7月にお届けしたメルマガ「秋元通信」では、コーヒーに含まれるカフェインと遺伝子の関係を解説しました。
実は、遺伝子が食べ物の嗜好に影響を与えるのはコーヒーだけではありません。
今回は、科学が解き明かしした「遺伝子と食の好み」の驚くべき関係を、身近な食べ物を例にご紹介しましょう。
朝の目覚めや仕事の合間に、ブラックコーヒーを好んで飲む人がいます。
あの苦味のどこがおいしいのか不思議に思う人もいるでしょう。
実は、ブラックコーヒーを好む傾向は、カフェインの分解スピードに関わる遺伝子と関係がある可能性が指摘されています。
私たちの体には、カフェインを分解する酵素の設計図となる遺伝子があります。この遺伝子のタイプによって、カフェインを素早く分解できる「速代謝型」の人と、ゆっくり分解する「遅代謝型」の人がいるのです。
研究によると、カフェインの分解が速い「速代謝型」の人ほど、ブラックコーヒーを好む傾向が強いことが示されました。これは、彼らが苦味を特別愛しているから、というわけではありません。
速代謝型の人はカフェインの効果がすぐに切れてしまうため、より効率的にカフェインを摂取しようとします。その結果、脳は「苦い味=素早く効くカフェインの報酬」と無意識に学習します。つまり、苦味が覚醒作用を予期させる「合図」となり、知らず知らずのうちに苦いブラックコーヒーを求めるようになるのです。
皆さんはパクチー、好きですか?
筆者は嫌いです…。
好き嫌いが、これほど真っ二つに分かれる食べ物も珍しいでしょう。
苦手な人がその味を「石鹸のよう」「カメムシみたい」と表現することがありますが、これは決して大げさな表現ではありません。
私たちの鼻には、匂いの分子をキャッチする「嗅覚受容体」というセンサーがあり、その設計図は遺伝子によって決まっています。パクチーの香り成分(アルデヒド類)は、実は石鹸の香料やカメムシの匂い成分にも含まれているのです。
そして、OR6A2という特定の嗅覚受容体遺伝子を持つ人は、このアルデヒド類に特に強く反応します。そのため、パクチーを食べると、脳に「石鹸だ!」という強烈な信号が送られてしまい、嫌悪感につながるのです。
ある調査では、日本人の半数以上が、パクチーを石鹸のように感じてしまう遺伝的素因を持つ可能性があると報告されています。好き嫌いがはっきり分かれるのには、生物学的な理由があったのです。
「野菜もちゃんと食べなさい!」と言われても、ブロッコリーや芽キャベツ、カブなどの野菜がどうしても苦手だった、という経験はありませんか?
これも、遺伝子が関係している可能性が指摘されています。
これらのアブラナ科の野菜には、特有の苦味成分が含まれています。そして、この苦味を感じる能力には、TAS2R38という苦味受容体遺伝子によって、生まれつき大きな個人差があるのです。
この遺伝子のタイプによっては、他の人には感じられないほどの強い苦味を敏感に感じ取ってしまう人がいます。彼らは「スーパーテイスター」とも呼ばれ、遺伝的に苦味への感度が高いため、野菜を避ける傾向があります。大阪大学の研究では、感度が高い人と低い人では、苦味の感じ方に何十倍もの差が出ることが分かっています。
子どもが野菜を残したとき、それは単なる「わがまま」ではなく、私たちには想像もできないほどの苦味と戦っている結果なのかもしれません。
お酒を飲むとすぐに顔が赤くなる人、いくら飲んでも顔色が変わらない人。この違いは、アルコールを分解する2つの酵素の遺伝子(ADH1BとALDH2)によって、ほぼ決まっています。
アルコールは、まずADH1B酵素によって、二日酔いの原因となる有害物質「アセトアルデヒド」に分解されます。
次に、そのアセトアルデヒドが、ALDH2酵素によって無害な酢酸に分解されます。
特に東アジア人には、この2番目のALDH2酵素の働きが弱い、あるいは全く働かない遺伝子タイプを持つ人が多く、日本人の約45%が該当すると言われています。
このタイプの人々は、体内にアセトアルデヒドがたまりやすいため、顔が赤くなる「アジアンフラッシュ」や吐き気といった不快な反応が起こるのです。
これは、体が「これ以上飲ないで!」と発している危険信号。アセトアルデヒドは発がん性物質でもあり、このタイプの人が無理に飲酒を続けると、食道がんなどのリスクが大幅に高まることが知られています。
実はお酒に弱い原因となるALDH2遺伝子が、「甘いものの好み」とも関連していることが東京大学などによる研究によって発見されました。
約12,000人の日本人を対象とした調査によると、お酒に弱い遺伝子タイプを持つ人ほど、甘いものを好む傾向が強いことが分かったのです。これは、飲酒という楽しみが少ない分、他の報酬として甘いものを求めるようになるのではないか、と考えられています。あなたの周りのお酒が飲めない甘党の人は、遺伝子がそうさせているのかもしれません。
フライドポテトやラーメンなど、脂肪分の多い「こってりした味」が無性に食べたくなることはありませんか?
この脂肪への欲求にも、遺伝子が関わっています。
私たちが舌で感じる基本的な味は、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の5つだとされています。
しかし最近の研究で、これらに続く第6の味覚として「脂肪の味」が存在する可能性が指摘されているのです。
そのセンサーの役割を担っているのが、CD36という遺伝子です。
このCD36遺伝子のタイプによって、脂肪を感じる感度に個人差があります。そして皮肉なことに、このセンサーの感度が「鈍い」人ほど、満足感を得るためにより多くの脂肪を摂取する傾向があり、結果として高脂肪の食品を好みやすくなるのです。
最後に、少し変わった遺伝子の影響をご紹介しましょう。アスパラガスを食べた後、トイレで尿から特有のツンとした匂いがすることに気づいたことはありますか?
実はこの現象、「匂いに気づく人」と「全く気づかない人」がいます。
かつては、匂いの原因物質を体内で「作り出す人」と「作らない人」がいると考えられていました。しかし近年の研究で、ほとんどの人は匂い物質を作り出しており、違いはそれを「嗅ぎ分ける能力」にあることが分かってきたのです。
この能力の有無は、OR2M7という特定の嗅覚受容体遺伝子によって決まっています。現在のところ、この遺伝子の主な影響として科学的に広く知られているのは、このアスパラガスの匂いを嗅ぎ分ける能力についてだけです。この遺伝子のタイプによっては、アスパラガス由来の匂い成分を全く感知できないのです。これは「アスパラガス性無嗅覚症」と呼ばれ、匂いを嗅ぎ分けられる人の方がむしろ珍しい、という報告もあります。
このように私たちの食の好みは、遺伝子という名の設計図に大きく影響されています。
もちろん、遺伝子がすべてを決めるわけではありません。食の経験や文化、その日の気分も、私たちが「おいしい」と感じる上で大切な要素です。
しかし、自分の「好き嫌い」の裏に科学的な理由があることを知ると、少し見方が変わりませんか?
あなたが子どもの頃に苦手だった食べ物も、実は自分のせいではなかったのかもしれません。
自分の遺伝的な体質を知ることは、無理なく健康的な食生活を送るためのヒントになります。好き嫌いは、あなたという人間を形作る、かけがえのない個性の一部なのです。






