秋元通信

「もっと働く権利」を実現する現実的な方法を企業の立場から考える

  • 2026.1.16

「もっと働く権利」を実現する方法とは?

「もっと働く権利」を実現する方法とは?


 
 
2025年の流行語大賞に選ばれた、「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」。
 
高市早苗首相の誕生と共に発せられたこの言葉は、長らく続いた「働き方改革=時短」という潮目を変え、「もっと働く権利」が再び脚光を浴びる象徴的な出来事となりました。
 
しかし、現実には「成長したいからもっと働くいてスキルアップしたい」と従業員に言われても、経営者は困ってしまいます。なにせ、法律の壁は分厚く高いですから。
 
今回は、向上心を持って「もっと働く権利」を望む従業員に対し、「本音を言えば、『もっと働く権利』を応援したい。でも難しいよね…」という経営者が突きつけられるジレンマと、この背後にある冷徹な法的現実、そして企業が取るべき「第三の道」について考えましょう。
 
しかし実際のところ、「もっと働く権利」を望む従業員には様々なパターンがあります。
 

  1. 残業代によって、より高い収入を求める人
  2. 向上心が高く、仕事を通じて自らのスキルアップを望む人

 
本稿では、1.ではなく、特に経営者にとって悩ましいと考えられる2.のタイプについて考えます。
 
 
※本記事は、2025年11月に配信した以下の記事の続編にあたります。よろしければ合わせてご覧ください。

 

経営者が直面する「応援したいが、させられない」ジレンマ

 
向上心のある前向きな従業員の意欲を否定することは、多くの経営者にとって辛いことです。
「個人のやる気を削ぎたくない」という心情とは裏腹に、現代の経営者が従業員の「もっと働く権利」を認められない背景には、法的リスクに加えて、「現代経営に求められるガバナンス(企業統治)」というふたつのハードルがあります。
 
まず、労働時間の定義について、確認しておきましょう。
労働基準法上の労働時間とは、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指します。重要なのは、就業規則や契約書などの形式的な定めではなく、客観的な実態で判断されるという点です。つまり、休憩時間やスキルアップのための自主学習という名目であっても、実態として労働から解放されていなければ、それは労働時間となります。
 
では、客観的な実態とはどういうことでしょうか。
例えば、タイムカード上は休憩や退勤としていても、物理的にオフィスに残って作業をしていたり、自宅であっても会社のサーバーに接続して社内システムを操作していたりする場合です。これらは客観的な実態として、会社の指揮命令下にあると判断されます。
 
また、従業員本人が在宅していて恣意的に社内システムにアクセスしていないときなどでも、チャットや電話などに応対することを求められるケースでは、客観的な実態とみなされる可能性があります。
 
 
つまり、いくら従業員本人が「残業代はいりません」と主張しても、またその内容が仕事ではなくスキルアップを目的とした自己研鑽のための社内システム利用だとしても、法律上は認められないということです。
 
さらに言えば、万が一、過労で健康被害が出た場合、企業は「長時間滞在を黙認した」安全管理義務違反を問われる責任を免れることはできません。
 
 

現代経営に求められるガバナンスの壁

 
昨今、法的側面以上に、企業が注意を払うのが市場と社会からの評価です。
 

  • 人的資本経営との矛盾
    投資家は今、従業員の健康を重要な資本と見なしています。長時間労働を許容する文化は、ESG投資の観点から「持続可能性がない(リスクが高い)」と判断され、株価や企業価値の低下を招きかねません。

 

  • 採用ブランディングの失墜
    SNS時代において、「あの会社は深夜まで電気がついている」という事実は、意欲ある若手へのアピールになるどころか、「旧態依然とした搾取体質の会社」というレッレッテルを貼られてしまう可能性があります。

 
 
つまり、経営者にとって「社内での長時間学習を認める」ことは、コンプライアンス、投資家評価、採用競争力という3つの防壁を自ら破壊する行為になる可能性が高いのです。
 
 

指揮命令下の正体と精神的な拘束

 
「働いている(指揮命令下にある)」とみなされる状況にも注意が必要です。
実務上、最もトラブルになりやすいのは、物理的な命令ではなく精神的な拘束です。
 
上司が口頭で「残業しろ」と言っていなくても、やらざるを得ない状況であれば、法的には「黙示(もくし)の指揮命令があった」とみなされます。
 

  1. 「期限と業務量」の不均衡
    明らかに定時内では終わらない量の仕事を「明日の朝一までに終わらせてね」と振られた場合、それは実質的な残業命令と同義です。
    従業員の自己判断による残業だとしても、これは会社による残業指示だとみなされるのです。
  2.  

