「データの民主化」とは、これまで特定の組織の、特定の人だけがアクセスできたデータを、組織の枠を超えて、例えば企業内で共有したり、あるいはどんな人でもアクセスし、自由に利用できるようにすることを指します。
後編にあたる本稿では、物流業界におけるデータの民主化の重要性を考えていきます。
→ 前編記事はこちらをご覧ください。
ある運送会社の社長から聞いた話です。
この運送会社では、大黒柱となっていた専務がいて、社長も専務に全面的に信頼を置き、配車を含め業務全般を任せていました…といえば聞こえが良いのですが、この社長、専務に経営のかなりの部分を、丸投げしていたわけです。
ところが、この専務が急死してしまいました。
当然、会社は大混乱です。
配車業務は、ドライバーらがあれやこれや言いながらなんとなく組めたのですが、困ったのは、協力会社関係でした。
なんと、各協力会社への連絡先すら、分からなかったのです。
この専務は、協力会社への依頼を、口頭やFAXで行っていました。メールから履歴をたどることもできず、また連絡先の電話番号も、すべて専務の携帯電話の中にしかありません。
もちろん、担当者の名前も分からなければ、運賃等に対する取り決めも、書面化されていません。
「本当に、あのときは大変でした。私の怠慢以外のなにものでもないのですから、言い訳のしようもありません」と社長は猛反省していましたが…
別のエピソードです。
ある倉庫会社の取締役から、こんな相談(というか、愚痴ですね)を受けたことがあります。
この倉庫では、すべての荷物のロケーション管理を、社長が行っているというのです。しかも、この倉庫では(詳細は割愛しますが)、すべて寄託のうえ、パレット数個といった小ロットの仕事も引き受けているとのこと。
「えっ!、じゃあ、縁起でもない話ですが、社長がいなくなったら、アウトじゃないですか?」、驚く筆者に、取締役は、「いや、もう全然ダメですよ…。間違いなく、会社は潰れます」と苦々しく答えました。
案件管理も、すべて社長が行っているが、契約書は結んでおらず、すべて口頭やFAXでのやりとり。
請求書も社長が作成。そもそも、取引条件を他の社員は知らないので、請求明細も社長以外、作れない。
「…、失礼ながら、じゃあ、あなたは取締役の肩書がありますが、何をしているんですか?」、聞く筆者に、取締役は答えます。
「ええ、肩書だけですよ。社歴が長いから、取締役を名乗らせてもらっていますが、実態は倉庫作業員や事務員と変わらないです」
取締役は、WMS(倉庫管理システム)などを導入し、社長への属人化を排除していきたいと考えています。「どうやって社長を説得すれば良いですかね?」、このように聞いてくる取締役に、筆者は答えました。
「僕が社長にお会いし、一度お話を伺いましょうか?」
「それがダメなんですよ…」
「もしかして、これまでも何度か試されたんですか?」
「ええ…、システム開発会社の人とか、あるいはコンサルタントとか、何人か会ってもらったんですが、『なんだ?、お前らは俺のやり方にケチをつけに来たのか!!』と怒ってしまって。
私に対しても、『お前は、俺に説教をするやつしか連れてこない』と言い出し、もう、私が誰かを合わせようとしても、会ってくれないんです…」
このふたつのエピソードは、どちらも極端な例ではあります。
ただ、運送会社や倉庫会社に限らず、限られた社員が、業務遂行に必要なノウハウや情報を抱え込み、属人化を引き起こしているのは、よくある話です。
このように、企業内、さらに言えば、企業で働く従業員の脳内には、データ化どころか、言語化もされていないさまざまな知識やノウハウがあります。(仮に本稿ではこれを「暗黙知データ」とします)
こういった暗黙知データを、形式知化──すなわち、言語化し、誰もが確認可能なデータ形式に変換すること──することは、とても困難な作業です。
暗黙知を抱え込んで属人化させている当人の協力が必要ですからね。
コンサルティング会社によっては、属人化させている人の作業を、ひたすら観察し、そして形式知化することがあります。この方法は、こういったやり方に精通しているコンサルタントが行えば有効なのですが、膨大な工数がかかります。
こういった手法のことをプロセスマイニングと呼びます。
近年では、こういった工数を削減するため、プロセスマイニングツールというシステムも利用されています。
プロセスマイニングツールは、業務遂行の過程で利用される、さまざまなシステムやアプリケーションにおけるアクティビティ・ログ、例えば、申請、受理、承認などのイベント発生に伴うログを、プロセスマイニングツールを用いて取得することで、対象となる業務の処理パターンを可視化します。
ただ、プロセスマイニングツールって、高価なんですよね…
最低でも数千万円を要するので、限られた企業しか使っていないのが実情です。
ある3PL企業では、配車マンに配車ノウハウが属人化していることを問題視した結果、その配車マンを、配車業務から外すことにしました。これは、暗黙知データを形式知化することを目指したわけではありません。問題の配車マンが抱えている配車ノウハウを捨てて、形式知化しながら新たに配車ノウハウを作り上げることを目指したのです。
このエピソードはとても示唆的です。
暗黙知データを抱え込む人は、大抵の場合、属人化が良くないことであることは知っています。知っていてなお、属人化解消に協力しないのは、いくつか理由が考えられます。
- 自分でも、暗黙知データ化した知識やノウハウを、どのように言語化したら良いのかが分からない。
