秋元通信

コンプライアンスを仕組み化するISO 37301とは

  • 2026.2.18

こういう記事がありました。
 

 
国土交通省は、2026年2月10日をもって、日本郵便の軽貨物車に対する行政処分の通知を終えたことを発表しました。
処分対象は、郵便局の6割近く、処分対象車両は3,333台に及んだとされます。日本郵便の保有する軽貨物車は約3万2,000台とされていますので、1割強の車両が処分対象になったことになります。
 
日本郵便は、これまでも何度も企業不正を繰り返してきました。
不正点呼問題が発覚した後も、飲酒運転等の発生が報道されています。
 
日本郵便に対しては、大企業ゆえのガバナンスの難しさや、局長会の存在など、複数の「不正を繰り返してしまう原因」が指摘されています。
ではこういった企業不正を防ぐ方法はないのでしょうか?
 
今回は、不正を防ぎコンプライアンスを仕組み化するISO 37301についてご紹介しましょう。
 
※念のため申し上げますが、日本郵便がISO 37301を導入するといった発表はありません。
 
 
 

ISO 37301成立のきっかけとなったシーメンスの1,600億円賄賂事件

 
2006年、ドイツの産業界を代表する大企業であるシーメンス(Siemens AG)が激震に見舞われました。原因は、総額14億ドル(当時のレートで約1,600億円)にも上る、世界規模の組織的な贈賄事件が発覚したからです。
 
驚くべきは、その手口の巧妙さと組織性でした。
彼らはインフラプロジェクトの受注を狙い、世界各国の政府高官へ賄賂を贈るための簿外口座や架空のコンサル契約をシステムとして構築・運用していたのです。
 
賄賂の支払承認は、証拠を残さないよう「ポストイット(付箋)」で行われていました。
不正な支払依頼書に上司が付箋で「OK」とサインし、送金処理が済むとその付箋を剥がして破棄するという手法です。
これにより、公式な書類上には誰が決済したのかという形跡を一切残さない、極めて悪質な隠蔽工作が常態化していたのです。
 
呆れるのは、当時のシーメンスにも、立派な行動規範やコンプライアンスマニュアルが存在していたことです。
これらは単なる「紙の上のルール」に過ぎず、社内には「賄賂なしにビジネスは成功しない」という歪んだ文化が根を張り、マニュアルは形骸化していたのです。
 
 
実は「シーメンス事件」という名は、日本の歴史にも刻まれています。
遡ること110年以上前、1914年(大正3年)にも、日本海軍の艦船発注を巡るシーメンス社からの賄賂が発覚し、当時の山本権兵衛内閣が総辞職に追い込まれるという憲政史上初の事態を招きました。
 
一世紀を経てもなお繰り返される汚職は、不埒な従業員の逸脱行動ではなく組織の仕組みと企業文化の問題であると考えるべきでしょう。
 
 
 

ISO 37301の成立

 
シーメンスは事件後、数年をかけてコンプライアンス体制をゼロから再構築し、今ではESG評価で高いスコアを獲得する、堅牢なガバナンスを実現した模範企業へと生まれ変わりました。
 
こうした歴史的な反省と成功事例を凝縮し、2021年に誕生したのがISO 37301(コンプライアンスマネジメントシステム、CMS)です。
 
ISO 37301以前には、ISO 19600がありました。
ISO19600は、組織が効果的なCMSを構築・運用・改善するためのガイドライン(指針)でしたが、ISO 37301は認証規格へと進化しました。
つまり、その企業のコンプライアンス体制が信頼に足るものであることを、第三者機関が客観的に証明できるようになったのです。
 
ISO 37301の真髄は、単に「法を犯さない」という消極的なものではありません。
目指しているのは、従業員が「規則だから守る」という受動的な態度から、「それが正しいことだから行う」という自律的な行動へと変容することです。
 
そのため、規格の中では動機づけや報酬制度との連動についても言及されています。誠実な行動が正当に評価され、逆に不正が見逃されない文化を醸成する。このメンタルな報酬をも含む仕組みこそが、「誠実さ(Integrity)」と「透明性(Transparency)」を組織の血肉とするためのアーキテクチャなのです。
 
 
 

企業を守る「デューデリジェンスの証明」としての価値

 
ISO 37301を導入するメリットは、単なるブランディングに留まりません。万が一、組織内で不祥事が発生してしまった際、この規格に基づいた運用実績は、組織を守る法的な防御基盤としての役割を果たします。
 
ここで重要になるのが、「司法判断における『デューデリジェンス(相当の注意)』の証明」という概念です。
 
例えば、米司法省(DOJ)の評価指針では、企業が不祥事を起こした際に「実効性のあるコンプライアンス・プログラムを構築していたかどうか?」を重視します。もし企業がISO 37301に基づいた運用を行い、第三者認証を受けていれば、それは「組織として最大限の注意(デューデリジェンス)を払っていた」という客観的な証拠になります。
 
ここで言う努力には、単にルールを提示するだけでなく、インセンティブ(報奨)などを通じて従業員がコンプライアンスを重視するよう適切に動機づけていたか、という心理的・文化的側面も含まれます。
 
これにより、法人としての刑事責任が免除されたり、巨額の罰金が大幅に軽減されたりする可能性があるのです。
 
いわば、ISO 37301は「誠実な経営を行っていること」を国際共通言語で証明する、ビジネスにおける保険のひとつとも言えます。
 
 
日本国内でも、三井物産やアサヒグループホールディングス、日本郵船といった大手企業が相次いでこの規格を活用しています。
 
興味深いのは、日本企業独自の導入傾向です。
ISO 37301を導入した日本企業は、ISO 37301という「グローバル標準のモノサシ」を自社に当てはめることで、既存の内部統制の盲点を洗い出そうとする傾向が顕著に見られます。
 
「うちは長年このやり方でやってきたから大丈夫」という内向きの論理は、グローバル市場では通用しません。国際的な基準に照らして自社の仕組みを再点検し、自分たちでは気づけなかったリスクの芽(例えば、海外拠点での商習慣やAI利用に伴う倫理的リスクなど)を特定する。
こうした自浄作用の強化のためにISOを活用する姿勢は、日本企業のガバナンスが形式から実効へと進化している証と言えるでしょう。
 
 
 

ISO 37301は最強無敵の盾ではない

 
しかしながら、ISO 37301は最強無敵の盾となる魔法道具ではありません。
運用を誤れば、いくつかの深刻な問題に直面します。
 

  1. 第一に、「形式化(ペーパー・コンプライアンス)」のリスクです。認証取得そのものが目的化し、現場の意識が伴わないまま膨大な書類だけが整備された状態では、かつてのシーメンスのような「ルールをかいくぐる文化の発生」を止めることはできません。
  2. 第二に、絶対的な免罪符にはなりえないことも注意です。ISO認証は「不祥事を100%防ぐこと」を約束するものではなく、万が一の際も、実質的な運用実態が伴っていなければ司法当局からの信頼は得られません。

 
さらに、高度な専門人材の配置や継続的な教育にかかるコスト負担も、特にリソースの限られた組織にとっては大きな壁となります。これらを「コスト」と捉えるか、「信頼への投資」と捉えるか。その経営判断が問われることになります。
 
 
企業不正を生むのは、企業に(良くも悪くも)根付いた文化であり、これは簡単に変えられるものではありません。
 
ISO 37301は、組織が常に自己批判的に仕組みを改善し続け、結果として企業不正を生み出さないような企業文化を根付かせるためのツールなのです。
 
 
 


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