りましょう)意識であり、社内文化を断舎離することで、新たな一歩を踏み出すことができたのでしょう。
 
 
※Slack
チャット機能を中心とした、チームコミュニケーションツール。
競合は、Microsoft Teamsや、Googleチャット、LINE WORKSなど。
ビジネス用のコミュニケーションツールとして少なからぬシェアを持ち、根強い人気を集めている。
 
 
 

何かを変革するときに、「断捨離」は必要ではあるが…

 
何事においても、変革しようとする際には、これまでの慣習や意識、社内文化、もしくは物理的な何かを断舎離することは、必要だと思います。
以前ご紹介した、「WAA」(Work from Anywhere and Anytime)では、時間に縛られる今までの働き方を捨て、そして究極的には、集団就業の場であるオフィスすらも断舎離することを将来の可能性として秘めています。
 
ただし、安易な断捨離は、変革に対してマイナスの影響を与えてしまいます。
私が経験したエピソードは、まさにその典型でしょう。
 
断捨離って、ある意味簡単です。
断捨離そのものは、「捨てるだけ」「止めるだけ」であって、新たな何かを生み出すわけではありません。新たな何かは、断捨離とは別に行う必要があります。
 
本稿では、これまでのやり方に対し、変革をもたらすために断捨離を行い、失敗した例、成功した例をそれぞれ挙げました。
 
皆さまも、何かを変革しようとするときに、断捨離を検討するかもしれません。
その断捨離が、変革が目指す本質に合致してるのかどうか、よくよく検証してから、断捨離を行ってくださいね。
 
 
 


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