CLO、話題ですね。
CLOとは、「Chief Logistics Officer」の頭文字を取ったものであり、「物流統括管理者」と和訳されます。
CLOの役目を端的に言えば、企業におけるサプライチェーンを改善し、より効率の良い形へと革新するためのリーダーです。
しかしながら、巷ではこのCLOに求められるスキルセットについて、誤解をしている人もいるようです。
本稿ではCLOをケーススタディに、(物流に限らず)企業や組織において、改善・革新に従事する人たちに求められるスキルセットを考えましょう。
15年ほど前のことですが、ある大手製薬会社の人材育成セミナーを拝聴したことがありました。
「当社の新入社員には、ジョブローテーションの中で、必ず情報システム部での勤務を経験してもらいます」という話を聞き、「なるほど!」と納得した覚えがあります。
- 国内外、あらゆる拠点とコミュニケーションを取る機会があること。
- 自社内のビジネスをすべて知る機会が得られること。
- PC、インフラ、あるいは各種システムの運用を通じて、自社が抱える課題に対し、気づく機会が得られること。
- しっかりとしたITリテラシーを身に付けられること。
「必ず情報システム部勤務を経験してもらう」という理由について、このように説明をしていました。
開発、製造、品質、営業、総務など、配属希望に関係なく、全員に情報システム部での勤務を経験してもらうという、この試みにとても驚いた記憶があります。
今でこそ、コストセンターではなく、プロフィットセンター(※利益を生み出す部門)として活躍するケースが増えたり、あるいはDXなどを主導する部門として、事業企画のような役割を果たすケースも増えてきましたが、当時はまだまだ情報システム部の地位は低かったですからね…
PC・インフラ周りの雑用部門とみなされ、障害等が発生すると、営業や製造などの声が大きい部門の人たちから「情シス、なんとかしろよ!」と槍玉に挙げられたり、あるいはPCに詳しいオタク集団というイメージも、まだまだ残っていた頃です。
ぶっちゃけてしまうと、「私は製造を志望しているのに、なぜ情シスなんかに配属されるのは嫌だよ…」とがっくりしてしまう人も、当時はいたのではないでしょうか。
最近、サイロ化というキーワードが注目を集めるようになってきました。
Googleを使ったキーワード検索数の推移を確認できる、Googleトレンドによれば、サイロ化というキーワードが注目を集めていることが分かります。
サイロ化とは、組織間での風通しが悪くなった結果、組織の枠を超えた情報共有が滞り、あるいは組織内での最適化だけを考えた行動が発生してしまうことを意味します。
サイロ化が注目を集めるようになった背景には、企業の巨大化や、経済のグローバル化などの要因が指摘されます。
例えば、鉄道貨物で用いられる12フィートコンテナは、日本国内における鉄道事情を考えれば、最適解だったのでしょう。しかし、トラック輸送との親和性や、あるいはISO海上コンテナ規格からすれば最適でないことは明確です。
閉じた世界での部分最適化が、必ずしも全体最適につながらないこと。
このことが、広く知られるようになった結果、サイロ化も注目されるようになったのでしょう。
これまで、企業における物流部門は、営業、製造、あるいは品質管理といった他部門のわがままを受け止める緩衝材のような役目を果たしていました。
ある日用品メーカーに取材をしたとき、このメーカーでは、T11型パレット(縦横1100mmサイズの、先日標準規格として選定されたパレット)に製品がうまく収まらないことに悩みを抱えていました。
「そもそもの話として、なぜT11型パレットに収まらないような製品サイズだったり、荷姿なんですか?」、聞いた筆者に、同メーカーの物流担当者は苦々しげに教えてくれました。
「すべては営業部のわがままですよ」
- もともと、製品サイズは、お中元・お歳暮の際に、持参されることを前提に設計されていた。
- ただ昨今では、お中元・お歳暮を持参するという習慣そのものが減っている。
にも関わらず、営業部は「日用品メーカーとして、古き良き習慣(=お中元・お歳暮を持参して挨拶回りをすること)をないがしろにして良いのか!」と主張し、昭和の頃から続く製品サイズの維持を声高に主張していた。 - 製造部や品質管理部においても、製品サイズの変更は、製造ラインや検査機器の仕様変更を伴うため、認めてこなかった。
