2025年1月16日、日本経済団体連合会(経団連)は、「社会全体における『価格転嫁の商習慣』の定着に向けて ~構造的な賃上げによる成長型経済の実現へ~」という提言を発表しました。
内容をざっとご紹介しましょう。
本提言書では、「コスト転嫁率は約50%」(中小企業庁2024年調査)を紹介し、「価格転嫁は道半ばである」と断言したうえで、サプライチェーンの下流に位置する中小企業にはコスト転嫁の恩恵が十分に届いていないと指摘します。
そのうえで、デフレマインドを払拭し、価格転嫁を社会全体で受け入れる商慣習の確立を官民挙げて推進していくことが急務だと提言し、以下3つのポイントを挙げています。
- 経営者自らが先頭に立った、取引適正化への取組み強化
- 労務費、エネルギーコスト、原材料費の価格転嫁の推進
- 「価格転嫁の商習慣」の定着による社会全体の付加価値の向上
また、発注者、受注者がそれぞれ採るべき行動・求められる行動として以下を挙げています。
- 発注者として採るべき行動・求められる行動
- 本社(経営トップ)の関与
トップが方針を書面等の形に残る方法で社内外に示す - 発注者側からの定期的な協議の実施
発注者から協議の場を設ける。スポット取引も対象 - 説明・資料を求める場合は公表資料とする
最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額や上昇率等 - サプライチェーン全体での適切な価格転嫁を行う
受注者がその先の取引先との取引価格を適正化すべき立場にいることを常に意識 - 要請があれば協議のテーブルにつく
労務費の転嫁を求められたことを理由として、不利益な取扱いをしない - 必要に応じ考え方を提案する
必要に応じ、労務費上昇分の価格転嫁に係る考え方を提案
- 受注者として採るべき行動・求められる行動
- 相談窓口の活用
国・地公体、支援機関(商工会議所・商工会等)の相談窓口を活用し、交渉方法について情報収集し交渉に臨む - 根拠とする資料
最低賃金、春季労使交渉等の公表資料を用いる - 値上げ要請のタイミング
定期的な機会、受注者が申出やすいタイミングを活用 - 公表資料を活用して自ら希望する額を提示
発注者からの提示を待たず、受注者側からも希望価格を提示する。
その際には自社の労務費だけでなく、自社の発注先やその先の取引先の労務費も考慮
加えて、本提言では、価格交渉に用いる資料の雛形も公開しています。
さて、皆さまは、本提言について、どのようにお感じになりますか?
率直に言ってしまえば、「絵に描いた餅だよなぁ」と思う方も少なくないのではないでしょうか?
実は筆者、本提言に関する先行報道をいくつか見たのですが、その多くが「経団連が価格転嫁の必要性を訴えている」という、価格転嫁の部分だけにフォーカスするものでした。
本提言の冒頭に、以下のように書かれていることは、筆者が見た限りの先行報道では、まったく触れられていません。
「地域経済の好循環には、全従業員数の約7割(三大都市圏を除くと約9割)を雇用する中小企業が『自己変革』を通じた生産性向上の果実を賃金に繋げるとともに、適正な価格転嫁を通じて賃上げ原資を安定的に確保できるかが鍵となる」
突然、「地域経済」と条件を限定する意味がちょっと分かりかねるのですが(※気になる人は、本提言の全文をご覧ください)、本提言では「自己変革」の取り組みによる生産性向上と、価格転嫁を並列で表現しています。
この表現を、どのように解釈すべきかですね…
ビジネスの変革や生産性向上を伴わない価格転嫁を否定しているようにも読めなくはないですが、「かと言って、ビジネス変革・生産性向上が価格転嫁の必須条件と思われるのも困る」という、経団連側の懊悩(おうのう)が見えてくるようでもあります。
ちなみに、日本経済団体連合会、日本商工会議所、経済同友会は、連名でパートナーシップ構築宣言を発表しています。
こちらでは、ビジネス変革の必要性が明記されています。
パートナーシップ構築宣言
事業者が、サプライチェーン全体の付加価値向上、大企業と中小企業の共存共栄を目指し、「発注者」側の立場から、「代表権のある者の名前」で宣言するものです。
パートナーシップ構築宣言では、下記の(1)(2)を宣言します。
(1)サプライチェーン全体の共存共栄と新たな連携
・オープンイノベーション
・IT実装
・グリーン化 等
(2)下請企業との望ましい取引慣行(「振興基準」)の遵守
特に、取引適正化の重点5課題について宣言します。
1.価格決定方法
2.型管理などのコスト負担
3.手形などの支払条件
4.知的財産・ノウハウ
5.働き方改革等に伴うしわ寄せ
こちらでは、ビジネスの変革と価格転嫁を含めた適正な取引の実施を並列で宣言しています。
価格転嫁の話は難しいです。
以下は筆者の私見です。
以前は、価格転嫁(値上げ交渉を含む)というと、「お客さまに対し、何かしらのメリットも提示したうえで、価格転嫁を行う」というのが筋であったと、筆者は感じています。
しかし、昨今の原油高、人件費高騰、あるいは物流業界に関して言えば、慣習的に低運賃などが常態化していた事情から、価格転嫁だけが行われるケースが増えてきました。これは否定されるべきではなく、むしろ必要なことなのですが、副作用も生じているのではないでしょうか。
生産性向上も同時に行っていかないと、いずれビジネスや経営が破綻することは目に見えています。なにしろ、少子高齢化が進む日本では、人手不足は、加速しても解消することはありえないですから。
経団連のような、日本経済に大きな影響を与えうる存在だからこそ、価格転嫁の部分だけがフォーカスされてしまうような提言ではなく、ビジネス変革や生産性向上とともに、価格転嫁も行わなければならない(「行わざるを得ない」というべきでしょうか)という、より視野の広い提言を行うべきではないでしょうか。
本提言に関しては、正直、少し踏み込みが足りないモヤッとした印象を感じてしまいます。