「正直であること」って大切です。
ある荷主企業(A社とします)における物流システムの選定コンペティション支援を行ったときのことです。
「B社なんだけど…、なんかすごく期待外れだったよね」──コンペに応札してくれた、あるソリューションベンダー(B社とします)に対し、A社の担当者がこのように言い始めたのです。実はこの担当者、コンペティションへの参加打診を行う際にも、B社にはとても期待をしていました。
それだけに感じるところがあったようです。
筆者もすべてのプレゼンテーションに同席しており、もちろんB社のプレゼンテーションも聞いていたのですが、同じ印象を持ちました。
- 自社の弱さを正直に言わないこと
- 自社ソリューションに欠けている機能やスペックを指摘されると、ごまかそうとしたり、あるいは「その機能は必要ない」と逆にA社の要求仕様を否定したりすること
もちろん、プレゼンテーションの場で自社の弱点を大っぴらに話したくない気持ちは痛いほど分かります。しかし、その態度は、システム選定側のA社担当者たちに、製品評価以前の不信感を植え付けてしまったようでした。
「正直者が馬鹿を見る」なんて言葉もありますが、ことビジネスにおいては、「正直でないこと」はデメリットのほうが大きいのではないでしょうか。
今回は、そんな「正直さ」をめぐる人間の心理について深掘りしましょう。
そもそも、なぜB社の営業マンは弱みを正直に言えなかったのでしょうか。
その答えのヒントは、2002年にノーベル経済学賞を受賞した心理学者、ダニエル・カーネマンが提唱した「プロスペクト理論」に隠されています。
プロスペクト理論は、1979年にカーネマンとエイモス・トベルスキーによって発表された、行動経済学の基礎となる考え方です。
行動経済学については、これまで「秋元通信」では何度か取り上げています。
詳しくは以下記事をご参照ください。
カーネマンとトベルスキーは、従来の経済学が「人間は常に合理的に判断する」と仮定していたことに疑問を持ちました。そして数々の実験の末、「人間が『利益を得る喜び』よりも『損失を被る痛み』の方を2倍以上も強く感じる」という心理的傾向を見出しました。
一例を挙げましょう。
- A: 何もしなくても1万円もらえる
- B: コインを投げて、表なら2万円もらえるが、裏なら何ももらえない
この場合、多くの人が確実な「A」を選びます。
では、これはどうでしょう。
- C: 何もしなくても1万円失う
- D: コインを投げて、表なら何も失わないが、裏なら2万円失う
この場合、多くの人が「もしかしたら損失をゼロにできるかも」と、ギャンブルである「D」を選ぶそうです。
この理論を先ほどのB社の営業マンに当てはめてみましょう。
営業マンの頭の中では、以下のふたつが天秤にかけられます。
- 弱みを正直に話す
→「このコンペで負ける」という「短期的な損失の痛み」 - 弱みを隠して契約獲得する
→「弱みがお客様であるA社に後々バレて信頼を失うかも」という「長期的な利益(信頼)を逃す可能性」
プロスペクト理論によれば、彼は目先の「損失の痛み」(=A)を避けることを無意識に最優先してしまいます。たとえ、長期的に見れば正直に話す方が大きな信頼という利益に繋がるとしても、です。
「ここで弱みを話したら、全てがパーになる…!」という恐怖を感じて、彼は口を濁らせてしまったのかもしれません。
一方で、彼の「正直でない態度」は、聞いている側(A社)にどのような心理的影響を与えたのでしょうか。
これもまた、とても興味深い研究があります。
ハーバード大学の研究者たちが行った信頼関係に関する様々な研究によると、人はネガティブな出来事に直面した際、その原因によって怒りの度合いが全く異なることが分かっています。
重要なのは、「意図的かどうか」です。
- パターン1(能力不足・ミス)
「申し訳ありません。弊社の調査不足で、その機能は実現不可能でした」 - パターン2(意図的な裏切り)
「できます!」と言っていたのに、後から「やはりできませんでした」と判明する。
どちらも「機能がない」という結果は同じです。
しかし、聞いている側が強烈な怒りや嫌悪感を抱くのは、圧倒的にパターン2です。
これは、パターン2が単なる「失望」ではなく、「騙された」「自分たちの利益のために意図的に嘘をつかれた」という裏切り行為だと認識されるからです。脳科学の研究では、裏切りを感知すると、脳の「扁桃体」という情動を司る部分が激しく活動し、相手を「敵」だと認識するそうです。
一度「敵」だと認識されてしまえば、もう何を提案しても「この提案にも何か裏があるんじゃないか?」と色眼鏡で見られてしまう可能性があります。
つまり、コンペティションを実施した側(A社)の心理状況を考えると、やはり「できないことはできない」と正直に説明するほうが適切だと言えます。
ある物流スタートアップの営業支援を行ったことがありました。
筆者は商談にも同行し、営業マンらの営業手法を観察したのですが。
「あなたがたのソリューションは素晴らしいけど…。ただ、社長も含めて皆さん若いし、物流の実業を経験したことはありませんよね。貴社は、本当に物流の現場のことを分かっていらっしゃるのかな?」
このように売り込み先の運送会社役員から聞かれた営業担当者は、以下のように答えていました。
「大丈夫です。これまでもたくさんの運送会社に弊社ソリューションは利用していただいていますので、いろいろな現場を見てきましたから」
この言葉にはふたつの嘘がありました。
ひとつ目の嘘は、筆者の目から見ても、物流現場の事情については、この営業担当もこの会社も理解が足りないこと。
ふたつ目の嘘は、当時の同社ソリューションはまだ片手で数えられるほどしか契約者がおらず、「たくさん利用してもらっている」というのが誇大表現であったことです。
そこで筆者は同様の質問を受けた場合、以下のように答えるようにアドバイスしました。
「『分かっているか、それともいないか』ということで言えば、分かっていないというべきかもしれません。なので、あなたの会社へのソリューション導入経験を通じて、ぜひ物流現場のことを学ばせてください」
この物流スタートアップは、社長もまだ30代であり、社員も皆若いです。そこで、若さゆえに許される「学ばせてください」という謙虚な姿勢を示すようにアドバイスしたのです。
また、売り込み先となる運送会社の担当者は、だいたい50代から60代ですから、20代30代の若手に「私たちは物流現場のことを分かっています」と答えたら反感を買うであろうという計算もありました。
アドバイスをしたのはこれだけではないのですが、結果この物流スタートアップ社は、この後の1年間で契約者数を10倍以上に伸ばすことができました。
正直であるというのは、ときとして怖さを伴います。
プロスペクト理論が示すように、正直であることは、何かしらの損失を伴うこともあり得るからです。
ただし、相手から見透かされてしまうような嘘を重ねれば、虚勢を張っていることを見破られて結局信頼を失ってしまいますよ…
やはり、嘘はダメ。
正直が一番です。






