「データの民主化」の有効性が認められるようになり、それまでは限られた人しか閲覧・アクセスができなかった、さまざまなデータが公開されるようになってきました。
例えば東京都。「東京都オープンデータカタログサイト」というWebサイトで、8,406件(※本稿執筆時)のデータを公開しています。
覗いてみると、いろいろなデータがあります。
市区町村別の人口・世帯などのデータ、福祉関係のデータ、商業・工業関係のデータ、変わったところでは、東京都が推奨するウォーキングコースのKMLデータ(※緯度経度情報を備え、Googleマップ等、多くの地図アプリで閲覧可能なデータ形式)も公開されています。
東京都のように、自治体が保有するデータをオープンデータとして公開する動きは広がっています。まさしく、「データの民主化」が現実のものとなりつつあることを示しています。
「データの民主化」とは、これまで特定の組織の、特定の人だけしかアクセスできなかったデータを、組織の枠を超えて、例えば企業内で共有したり、あるいはどんな人でもアクセスし、自由に利用できるようにすることを指します。
東京都のオープンデータカタログサイトは、この概念を体現する代表的な事例と言えるでしょう。
東京都のような自治体がオープンデータ公開を進める主な目的とメリットを考えましょう。
- 市民参加の促進
行政が保有するデータ(交通情報、人口統計など)を公開することで、市民が自らデータ分析を行い、地域課題の解決策を提案したり、新たなサービスを開発したりすることが可能になります。
例えば、交通データを活用して、より効率的な公共交通機関のルートを提案する、人口統計データを活用して地域の活性化策を検討するなどが挙げられます。 - 行政の透明性向上
行政が保有するデータを公開することで、行政の意思決定プロセスがより透明になり、市民の信頼を高めることができます。
また、データに基づいた政策立案が可能になり、より効率的で効果的な行政運営に繋がります。 - ビジネスの活性化
オープンデータは、民間企業にとって新たなビジネスチャンスを生み出す可能性があります。
例えば、位置情報データを活用した新たなアプリ開発、交通データを活用した物流効率化など、様々な分野でイノベーションが期待できます。 - 研究開発の促進
学術研究者や学生が、オープンデータを利用することで、新たな知見や技術の開発に繋げることができます。
例えば、環境データを活用した気候変動に関する研究、人口統計データを活用した都市計画に関する研究などが挙げられます。
企業活動における例を考えましょう。
新型TVを構成する部品Aを製造する部品メーカー(B社)があります。
新型TVに使われているとは言え、部品AはB社だけの専売特許というわけではなく、競合他社の部品とも容易に代替が可能なものです。
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a.ある年の12月、部品Aの売上が大幅にアップした。
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b.その翌月となる1月から3月まで、逆に部品Aの売上が下がった。
部品メーカーB社の営業部は、この要因を以下のように分析しました。
- a.については、部品メーカーB社がこれまで地道に行ってきた営業活動が実を結び、結果に結びついた。
- b.についてはボーナス・年末年始商戦を見込み、新型TVが売れると考えた家電メーカーが過剰に部品Aを仕入れすぎた結果、家電メーカー内で部品Aの在庫が過剰になり、売上が下がってしまった。
つまり、a.については営業努力の正当な結果であるものの、b.については顧客である家電メーカーの生産計画と、部品Aの出荷計画がうまくマージしなかったため、需要の先食い状況が発生した結果、1~3月期の売上が下がってしまったと、部品メーカーB社営業部は分析したのです。
この分析に異を唱えたのが、部品メーカーB社の宣伝やマーケティングを担当している広告代理店C社でした。
広告代理店C社は、自社で保有しているマーケティングデータを元に、反論したのです。
- 新型TVは、この夏から注目を集め、TVやメディア、雑誌などでたびたび取り上げられていた。
実際、広告代理店C社では、部品Aを採用していない競合他社製品を含め、新型TVのCM発注を多数受注している。 - 部品Aが売れたのは、新型TVそのものが(競合他社製品を含め)売れたから。
つまり、マーケットの波に乗って、部品Aの売上も上がったに過ぎない。
さらに、部品メーカーB社の物流部が別のデータを示してきました。家電メーカーからの部品Aに対する発注から、実際に納品が完了するまでの納品リードタイム日数のデータです。
このデータでは、12月から納品リードタイム日数が、平常時よりも3~4日長くなってしまっていました。
実は部品メーカーB社の営業担当は、部品Aに対する家電メーカーの在庫定数※の見直しを行っていませんでした。本当は、新型TVが売れて、部品Aに対する需要も高まっているわけですから、在庫定数も見直さなければなりません。
※在庫定数
あらかじめ定められた適正在庫数のこと。
メーカー側は、在庫定数を下回った場合、自動的に発注を掛けるように発注システムと在庫システムを連携させているケースもある。
そのため、家電メーカーは、部品Aの在庫が減るたびに、都度スポット発注を行っていました。部品メーカーB社側は、スポット発注に対し、生産計画がうまくマージできず、納品リードタイムが長くなってしまっていたのです。
「もしかして…」、こういった分析を聞き、慌てた部品メーカーB社の営業担当は、すぐに家電メーカーに探りを入れます。
すると、部品Aの納品リードタイムが長期化したことによって、新型TVの増産に支障が生じることを恐れた家電メーカーは、部品Aと同等の性能を持つ競合他社の部品に対する仕入れを増やしていることが判明したのです。
「『売上が増えた!』という目先のデータに囚われて、状況の本質を見誤っていた…」、部品メーカーB社の営業部は頭を抱えてしまいました…
このケースでは、社外の「マーケットデータ」に加え、社内の他部門が保有していた「輸配送データ」を確認していなかったために、間違った判断をしてしまいました。
これは架空の設定ではありますが、似たような話はたびたび耳にします。
だからこそ、さまざまなデータをもとに、より正しい判断を行おうというデータドリブンの大切さは、昨今広く認識されつつあるのでしょう。
ただし一方で、データドリブンな経営を行うためには、データが存在することが前提となります。
企業内の話で言えば、各事業部がデータを抱え込み、社内共有を嫌がるケースがあります。これを、「データのサイロ化」と呼びます。
サイロとは、工業材料、家畜のための飼料、収穫した農産物などを保管するための容器のこと。「データのサイロ化」とは、部門や、あるいは個人が、データを囲い込み、場合によってはその存在すらも隠してしまうことを指します。
「データのサイロ化」は、「データの民主化」を行う上では大きな障害となります。
さらに言うと、「データのサイロ化」以前に、「データがきちんと整備されていない」という課題を抱えているケースもあります。
データにすらなっていない暗黙知データ──例えば口頭でやり取りされる情報や、あるいは担当者などの脳内にしかない知見など──の課題です。
この課題については、次号で取り上げます。
加えて次号では、フィジカルインターネットなどを例に、物流業界において「データの民主化」を進める意義を考えましょう。