過日、「GLP Conference 2024 in TOKYO」(日本GLP主催)なるイベントを取材しました。物流不動産ディベロッパーである日本GLPが開催したカスタマーイベントです。
本イベントのメインイベントは、元横浜ベイスターズの監督や、WBC日本代表チーム(2017年)の投手コーチを務めた権藤博氏の講演でした。
これがですね…、むちゃくちゃおもしろく、また勉強になりました。
本稿では、権藤氏のお話にあった、「Don’t over teach」(教えすぎるな!)について、考えます。
中日の二軍投手コーチをしていた1975年秋、権藤氏は自費で渡米し、現地でポストシーズンを観戦したそうです。その際、パイレーツの球団幹部から、フロリダの教育リーグ見学に誘われます。
ドジャース傘下のチームを視察したときのことです。
室内練習場で、コーチがある右打者に右打ちの練習を指示していました。
「向こうのネット(右翼方向)に打球が当たるようになったら、呼びに来い」、そういってコーチは、その場を去ってしまいます
ところがこの選手は、左に引っ掛けてばかりで、一向に右打ちができません。
権藤氏から見ると、スイングの基本ができていません。そこで見かねた権藤氏は、この選手に足の踏み出し方、スイングの方法などをアドバイスします。するとたちまち、この選手は右打ちができるようになりました。
喜んだ選手は、コーチを呼びに行きました。
選手の様子を見たコーチは、選手を褒めず、権藤氏に詰め寄ります。
「ゴン、おまえが教えたんだろう。それはありがたいが、教えられて覚えたことはすぐ忘れる。自分でやって覚えたことは忘れない。だから、私は彼が自分でできるようになるのを待っているんだ」
(※権藤氏の著書「権藤主義」より)
権藤氏は、すぐに自分の浅はかさを悟りました。
「そうか、プロで食える技術は人まねではなく、自分で編み出す他ないんだよな」
権藤氏は、「Don’t over teach」だけではなく、褒めることの大切さも訴えます。
「褒めるところを探すのも大変なんですよ。
バカみたいな褒め方をしても、相手にバカにされるだけですから。
だから、必死になって選手を観察し、なんとか褒めるところを探すんです」
権藤氏は講演で、このように語りました。
権藤氏の基調講演の後、日本GLP 帖佐社長とのクロストークも行われたのですが、この権藤氏のポリシーには、帖佐氏も同意します。
- そもそも、物流不動産というビジネスにおいて、「これが正解」という王道がないこと。
- だから人まねをするだけでは、結果が出ないこと。
- だから帖佐社長も、「褒めること」を心がけてきたこと。
同時に権藤氏は、このようにも言っています
「プロに入ってくる選手に、人から教えられてうまくなったヤツはいない。(中略)
みんな野球をするために生まれてきたようなセンスの塊だ。逆に、人に教わってうまくなるようでは、まずプロにはなれない」
(※権藤氏の著書「権藤主義」より)
とは言え、指導される後輩・部下の立場からすれば、「Don’t over teach」を望ましいことなのでしょうか?
「第11回 職場の上司に関する意識調査」(2020年実施、日経メディカルプロキャリア)では、以下のようなアンケート結果を得ています。
- 「困った上司」について、どのようなことで困ったのか?
- 部下や他者への責任転嫁をする(49.3%)
- 指示・指導・ゴール設定が的確ではない(44.3%)
- 人によって態度を変える(44.3%)
※上位3点のみ
また、「上司を頼るときはどんな時ですか?」という項目には、以下のような回答が得られています。
- 仕事の進め方が分からなくなった時(49.4%)
- 仕事で納得できないことがあった時(33.8%)
- 仕事で失敗した時(28.0%)
※上位3点のみ
別のアンケートも紐解きましょう。
「20~50歳の現役世代に聞いた上司とのコミュニケーションの実態」(ベンナビ労働問題(株式会社アシロ))に聞いた、上司への不満の上位3位は以下のとおりです。
- 指示があいまい
- 頼られる仕事が多すぎる
- 話しかけづらい
※上位3点のみ
こういったアンケート結果からは、おそらくは適切な指導・助言を上司に求める人が多いことが見てとれます。
これ、どっちが正解なのでしょうね?
