兵庫県の斎藤知事における内部告発文書問題について、調査を行った第三者委員会の報告書において、興味深いキーワードが登場しています。
「(第三者委員会の)藤本委員長は『問題なのはコミュニケーションのギャップや不足だ。知事と組織の中心メンバーとのコミュニケーションが密で同質性が醸成される一方で、そのほかの職員とは十分にコミュニケーションがとれていなかった。職員は話を聞いてもらえないことで不満が蓄積され、知事の側も報告を受けていないことでいらだちが生じた。それがパワハラの原因につながった可能性がある』と指摘しました」
(出典:「第三者委 県の公益通報者保護法違反と斎藤知事のパワハラ認定」(NHK))
今回は、ここで登場した「コミュニケーションの同質性」というキーワードについて、考えてみましょう。
「コミュニケーションの同質性」とは、組織内で働く人々が、共通の背景、価値観、経験などに基づいて、類似した方法でコミュニケーションを行う傾向を指します。
これ、なんとなく想像がつきませんか?
例えば、家族や恋人同士であれば、自ずと行動や感性が似てくることがあります。
ドラマなどでも、長年寄り添った夫婦が、「あれ、それ、これ」といった代名詞だけで、意思疎通を図るシーンが登場することがあります。
これは同じ時間と空間を、長い時間共有することによって、自ずと生じる現象です。加えて、恋人・夫婦であれば、もともと趣味が同じだったり、行動パターンが似ているといった近しい感性を備えた人同士がカップリングされることによって、より強固な「コミュニケーションの同質性」が生じる可能性があります。
企業などの組織でも同様です。
小難しい言い方をすれば、組織における「コミュニケーションの同質性」とは、組織の構成員が、共有された背景や経験によって育まれた類似したコミュニケーション様式や解釈を持つ状態を指します。
「コミュニケーションの同質性」がもたらすメリットを挙げましょう。
- 快適なコミュニケーション
類似した背景を持つ人々は、お互いに打ち解けやすく、誤解が生じにくい。 - 効率的なコミュニケーション
考え方や物事に対する解釈のギャップを埋めるコミュニケーションに時間を費やす必要がなく、迅速かつ大量の情報伝達が可能になる。 - 誤解の減少
共通の理解があるため、コミュニケーションにおける誤解が少なくなる。 - 意思疎通の円滑化
共通の認識を持つことで、会話がスムーズに進む。 - 迅速な業務遂行
相互理解があるため、業務の遂行が早い。 - 協力の促進
共通の基盤があることで、協力体制が築きやすくなる。 - 一貫した企業文化
類似した価値観や信念を共有することで、企業文化が浸透しやすい。
これらのメリットは、「なぜ『コミュニケーションの同質性』が発生するのか?」、そのメカニズムを考えるとさらに理解が深まります。
兵庫県の斎藤知事のように、排他的で強いリーダーシップ発揮を好むリーダーがいる組織では、「コミュニケーションの同質性」が強く発現する可能性が高いです。
というのも、異論を挟むことを許さないリーダーの周りには、リーダーの意向を忖度するような人ばかりが集まりますから。自ずと組織全体のコミュニケーションが画一化する「コミュニケーションの同質性」が発生しがちです。
他にも、「コミュニケーションの同質性」が発生するメカニズムを紹介しましょう。
- 魅力-選択-離職(ASA)フレームワーク
ASAとは、それぞれ「魅力」(Attraction)、「選択」(Selection)、「離職」(Attrition)の頭文字です。
このフレームワークは、組織内の同質性が偶然ではなく、継続的な動的なプロセスの結果であることを示唆しています。
まず、個人は、価値観、性格、そして暗黙のうちにコミュニケーションの好みなど、自分と類似したメンバーがいる組織に惹かれる傾向があります(魅力)。