- 物流部としては、パレチゼーションの必要性を訴えてはいたものの、営業部、製造部といった社内の花形部門から挙がる声の大きさに負けてしまっていた。
「私も、かつては営業部にいましたので、『営業こそが花形だ!』という意識を抱いていたことがあります。この意識が悪い方向に作用した結果、『他部門の意見は、なんとしても論破すべし』という風潮があったことも事実です」、この物流担当者は、このように語っていました。
自部門のメリットを追求するため、他部門の主張を論破する──これこそ、サイロ化であったり、部分最適化における悪例です。
ではなぜ、このようなことが起こってしまうのでしょうか。
- 全体最適化の視線を持たずに、部門間での議論に参加してしまうこと。
- 他部門の主張の正当性・妥当性を評価するだけの知見を持っていないこと。
- 結果、「自部門の主張が一番正しい」と根拠もなく思い込んでしまうこと。
CLOに限った話ではないのですが、企業等において改善や革新を担うリーダーが目指すべきは、企業全体の利益に貢献できる省人化や生産性向上です。
そのためには、特定の部門に対して利益誘導をすることなく、あるいは必要に応じて一部の部門にはデメリットになることであってもこれを恐れずに、全体最適化を目指す必要があります。
CLOが広く世に知られるようになるにつれ、SNS等ではさまざまな意見が飛び交っています。
よく見受けるのが、「『CLOを専任すべし』なんて言ったって、物流現場を知らない、頭でっかちがCLOになったって、なんの約にも立たないぞ!」というもの。
気持ちは分かります。
「今まで虐げられてきた」と感じてきた一部の物流従事者が、CLOに対して「自分たちの待遇が良くなるんじゃないか!?」という期待を抱いていることの裏返しでもあるのでしょう。
CLOは、企業の物流部門に対し、利益誘導を行う役職ではありません。
企業全体における利益追求の一環として、今まではびこってきた物流業務のムリやムダを排除し、人手不足が深刻化する将来においても、持続可能なサプライチェーンを構築するのが、CLOのミッションです。
もちろん、物流現場に対する知見は必要です。
ただ、物流現場を経験していることは必須ではありません。それよりも、物流現場からきちんとヒアリングを行い、吸い上げた声をきちんと精査する能力が求められます。
もちろん、このヒアリングによる現状把握能力は、物流プロセスにのみ発揮されるわけではありません。営業部、製造部など、他部門に対しても同様に発揮されなければなりません。
CLOは、企業内では役員ですから、企業の全体最適化を目指し、企業全体の利益追求を行うのは当然です。ただし、物流…というかサプライチェーンのプロフェッショナルとして、自社サプライチェーンの最適化に軸足を置いて、社内の各部門(あるいは、各部門における事業活動のプロセス)と調整を行うという点が、これまでになかった概念であり、ミッションであるということだけです。
冒頭に挙げたエピソードでは、情報システム部での勤務を経験する優位性を説明しました。しかし筆者は、CLO傘下の部門での勤務を経験したほうが、情報システム部よりもさらに、より自企業に対する理解や知見を深めることができるようになると考えています。
情報システムよりも、サプライチェーンに関わるほうが、より売上や利益、あるいは競合他社の差別化実現というポイントに近いですからね。
新物効法によって、CLOという役員の選任を義務付けることは、かなり乱暴な政策だとは思います。
CLO選任を義務付けられる特定荷主は、国内3,300社程度が対象となる予定です。
率直に言えば、CLOに適したサプライチェーンのプロフェッショナルが、今の日本に3,000人以上もいるとは思えないですから。
ただ、劣化版CLOではなく、ほんもののCLOを得ることができた企業は強いでしょう。それはCLOというミッションに限らず、企業における改善・革新活動を牽引するリーダーを得たということですから。
CLOについては、今後も、秋元通信では、さまざまな角度から議論していきましょう。