少し、筆者の昔話にお付き合いください。
筆者が、Web制作会社にいたとき、あるクライアントの企業Webサイトにおけるコンテンツ保守更新作業を担当していたHTMLコーダーがいました。
筆者が、このクライアントを担当し始めた時、この保守更新案件の顧客満足度はあまり高くありませんでした。
「指示したとおりには、Webサイトを更新をしてくれるけれども、それ以上のプラスアルファがないこと」に対し、クライアントは小さな、しかし営業担当である筆者からすると、見過ごすことができない不満を感じていたのです。
このコーダーは、典型的な指示待ち型でした。
言われたことは、正確かつ丁寧に作業するのですが、それ以上のことはしません。
このクライアントは、あるモータースポーツのスポンサー活動を行っており、Webサイト保守更新作業の6~7割は、レースレポートのアップデートでした。クライアントとしては、一般読者への見せ方を工夫したいコンテンツであり、このコーダーにも「どうやったら読者にとって、より魅力のあるコンテンツになるのか?」というアドバイスを求めていたわけです。
ライターでもなくデザイナーでもないコーダーに対し、こういうことを求められるのは、オーバースペックなのですが。しかし、クライアントの気持ちも分からないではありません。
そもそも、営業担当になった筆者からすれば、顧客満足度を上げるのは、大切な仕事のひとつでもあります。
そこで筆者は、クライアントにお願いをし、コーダーとともにレース観戦に行きました。
サーキットで見るモータースポーツ・レースは、TV中継とはまるで違います。
日常生活では、ほぼ聞くことがないレベルの爆音。
タイヤなどが焦げる独特の匂い。
「都合の良いシーンを、都合よく見せてくれる」TV中継とは違い、レースカーは、数分に一回しか目にすることができません。また当時のサーキットでは実況中継などもなく、観客は、一瞬で通り過ぎるレースカーを見て、見えていない時間のレース展開を予想せざるを得ません。
そもそも、自分のお目当てのレースカーを見分けることも、初心者には至難の業です。
このように、モータースポーツ観戦は、観客にモータースポーツ独特の観戦スキルを要求します。
ただし、サーキットという現場に足を運んだからこそ、見えてくることもあります。
クライアントのチーム(選手)は、年間チャンピオンを目指せる強豪チームではありませんでした。それゆえに、レース中継では「放送されない」「取り上げられない」こともあるのですが、サーキットならば、下位を走るクライアントのレース展開をちゃんと見ることができます。
クライアントの好意で、ピットにご招待いただいたことも、コーダーにとっては良い経験でした。
レースを前に、張り詰めた緊張感が走るピット。
静かに精神集中をしているドライバー。
こういった様子に、コーダーは感動を覚えたようです。
筆者は、レースレポートのコーディングに関し、徹底的にマイクロマネジメントを行いました。と同時に、コーダーとレースに関して雑談をすることを心がけました。
「この間のレース、タイヤトラブルでリタイヤだったけど、どうしてなんだろう?」
「ドライバーの調子、上がっているみたいだね。次のレースは表彰台を目指せるかな?」
「う~ん、クライアントのクルマは、やはり菅生(スポーツランドSUGO)と相性が悪いのかな?」
雑談をする中で、コーダーに質問をすることを心がけるようにしたのです。
こういったことを繰り返した結果、1年もするとこのコーダーは、クオリティの高いレースレポートを制作できるようになりました。
余談ですが、クライアントからの評価も高まり、結果、筆者は別の案件を獲得することもできました。
権藤氏の発言を考察すると、権藤流の「Don’t over teach」は、プロ野球選手という、もともと備えているスキルも、また競技に対するモチベーションも高い相手を対象としたメソッドであることが見えてきます。
では、「Don’t over teach」は、サラリーマン、企業マネジメント、あるいは企業経営では役に立たないのでしょうか?
そんなことはないでしょうね。
ヒントは、日本GLP 帖佐社長の発言にあります。
「そもそも、物流不動産というビジネスにおいて、『これが正解』という王道がないこと」
それゆえに、同社では従業員のモチベーション設計に心を砕いているようです。
詳細は割愛しますが、マニュアル的な人材育成が難しい物流不動産ビジネスでは、人間力の強化が、ビジネスの鍵を握ります。
つまり、「Don’t over teach」は、「0(ゼロ)か1か?」というデジタル的なメソッドでもありませんし、どんな環境、どんな人材、どんな企業でも通用するメソッドでもありません。
「Don’t over teach」を企業で実行するためには、少なくとも仕事や企業ミッションに対する高いモチベーションが必要です。いわば、下準備が整っていなければ、先に挙げたアンケート結果のように「『指示があいまい』な上司は嫌だよ…」と不平不満を言われるだけでしょう。
権藤氏の「そうか、プロで食える技術は人まねではなく、自分で編み出す他ないんだよな」という悟りにも、段階があるように思います。
本当に何も教えなければ、ただの放置です。
目的は、「自分で自分のやり方を編み出させる」ことなので、そのサポートとして、最低限の指導は必要なのではないでしょうか。
「Don’t over teach」とは、一定レベル以上の人財マネジメント体制ができていることを前提とした、高度なマネジメントであると、筆者は考えています。
だからこそ、(逆説的に感じるかもしれませんが)「Don’t over teach」が通じるような組織にすることを目標にすることも大切なのではないでしょうか。
以下、「GLP Conference 2024 in TOKYO」のこぼれ話です。
実は、帖佐社長、権藤氏とは15歳のときからの知り合いで、父のように慕う存在とのこと。
帖佐社長がアメリカに住んでいた時、権藤氏の御息女が同じ街にホームステイしたのがきっかけで、当時15歳だった帖佐社長は、権堂氏と知り合います。
その後、帖佐社長は、日本の高校に通うために、ひとりで帰国しますが、その際も権藤氏は帖佐社長に対し、親身に目をかけてくれたとのこと。
帖佐社長が若かりし頃は、権藤氏が使っていた送迎車をおさがりで譲ってもらっており、帖佐社長にとっての初めてのマイカーは、デボネア(三菱自動車)だったそうです。
デボネアってクルマも、懐かしいですね。
もしデボネアをご存じない、若い読者の方がいらっしゃったら、ぜひGoogle先生に聞いてみてください。
ある意味、自動車王国だった頃の日本を象徴するクルマのひとつであったと、筆者は思います。