  3. 業務上必須の学習・習得
    「この資格がないと現場に出さない」といった状況での勉強は、形式上、自由参加であっても、業務遂行に義務付けられているため、労働時間と判断される可能性が高いです。
  4.  

  5. 参加の事実上の強制
    「参加は自由」と言いつつ、「不参加だと人事評価が下がる」「上司から嫌味を言われる」といった場合、精神的に「参加を余儀なくされている状況」とみなされ、指揮命令下とみなされます。

 
 
結局のところ、労働時間ではない(=休憩・自由時間)と言いきるためには、「業務を行う義務がなく、完全に個人の自由である」という条件が必要となります。
 
 

黙認はアウト──「気づかなかった」は通用しない

 
経営者や管理職が最も足をすくわれやすいのが、この黙認という概念です。
以下のふたつの要素が揃えば、明示的な指示がなくても「命令があった」とみなされます。
 

  1. 業務を行っていることを知っている(あるいは知り得る状態にある)
  2. それを制止しなかった

 
まず、「成果物の受領=残業の承認」であることに留意する必要があります。
例えば、残業禁止と言いつつも、翌朝提出された「残業しなければ作れない成果物」を評価して受け取ったとしましょう。
これを受け取った時点で、「残業を事後承認した」ことになります。
 
また、「部下が隠れてやっていたから知らなかった」というのも、ほとんどのケースで通用しません。なぜなら、会社には労働時間を把握・管理する義務があるからです。
 

  • PCのログイン履歴
  • 入退室記録
  • 深夜のメール送信履歴

 
これらの客観的証拠(デジタル・フットプリント)が残っている以上、裁判所は「管理職はこれを確認できたはずだ(=知り得る立場にあった)」と判断します。つまり、「確認を怠った過失」は認められたとしても、「知らなかった」という免罪符にはならないということです。
 
「知らない」は「管理不足」と断罪されます。
会社を守るためには、「PCを強制的に止める」か「発見次第、業務命令違反として厳しく指導し、成果物を受け取らない」という、冷酷なくらいの徹底が必要になるのです。
 
 

現実解としての「第三の道」──場所と成果の分離

 
これらを踏まえると、雇用契約を維持したまま従業員の意欲に応える現実解は、「スキルアップのための学習プロセス(時間・場所)を企業の管理下から完全に切り離すこと」となります。
 
具体的に説明しましょう。
 

  • 企業は「場所」を提供するのではなく、「リソース(資金)」を提供することで意欲に応える
  • 評価の軸を「どれだけ頑張ったか(時間)」から「何ができるようになったか(成果)」へ厳格にシフトさせる

 
このアプローチにおける、経営者から従業員へのメッセージは、例えば以下のような形になります。
 

「君の成長は応援したい。だから自己研鑽費として年間◯万円を出す。
その代わり、18時以降はオフィスの電気を消すし、サーバーも止める。
会社は『場所』ではなく『成果を出す場』だ。スキルアップは会社の外で、会社のお金を使って、自由にやってきてほしい。そして身につけたスキルで、明日また短時間で凄い成果を出してくれ」

 
補足します。
場所の提供ではなく、リソースの提供に限定した従業員サポートに徹するのは、法令対応であり、「会社の指揮命令下にあった」と判断されないための防御策となります。
 
では、評価軸を「成果」に切り替える必然性は何でしょう? 結論から言えば、評価軸を成果に切り替えない限り、従業員は精神的に会社から解放されず、結果として法的リスク(隠れ残業)が消えないからです。
 
