秋元通信

「もっと働く権利」と「情熱という名の洗脳」

  • 2025.12.9

「T&D保険グループ 新語・流行語大賞」が発表され、年間大賞には「働いて働いて働いて働いて働いてまいります/女性首相」が選出されました。
 
言わずもがな、これは高市早苗氏の総理大臣就任時の挨拶にあった言葉です。
高市首相は、この発言を行うことで自身が総理大臣という職に滅私奉公することを宣言しました。同時に、高市首相は今まで時短だけが検討されてきた働き方改革において、労働規制の緩和や、労働者自身の自主性を尊重する「もっと働く権利」を検討課題に加えることを表明しています。
 
今回は、「もっと働く権利」について考えましょう。
 
 

「もっと働く権利」に関する世の中の反応は?

 
高市首相が議論に火を付ける形となった「もっと働く権利」について、肯定派、否定派それぞれの主張をピックアップしてみましょう。
 
◯ 「もっと働く権利」を支持する声(肯定派)
「働きたい人が働けないのはおかしい」という肯定派からは、好意的な反応が見られます。
 

  • 若手・成長意欲層からの支持
    • 「若いうちにもっと経験を積んで早く成長したいのに、残業規制で強制的に帰らされるのは不満」
    • 「同世代や世界と差をつけるために、圧倒的な量をこなす時期があってもいいはず」

     
    労働時間規制が成長の機会損失になっていると感じる肯定派にとって、首相の発言は「努力することを認めてくれている」と響いているようです。

 

  • 収入アップを求める人たち
    物価高が続く中、「残業代で稼ぎたいのに稼げない」という現実的な不満を持つ層からも、規制緩和(もっと働く権利)を求める声があります。

 

  • 経営者・経済界からの再評価
    「失われた30年を取り戻すには、それくらいの気概が必要」といった、働き方改革で行き過ぎた「働かない改革」への揺り戻しとして、競争力を高めるための姿勢として歓迎されています。

 
◯ 「もっと働く権利」を懸念・批判する声(否定派)
一方で、権利という名の下に、労働時間規制が緩和(あるいは「否定」)されることを危惧する強い反発もあります。
 

  • 「過労死社会」への逆戻り懸念
    • 「『働く権利』は容易に『働かせる権利(企業の論理)』にすり替わる」
    • 「上司や首相が『働いて働いて』と言えば、現場は『休みます』と言えなくなる同調圧力が生まれる」

     
    このように、かつての昭和的な長時間労働体質への回帰を強く警戒する声です。

 

  • 子育てや介護などによって、物理的に長時間労働ができない人たちの懸念
    こういった人たちは、まず時短勤務制度やテレワーク勤務が行いづらくなることを懸念しています。
    そのうえで「長時間働くことが『偉い・評価される』社会に戻れば、物理的に働けない育児・介護中の人が正当に評価されなくなる」と懸念を示す人もいます。
    ワークライフバランスを尊重する風潮の下、ようやく整いつつあった時間あたりの生産性への評価軸が崩れることへの懸念です。

 

  • 「長時間労働と本質的な生産性は違う」と考える人たちの懸念
    • 「時間をかければいいという精神論では、国際競争力は上がらない」
    • 「量より質(イノベーション)を重視すべきなのに、時代錯誤だ」

 
 

「もっと働く権利」は、「選択の自由」を守ることができるのか?

 
「もっと働く権利」の実現(働き方改革政策の転換や法令化)を考えるとき、不可欠な議論があります。それは、「選択の自由を間違いなく担保できるかどうか?」です。
 
「もっと働く権利」を実現するのであれば、同時に「もっと働かない権利」も認める必要があります。
ここの論点を、少し勘違いしている人も散見されます。
「もっと働く権利」とは、長時間労働をデファクトスタンダードにするための議論ではなく、「定時内で働く権利」「ほどほどに残業をする権利」など、労働者自身が主体的に自らの働き方(特に労働時間)を決定できる権利であることを見失ってはなりません。
 
ただし、労働者自身が主体的に自らの働き方を選択できる権利──すなわち「選択の自由」──が担保されるかどうかという議論は、とても難しいです。
 
 
◯ 「もっと働く権利」を「もっと働かせる権利」へとすり替える上司や経営者
まず懸念されるのはコレですね。
 
「君、『もっと成長したい』って言ってたよね」、あるいは「営業成績が未達のくせして、『働かない権利』は主張するんだね」というように、「直接的には『もっと働け』とは言っていない」と、言葉巧みに長時間労働を強制されるケースです。
 