- 暗黙知データを形式知化する手間や労力が面倒だと感じている。
- 理性や倫理観、あるいは仕事への責任感などよりも、何かしらの感情的な要因が自身の心の中で上回っていて、暗黙知データの形式知化に協力したくないと考えている。
これらの要因は、完全に区別できるものではなく、それぞれの要素の大小(あるいは「強弱」)はあれど、同時に存在しているものです。
こういった状態を放置していては、データの民主化など夢のまた夢なのですけどね。
そして、こういったデータの民主化への忌避感・嫌悪感は、個人だけではなく、企業のレベルでも発生することがあります。
物流業界に限った話ではありませんが、データの民主化どころか、デジタル化・システム化に対し、忌避感・嫌悪感を示す企業や人は、たくさんいます。
物流業界において、その最たるものは、今、物流産業が社会実装を目指しているフィジカルインターネットかもしれません。
筆者は仕事柄、さまざまな方とお話しする機会がありますが、今年、以下のような質問を受け、あるいは発言を聞く機会が、何度かありました。
「フィジカルインターネットと、中継輸送や共同配送って、どう違うんですか?(結局、同じですよね?)」
だから、「そんな程度のもの、金と手間をかけて、なぜ目指さなければならないのか?」と、こういった質問をする方の主張は続きます。
フィジカルインターネットとは、トラック、倉庫、貨物、あるいは人的リソースも含め、ありとあらゆる、しかもリアルタイムな物流情報を共有することによって実現する、中継輸送・共同配送の究極形です。詳しくは、以前お届けした以下の記事をご覧ください。
フィジカルインターネットと、現在の中継輸送・共同配送との最大の違いは、「手配」なのか、それとも「マッチング」なのかです。
現在行われている中継輸送・共同配送では、人(配車マン)による手配が必要ですが、フィジカルインターネットでは、「プラットフォームによるマッチング」が主流となります。
この違い、大きいですよ。
手配が必要だからこそ、そこにムリやムダが生じますし、手配する配車マンの優劣が、輸送効率の優劣を生みます。
そもそも、人じゃないと優秀で精度の高い配車ができないと考えることが間違いです。
以前、以下のような記事をお届けしましたが。
当社芝浦営業所の場合、日々配車を行う車両数は、だいたい16台となります。
仮に、各トラックが日々5ヶ所の配送を行うとした場合、その組み合わせ数は、28億8480万1920通りとなります。
出典:「配車担当者はスゴイ! オペレーションズ・リサーチとは
もし、トラック30台で、1台5件ずつ配送する場合の組み合わせは、709億9200万3600通り。
トラック100台で、1台5件ずつ配送する場合の組み合わせは、30京6293億6251万2000通りになります。
これは純粋な順列組み合わせですが、実際には、ドライバーの改善基準告示や軒先条件なども考慮して配車を立案しなければなりません。人の脳で計算できる処理能力をはるかに超えています。
話がそれてしまいました。
フィジカルインターネットは、2030年から2040年に、業界ごとに社会実装を目指しており、活発な議論と研究、準備がすでに始まっています。
以前お届けした物流情報標準ガイドラインなどは、その準備のひとつです。
時代が、データドリブンな方向へと進んでいる今、データの民主化に取り組まないのは、とても危険です。それでもデータの民主化に取り組まないというのは、問題の先送りであり、愚かな選択と言わざるを得ません。
2024年最後のメルマガ「秋元通信」のテーマに、データの民主化を持ってきたのは、もちろん理由があります。
それは、今であればまだ、データの民主化に取り組み始めても間に合うからです。
今年5月に公布された物流関連2法では、デジタル化への取り組みが、努力目標(※特定事業者の場合は義務)とされました。しかし、これは「努力目標だから、やらなくてもOKだよね」と解釈すべきではありません。
むしろ、踏み絵と考えるべきでしょうね。
例えば、新物効法に関連し、規定される「荷待ち・荷役時間の2時間以内ルール」(1運行2時間ルール)では、現時点で詳細な運用方法が規定されていないものの、トラックに搭載しているデジタコデータを元に集計する方法が、もっとも現実的でしょう。
それを、「いや、ウチはデジタコは積んでるけど、ドライバーにステイタスボタンは押させてないし、運転日報だって手書きだよ。
だから荷主さん、荷待ち・荷役時間を報告するのも大変なんですよ。全部Excelで手集計しなければならないんですから…」なんて愚痴を言う運送会社がいたら、荷主──特に特定荷主──は、どう思いますか?
人間ができた担当者であれば、「ごめんね、手間を掛けさせて。でもこれも法律だからさぁ、協力してよ」なんて言ってくれるかもしれませんが、心のなかでは「せっかくデジタコ積んでいるのに。自分のデジタルリテラシー不足を愚痴られて困るよね…」と思われてしまうでしょう。
だから、データの民主化は、仕事をもらう運送会社や倉庫会社にとっては、顧客である荷主や元請事業者が、取引の是非を検討するための判断材料であり、踏み絵となりかねないわけです。
冒頭にも申し上げたとおり、2024年は、物流業界にとって、大きな転機となりました。
この転機に取り残されることなく、できるだけ多くの物流事業者が、(政府の)物流革新政策が導く、新たな物流の波に対応して欲しいと切に願います。