次に、組織は、既存の文化に「適合する」と認識した個人を採用する傾向があり、これには、特にリーダーシップのポジションにおいて、現在の従業員と類似したコミュニケーションスタイルを示す候補者が好まれるという要素が含まれます(選択)。
最後に、組織文化、特にそのコミュニケーション規範に適合しない従業員は、不満を感じやすく、最終的には組織を離れる可能性が高くなります(離職)。
このサイクルが繰り返されることで、組織の労働力とそのコミュニケーションスタイルは、時間とともにますます同質化していくというわけです。 - 対人魅力と社会的比較
一般論ではありますが、人はコミュニケーションスタイルを含め、自分と類似していると認識する相手と交流する方が快適に感じます(俗に言う「気が合う相手」)。
社会的比較理論は、個人が自分の意見や能力を、他人と比較することによって評価すると示唆しており、その結果、自分の視点やコミュニケーションアプローチを検証してくれるような類似した個人と結びつくことを好むようになります。
この快適さと類似性による検証への生来の欲求は、チームや組織内で同質なコミュニケーションパターンが形成される大きな要因となります。 - 「気の合う人と働きたい」を実現するチーム編成
思考、行動、コミュニケーションの様式が類似した人々との協働は、容易で効率的であり、潜在的な対立のリスクが低いと認識されがちです。
この考え方は、組織内におけるチームの編成、プロジェクトの割り当て、さらには職場内の非公式な交流にも影響を与えがちです。
この考え方は、正しい面も、正しくない面もあります。
短期的な相互作用の円滑さをもたらす一方で、こういった「仲良し集団」のチーム編成は、多様な視点の検討を妨げ、「コミュニケーションの同質性」を引き起こし、最終的にはイノベーションや問題解決を阻害する可能性があります。 - 確立された組織文化と支配的なリーダーシップスタイル
強固で単一的な組織文化は、暗黙のうちに理解され、強化されるコミュニケーション規範を持つことが多く、これらの規範から逸脱する個人は、順応するように微妙な、あるいは明白な圧力を受ける可能性があります。
また、リーダー、特に上級管理職は、自身のスタイルや好みを反映して、組織内のコミュニケーションのトーンを設定します。リーダーが特定のコミュニケーションスタイル(例えば、直接的、形式的、トップダウン)を一貫して好み、これらのスタイルを反映する人々と主に交流する場合、他のスタイルは価値が低い、あるいは実践されない環境が生まれる可能性があります。
このように「コミュニケーションの同質性」が生じるメカニズムを俯瞰すると、「コミュニケーションの同質性」は組織内での円滑なコミュニケーションを生む一方で、排他的で新たなアイデアを生み出しにくいようなデメリットも生じさせます。
最初に考えられる「コミュニケーションの同質性」がもたらすデメリットは、集団思考の増長です。
集団思考とは、グループで意思決定を行う際に、異なる意見や批判的な検討よりも、グループ内での合意や調和を優先する心理状態のことです。
もうちょっと、わかりやすく言うと、みんなで仲良く、同じ意見でまとまろうとするあまり、本当は「それは違うんじゃないか?」と思っていても、言い出しにくくなったり、少数意見が無視されたりする状態です。
集団思考に陥ると、以下のような問題が起こりやすくなります。
- 質の低い意思決定
批判的な検討がされないため、欠陥のある判断をしてしまう。 - 創造性の低下
新しいアイデアや多様な視点が生まれにくい。 - 問題解決能力の低下
異なる角度から問題を分析できず、解決策を見落としてしまう。 - リスクの過小評価
グループの能力を過信し、危険な状況を見過ごしてしまう。
次に挙げられるのが、「エコーチェンバー」の形成です。
エコーチェンバーについては、以前秋元通信でも取り上げたことがあります。
エコーチェンバーとは、自分の意見や信じていることと同じような情報ばかりに囲まれ、まるで反響室(エコーチェンバー)のように、自分の考えが繰り返し増幅されていく状態のことです。