 
◯ 同調圧力や、「巻き込まれ型」の強制長時間労働
例えば、同じ職場内にひとりだけ、「もっと働く権利」を行使する人(「Aさん」とします)がいたとします。
他の人は残業をせず、定時で退社するのに…
 

  • 夜間や早朝でもAさんからメールやチャットが飛んでくるため、どうしても対応せざるを得ない(半強制的な隠れ残業の発生)
  • Aさんにかかる業務負担が大きいことを気にし、本当は時間外労働をしたくないけれども、時間外労働をせざるを得ない
  • Aさんの仕事にかける熱意にほだされ、ついつい残業をするようになってしまった

 
特に問題なのは、最後のケースです。
これは、本当の意味で自由意志による選択なのでしょうか?
 
 
◯ 情熱という名の洗脳
前項の発展形です。
例えば、スタートアップ企業では長時間労働や休日返上といったブラック労働が常態化しているケースが良くあります。
 
これは、「仕事量に対して従業員数が足りていない」という環境的な事情もあります。しかし、それ以上に問題を深刻にするのは「情熱という名の洗脳」です。
 
仕事のやりがい。
スタートアップ企業の初期段階に発生する連帯感や自己肯定感。
 
加えて最近のスタートアップは、「社会課題に対する解決策を提供する」ことを企業ミッションとして掲げているケースがほとんどです(そうでなければ、投資を受けられませんし)。
その結果、社会的な使命感も加わり、情熱を持って自ら長時間労働に飛び込んでしまうのです。
 
こういった現象は、「やりがいの搾取」とも呼ばれます。
問題は、(スタートアップ企業に限らず)事実上、従業員側に選択肢がないことです。「情熱という名の洗脳」が蔓延している職場では、「情熱は人一倍持っていて、誰にも負けないという自負はありますが、私は定時で帰ります」という主張は認められません。同調圧力が強すぎるため、このような異物的発想をする人は職場で異端視され、やがて居場所を失っていく可能性が高いです。
 
このように本人が自覚すらしないうちに働き方を選択しようとする自由意志が奪われていく(≒洗脳)というケースもあるでしょう。
 
 

「もっと働く権利」を実現するために必要なこと

 

  1. 拒否権の保証と保障
  2. 長時間労働を切り離した、成果報酬制度の確立
  3. 第三者を受け皿とした通報制度の確立

 
補足しましょう。
 
まず、言葉巧みに従業員を長時間労働へと仕向ける上司・先輩・経営者などを牽制するために、3.に挙げた通報制度は必須です。
しかし、「情熱という名の洗脳」に侵された職場や企業においては、「長時間労働を強いる上司がいる!」と通報したところで、これがきちんと取り上げられるかどうかは不透明です。
したがって、企業外の第三者を受け皿とする通報制度の確立と、これに伴って「定時内で働く権利」「ほどほどに残業をする権利」などを主張する人たちの立場を守る制度が必須となります。
 
2.については勘違いする人もいるかもしれませんが、残業代はきちんと支払わなければなりません。そのうえで、以下に挙げた制度の確立と、きちんとした運用が行われなければなりません。
 

  • 長時間労働をしたことそのものを、「やる気がある」などとして業績給に反映しないこと。
  •  

  • すなわち、労働時間と成果はきちんと分離して評価されること。
  •  

  • 労働時間の長短に関係なく、上げた成果に対して、きちんと評価すること。

 
そして、これらを実現するためのベースとして、1.に挙げた「拒否権の保証と保障」は必須となります。
 
保証とは、品質や結果を約束すること。
保障とは、権利や安全を守ること。
 
「私は定時で帰ります」「私は残業をたくさんします」、いずれの主張をする人に対しても、労働者自身が主体的に働き方を選べることを約束し、またその選択結果を尊重し、実現するためにさまざまなサポートを行うことがベースとして存在しなければ、「もっと働く権利」は絵に描いた餅、あるいは害悪にしかならないでしょう。
 
 
「社長は親、従業員たちは子ども」といった家族を模した昭和的関係から、「企業と従業員は契約をベースにした対等なパートナーである」というように、今や企業と従業員の関係は大きく変わりつつあります。
 
「もっと働く権利」とは、強制的な長時間労働に対する反省から発生した働き方改革に対する揺り戻しであり、議論のステージが一歩進化したものであるとも言えるでしょう。
 
では、企業は現行法の中で、「私はもっと成長したいから、もっと働きたい!」と「もっと働く権利」を前向きに主張する従業員に対し、どのように対応すれば良いのでしょうか?
 
本テーマは、2025年最後の配信となる次回のメルマガ「秋元通信」で考えましょう。


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