秋元通信

「良いものだったら売れる」は勘違い?、顧客にストーリーをもたらすCXを解説

  • 2021.11.24

かつて私は一部上場企業において、副社長室に在籍していたことがあります。
曲がりなりにも大企業のひとつですから、会社にはさまざまな製品やサービスの売り込みがあります。私の在籍していた企業はベンチャー企業だったため、売り込む側の心理的ハードルも低かったのでしょう。
 
売り込みは、副社長室が一手に窓口を務めていました。よって、私は毎日2件から多いときには5件ほどの売り込み案件について、話を聞き続けていました。
 
これは20年ほど前の話です。
当時の売り込みというのは、ほぼ99%が箸にも棒にもかからないような製品・サービスでした。そもそも、製品やサービスの体をなしていない案件が大半でした。
思い返すと、売り込みを行う人のマインドが、今とは違うのでしょう。
 
「***というアイデアを持っているのだが、製品化(もしくはサービス化)する資金がない。だから資金援助して欲しい」という売り込みが、半分以上あったのではないでしょうか。
 
当時、日本テレビ系列で『マネーの虎』というTV番組が放映されていました。
これは、夢を叶えるために資金援助をして欲しいという素人が番組に出演し、自身の夢をアピール、それに賛同すれば、出演者であり審査員も兼ねる、一癖も二癖もある社長らが資金援助を行うというものでした。
ラーメンチェーンの店主、AVメーカーの社長、リサイクルショップチェーンの社長など、個性的な、でも起業マインドに筋の通った持論を持つ審査員らが、夢を求める方々と真剣にぶつかり合う姿は、確かにおもしろかったです。
 
ただ、その影響だったんでしょうね。
しっかりとしたプレゼン資料を用意してくる方は、まだまともな方で、手ぶらで私どもを訪問し、延々と愚につかない持論を展開する方もいて、辟易させられました。
 
繰り返しますが、「これはすごいな!」と思わせてくれるような優れた製品・サービスの売り込みは、本当にわずかでした。
逆に言えば、優れた製品・サービスに出会ったときには、「これはなんとかして自社で売れないだろうか…?」と私も真剣に考えたものです。
 
 

良い製品・サービスがあふれている今

 
仕事柄、今も私は製品やサービスの売り込みや、営業方法に関して相談を受けることがあります。もちろん、以前に比べれば微々たる数です。私が執筆する記事で紹介してもらえないかという相談を頂くこともあります。
 
最近の売り込みを診ていると、駄目な製品・サービスって、ほぼないんですよね。
どれも優れた特徴や機能を備えていて、言わば「良い」「すごく良い」「すごくすごく良い」の違いでしか評価ができないような売り込みばかりです。
 
ある時、先輩筋に当たる方から、TMS(Traffic Management Sytem)の売り込みを受けたことがあります。私にもマージンを払うから、営業をして欲しいという打診でした。
 
「なあ、良いものだと思うだろ」──先輩から、聞かれた私は「そうですね」と答えました。
「だったら、『売りたい』『売ってあげたい』と君も思うだろう?」、そう問われた私は、「いいえ、思わないです」と即答しました。
 
先輩は鼻白んだのでしょう。
少々語気を強めながら、「何故だ? 良いものだったら売りたいと思うのは、営業の本質だろう!?」と言葉を重ねてきました。
 
「『良いものだったら売れる』というのは、根本的な勘違いです」と、私は答えました。
 
私は、件のTMSについては、機能面、性能面を考えれば「良いものである」と評価しました。ですが、売れるとは思いませんでした。
 
何故か?
その製品には、CXが不在だったからです。
 
 

CXとは?

 
CX(Customer Experience / 顧客体験)というキーワードが注目されています。
 
CXとは、機能・性能・価格といったスペック的な価値ではなく、購買までのストーリーや、購入後の使用体験、アフターフォローなど、顧客が経験したエモーショナルな価値を重視する考え方で、マーケテイングや製品開発、営業などにおいて、評価が高まっている概念です。
 

「この飲料には、体脂肪を減らす**という機能性成分が含まれている」
「この飲料を半年飲み続けたら、体脂肪が*%減少した」

 
あなたにとって、より響くアピール方法はどちらでしょうか?
 
AmazonなどのECサイト、Googleマップに掲載される店舗や飲食店、観光スポットなどに投稿される、口コミも、CXのひとつです。
 

A.
「緑に囲まれた臨済宗の寺院。1375 年創建で 1603 年に再建された。紅葉の名所」
 
B.
「紅葉時期の散策にお薦めです。今年の冬は早そうなので、通年より少し早めが良さそうです。ここの紅葉景色は都内近郊の中で私のお気に入りの場所です」
「広い敷地で武蔵野の原風景を体感できる。首都圏でこの様なお寺さんが現存していることに少し驚きました。禅寺で雰囲気がよい。駐輪場は入り口から少し離れたところにある。本堂へ入る事や、各建物の仏様が、暗くて見えないのは少し残念でした」

 
これは、以前秋元通信でも紅葉を紹介したことのある、あるお寺に対するGoogleマップの説明(A)と、口コミ(B)です。
 
どちらがより「そのお寺に行ってみたい!」と思わせる内容なのかは、明確でしょう。
 
 

CXが響く理由

 
先日も、燃料添加剤の売り込みをうける機会がありました。
 

A.
「この添加剤を使用することで、燃費が10%向上する」
 
B.
「**運送では、原油高の影響で、経由の仕入れ価格が昨年比で10%上がった。しかし、この添加剤を使用したことで燃費が10%向上したため、結果として営業利益を圧迫することを回避できている」

 
これも、どちらが響くかは明確です。
率直に言えば、物流業界にいれば、燃料添加剤の売り込みなんて、これまで何十件も経験しています。
燃料添加剤に限らず、製品・サービスを評価する言葉って、意外と単調です。
「すごい」「優秀」「優れている」「便利」「向上する」等々、ありきたりな言葉しか並ばず、結果として「すごく良い」などといった、強調の修飾語で差をつけようとしてしまうわけです。
世の中に、良い製品と悪い製品が存在している頃はこれでも良かったかもしれません。
ですが、社会と経済が成熟し、良い製品・サービスがあふれる現在では、これでは通用しません。
 
 

優れた製品やサービスには、必ずCXが付帯する

 
ペルソナ・マーケティングでは、顧客を想定した人物像や購入ストーリーを立案します。
開発過程において、ペルソナを想定し、仕様を決定した製品・サービスには、自ずとストーリーが寄り添い、CXが備わってきます。
 
そういった製品・サービスの場合、ユーザー側も、「これを使うことで、私は**という体験をできるんだ!」ということが自ずと想起できるわけです。
 
「良いものを作り上げよう」と意気込み、開発者が考える良い機能を盛り込んだ製品やサービスは、確かに多機能で、さまざまな使い方ができるかもしれません。ですが、そういったものって伝わりにくいんですよね。
また、多機能ゆえにユーザービリティーが下がり、使いにくくなることもあります。
CXを考慮することなく、開発された製品・サービスって、開発者の独りよがりに陥るケースも間々あります。
 
「こんな良い製品(サービス)なのに、何故売れないんだろう?」──もし『秋元通信』読者のなかに、こんな課題を感じている方がいれば、少し立ち止まって、足元を見直してください。
 
今の世の中、製品・サービスが良いものであることは当たり前なんです。
だからこそ、顧客に寄り添ったCXが実現、そしてアピールできているかどうかが大切なのです。
   


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