厚生労働省が2024年1月に発表した「労働時間制度等に関するアンケート調査結果について(速報値)」では、興味深い結果が得られています。
「残業時間が多いと感じるか?」という設問には、以下のように回答が得られています。
- 「多い」(6.7%)
- 「やや多い」(14.4%)
- 「ちょうどよい」(48.5%)
- 「やや少ない」(7.6%)
- 「少ない」(22.8%)
「やや少ない」と「少ない」の合計が30.4%ですから、残業が多いと感じている人のほうが少ないことになります。
また、「残業時間を減らしたいか?」という設問には、以下のように回答が得られています。
- 「減らしたい」(13.6%)
- 「やや減らしたい」(12.4%)
- 「このままでよい」(63.1%)
- 「やや増やしたい」(6.1%)
- 「増やしたい」(4.8%)
このふたつの設問からは、客観的に診ると約半数の人が「自分は残業時間が『多い』」あるいは『少ない』と考えているものの、6割の人が、今の残業時間を妥当だと考えていること。
そして、自身の残業時間が多いと感じている人が19.1%(※「残業時間が多い」+「残業時間がやや多い」の合計)にもかかわらず、残業時間をさらに減らしたいと考えている人が26.0%(※「残業時間を減らしたい」+「残業時間をやや減らしたい」の合計)であることから、自身の残業時間が「少ない」「やや少ない」と考えている人の中にも、「もっと残業時間を減らしたい」と考えている人がいることを示唆しています。
一方で残業時間を「増やしたい」「やや増やしたい」と考えている計10.9%の人たちは、なぜ残業時間を増やしたいのでしょうか?
- 「残業代を増やしたいから」(67.5%)
- 「自分のペースで仕事をしたいから」(21.2%)
- 「業務を通じて知識や経験・スキルを高めたいから」(13.8%)※1
- 「仕事の完成度や業績をより高めたいから」(13.2%)※2
- 「その他」(0.3%)
この設問の中で、自身のスキルアップや業績アップのために残業時間を増やしたいと考えている人は、※1、※2が該当します。
となると、「残業時間を増やしたい」という人が10.9%。
その中で、自身のスキルアップや業績アップのために残業を増やしたいと考えている人が27.0%ですから、このふたつを勘案すると以下の結果が得られます。
- 「残業時間を増やしたくて、かつ自分自身のスキルアップや業績アップを目指したい人」の割合は、3.9%
→「残業時間を増やしたい」(10.9%)×(「業務を通じて知識や経験・スキルを高めたいから」(13.8%)+「仕事の完成度や業績をより高めたいから」(13.2%))
一方で、「残業時間を増やしたい」と考え、かつその理由が「残業代を増やしたい」と考えている人の割合は、同様に計算すると以下のようになります。
- 「残業時間を増やしたくて、かつ残業代を増やしたい人」の割合は、7.3%
→「残業時間を増やしたい」(10.9%)×「残業代を増やしたいから」(67.5%)
これらのアンケート結果を総合的に考察すると、以下の考察が得られます。
- そもそも、「もっと残業をしたい」と希望する人が1割程度で少数派である
- 「もっと残業をしたい」と希望する人も、その7割は「残業代を増やしたいだけ」であって、これは残業を増やすことではなく、給与水準をアップすることで代替・解消できる
- 企業側(雇用側)が期待するような、自身のスキルアップや業績アップのために残業を増やしたいと考えている人は、全体の約4%しかおらず、ごく少数派である
「もっと働く権利」を重要だと考える企業、もっと言えば経営者からすれば、この考察結果は解釈が分かれることでしょう。
「そうか、残業代さえ払えば、もっと働いてくれる人たちが約7%もいるのか」
「やる気に満ちて、『もっと働く権利』を主張する人は、約4%しかいないのか…」
「いや、4%もやる気に満ちている人がいるのであれば、その人たちを支援する方法は考えるべき」
前回の秋元通信では、このように申し上げました。
「もっと働きたいと考えている従業員に対し、強制的に残業を行わせないというのは課題ではないか?」と指摘する人もいます。
これは、残業をしない権利と同様に、残業をする権利(=「もっと働く権利」)についても尊重すべきではないかという意見です。
「もっと働く権利」を主張する経営者は、「もっと働きたい」と考えている人を過大に考えている可能性があります。
先の調査結果を踏まえると、(繰り返しますが)「もっと働きたい」と考えている人は、11.2%。ただし、その中の7.3%の人は「残業代が欲しい」と考えているだけですから、経営者が「もっと働く権利」を主張すれば、以下のような反感を生む可能性があります。