自分が「正しい」と思っていることばかりが耳に入ってくるため、反対の意見や新しい情報に触れる機会が減ってしまいます。
周りの人も同じような考えを持っているため、自分の意見が常に肯定され、間違いに気づきにくくなります。まるで、自分の声が壁に反響して何度も聞こえてくるように、偏った考えが強化されてしまうのです。
エコーチェンバーに陥ると、視野が狭くなり、客観的に物事を判断することが難しくなる可能性があります。また、異なる意見を持つ人を理解できなくなったり、対立を生み出したりする原因にもなりかねません。
また、エコーチェンバーは対人だけではなく、別の組織、あるいは社会に対しても発動することがあります。
例えば、反社会的勢力的な要素を持つ過激派集団や宗教組織などでは、「自分たちは正しく認められないのは、社会が歪んでいるからだ」という思想を持ち、過激な行動につながることが知られています。
同じようなことは、スタートアップ企業でもあるんですよね…
強烈なリーダーシップを発揮する創業者のカリスマに引っ張られて、自分たちのサービスや製品に対するネガティブな意見に耳を傾けることができず、結果として自滅してしまうケースを、筆者自身見たことがあります。
残念なんですけどね…
「なぜもっと周囲の意見を聞かないかな…」と思うのですが、ある意味、自分たちに酔ってしまっているのでしょう。
- いろんな人と交流できる機会を増やす
いつも同じメンバーで仕事をするのではなく、違う部署の人や、いろんなバックグラウンドを持つ人が一緒に仕事をする機会を設けることも効果的です。
部署を超えた交流ができるような「社内イベントを企画する」──例えば、ランチ会や懇親会、趣味のサークル活動など──を会社が支援するのもよいでしょう。
メンター制度を設けている会社もあります。
新しい社員や、違う部署にいる社員が、普段交流のない先輩社員からアドバイスをもらえるようなメンター制度によって「コミュニケーションの同質性」を防ぐ方法です。 - 誰でも意見を言いやすい雰囲気を作る
意見を言っても批判されたり、仲間外れにされたりしない安心できる雰囲気づくり、つまり心理的安全性を高めることが大切です。
そのためには、上司は部下の意見を頭ごなしに否定せず、まずは受け止める姿勢を示さなければなりません。
会議では、一部の人だけが話すのではなく、全員が意見を言えるような「発言しやすい会議の工夫」を施すことも効果的です。
順番に発言する時間を作ったり、匿名で意見を出せるツールを使ったりするのも、「コミュニケーションの同質性」を防ぐ効果が期待できます。
いちばん大切なのは、「反対意見を歓迎する」姿勢であり、風土を醸成することでしょう。
みんなが同じ意見の時こそ、「本当にそれで良いのか?」「他に違う考えはないか?」と問いかけ、あえて反対意見を言う人を評価する文化を作ることです。 - 「意見を言う」だけではなく、「意見を聞く」ことの大切さを文化とする
まずは、リーダー自身が、自分の意見だけでなく、部下や他の社員の意見にも耳を傾ける姿勢を示すこと。
そのうえで、部下に「どう思いますか?」「他にアイデアはありますか?」と積極的に質問し、意見を引き出すように心がけ、質問力を高めること。
さらに、部下からのフィードバックを真摯に受け止め、改善に繋げる姿勢を見せることが、オープンなコミュニケーションを促します。
一昔前までは、「コミュニケーションの同質性」が強い企業は、称賛されることもありました。従業員全員が「会社の方針」「経営者の考え方」をしっかりと理解していると見なされたわけです。
ただし、現在は違います。
優れたリーダーシップとは、トップの考え方を押し付け、強制(あるいは洗脳)するものであってはならないのです…、というように、認識を現代流にアップデートできていないリーダーも、実際のところ、まだまだたくさんいらっしゃいます。
残念ながら、兵庫県の斎藤知事も、このような古い考え方の持ち主なんでしょうね、きっと…