もし会社が成果ではなくプロセス(時間や努力)を評価する体質のままだと、どうなるでしょうか。
 
従業員は「外で勉強してスキルアップしても、定時で帰ったらやる気がないと思われるかもしれない。それなら、会社に残って勉強している姿を見せたほうが得だ」と考えます。
このように評価軸が時間にある限り、従業員は物理的に外に出されても、精神的には「会社に残らなければならない」という拘束感を持ち続けます。これでは結局、隠れ残業や持ち帰り残業が誘発され、根本解決になりません。
 
 
成果主義への転換は、従業員にプロセスの自由を与えるための担保なのです。会社が成果以外のすべてに関心を持たないという態度を徹底することで初めて、従業員は法的な指揮命令下から解放され、本当の意味で「もっと働く権利」を行使できるようになるのです。
 
 

「リソース(資金)」を提供するとは

 
具体的には、物理的な「場所(オフィス)」の使用を禁止する代わりに、社外で活動するための費用を会社が負担するということです。
 

  • コワーキングスペースやカフェ代の支給
    「会社に残るな」と言うだけでなく、社外で集中して学べる環境(サードプレイス)を確保するための利用料を補助します。
  •  

  • 自己研鑽用リソースの提供
  • 業務に直接紐づかない書籍の購入費、有料セミナーやビジネススクールの受講料、あるいはエンジニア向けの学習用クラウド環境の利用料などを会社が負担します。

 
 
ただし、これらを提供するうえで絶対に注意すべき点は、「業務性(指揮命令)」を排除することです。もし会社が「この講座を受けて、業務に活かせ」と強制したり、「何を学んだか報告しろ」と管理したりすれば、その時間は即座に「労働時間」とみなされかねません。
あくまで福利厚生の一環として、「本人の自由意思」に任せ、会社は「お金は出すが、口は出さない(受講するかどうかも、結果どうなったかも管理しない)」というスタンスを徹底することが、法的リスクを回避する条件となります。
 
 

「雇用」の枠を超える解決策はあるか?

 
最後に、雇用契約の枠内ではなく、根本的な構造を変える解決策についても触れておきます。それが、タニタなどが導入している社内フリーランス制(雇用関係の解消)です。
 
これは、希望する社員がいったん退職し、個人事業主として会社と業務委託契約を結び直すモデルです。
 

  • 労働基準法の適用外
    個人事業主であるため、労働時間規制は適用されません。本人が望めば、24時間没頭しても法的な問題は生じません。
  •  

  • 成果と報酬の直結
    成果を出せば報酬が得られます。
    逆に、社会道徳や倫理上の問題、法令逸脱などを除けば、プロセスと報酬は関連せず、完全な独立性を担保できます。

 
 
しかし、これには「雇用保険や労災保険の対象外になる(セーフティネットの喪失)」というリスクや、「実質的な指揮命令があれば偽装請負になる」という課題も伴います。自ら仕事を設計し、健康管理ができる「自律したプロフェッショナル」でなければ、単に使い潰されて終わる危険性も孕んでいます。
 
 
タニタの事例については以下記事でも紹介しています。参考になれば幸いです。

 
 

「もっと働く権利」、政府検討の現在地

 
昨年11月4日、高市首相は、内閣に日本成長戦略本部(以下、戦略本部)を設置しました。
 
「リスクや社会課題に対し、先手を打った官民連携の戦略的投資を促進し、世界共通の課題解決に資する製品、サービス及びインフラを提供することにより、更なる我が国経済の成長を実現するため」というのが、戦略本部の設置目的です。
 
「もっと働く権利」に対する議論は、この戦略本部の労働市場改革分科会にて行われる予定でしたが、本稿執筆ではなんら新たな情報は、戦略本部Webサイトにはアップされていません。
 
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/index.html
 
「もっと働く権利」がどのような形で実現するかは未定です。
しかし、今は「もっと働く権利」が先行して認知されている今だからこそ、経営に関わる人たちは、現行法に則った形で、適切な情報を把握しておくことが大切でしょう。
 
本記事が、その一助となれば幸いです。
 
 
 


関連記事

■数値や単位を入力してください。
■変換結果
■数値や単位を入力してください。
■変換結果
  シェア・クロスバナー_300