- この人たちは、収入アップが目的であって、残業はその手段でしかない。
- したがって、「もっと働く権利」を経営者が主張すると、「いやいや、その前に給料をアップしてよ」と思う可能性がある。
- そのうえで、「ウチの社長は、安月給でさらに私たちを働かせたいのか…」と、経営者に対して反感を感じかねない。
一方で、経営者の立場で言うと、「残業時間を増やしたくて、かつ自分自身のスキルアップや業績アップを目指したい人」(3.9%)も微妙な課題があります。
というのも、残業時間を増やしたとしても、この人たちが本当にスキルアップできるかは確証がないからです。あるいは、例えば資格取得などのスキルアップを果たしたとしても、その時点で転職してしまうリスクもあります。
そもそも、「もっと働く権利」を主張する従業員が1割程度しかいないこと。
「もっと働く権利」を認めたとしても、それが経営者の意図するとおり、会社の業績アップや、従業員のモチベーションアップにつながるとはかぎらず、かえって会社にとってはマイナスに働く可能性すらあること。
このように考えると、「もっと働く権利」というのは、経営者にとって諸刃の剣(もろはのつるぎ)となる可能性が否定できません。
一方で、働き方改革では、「もっと働きたい」という人に対しては副業を推奨しています。副業の推奨を、先の調査結果を考慮して考察しましょう。
まず「残業時間を増やしたくて、かつ残業代を増やしたい人」(7.3%)は、お金を稼ぐのが目的ですから、別に本業でなくとも良いと考えられます。
つまり副業の推奨は、この人たちのニーズや希望を満たすはずです。
次に「残業時間を増やしたくて、かつ自分自身のスキルアップや業績アップを目指したい人」(3.9%)に対しては、むしろ本業で残業をするよりも、本業以外の、つまり普段とは違う環境・内容で副業をしたほうが自身のスキルアップにつながる可能性も否定できません。
ただし、副業は以下のようなリスクもあります。
- 副業を探すことが、そもそも手間である。
さらに言えば、「スキルアップを果たしたい」という希望にマッチする副業が見つかるとは限らない。 - 副業を行うと、その副業を行う場所への移動時間等も考慮しなければならない。つまり例えば「17時から21時まで副業をしたい」と考える人がいたとしても、移動時間等を考慮すると、実質2時間程度しか働くことができないこともありえる。
- 副業で疲れてしまったり、あるいは新たなストレスを抱えてしまった場合、本業に影響が生じ、業績などに悪影響を与える可能性がある。
以下、筆者自身の経験と私見です。
筆者は以前、ある自転車団体の理事を務めていました。
この団体の理事には、筆者が普段接することがないような大企業の従業員が名を連ねており、こういった方々とあれやこれやとディスカッションを行うことは、筆者の刺激にもなり、知見も広がったと感じています。
筆者の知人では、他にもサイクリングイベントやマラソンイベント等の実行委員会に参画し、知見を広めている人もいました。
こういう活動は、お金にはなりません。しかし自身の知見と人脈を広げ、また精神衛生状態を向上させる効果(もう少し、わかりやすく言うと「人生を豊かにする効果」)はあると、筆者は考えています。
一方で、副業で考えやすいのは、いわゆるアルバイト(例えばコンビニや工場、倉庫での勤務など)でしょう。
副業マッチングサイトでは、コンサルテーション案件や、デザイン案件なども見つけられますが、この手の案件は、相応の素養がないと受託することができませんし、また負荷がかかりすぎる(手間と時間がかかりすぎて、睡眠時間が削られるなど、本業への悪影響がある)といった課題も聞こえてきます。
「もっと働く権利」を主張したところで、働き方改革関連法という法律がある以上、年間720時間以上(※一般職の場合)の残業はさせられません。この点で、企業経営者側ができることは限られます。従業員の立場でも、副業に「もっと働く権利」を求めたところで、現実的にはさまざまな制約や課題があるのも事実です。
なお一部の国会議員からは、「『もっと働く権利』を実現するための法改正が必要ではないか?」との意見が挙がっていることは付記しておきます。
働き方改革は、昭和の時代(もっと言えば、高度経済成長期)から横行していた過重労働や労働モデルに対するアンチテーゼでもあります。しかしその反動からか、別の観点での歪みを生じさせているのも事実でしょう。
「もっと働く権利」を考える上で正解はありません。だからこそ、本テーマはさまざま視点から考える必要があります。
メルマガ「秋元通信」では、不定期連載「『もっと働く権利』について考える」において、今後も考え続けていきます。