秋元通信

街中でアルファードを見かけすぎる謎を、統計学と認知科学から考える

  • 2026.5.13

ゴールデンウィーク、読者の皆さまはどのように過ごしましたか?


筆者は何度かクルマで出かけたのですが、トヨタのアルファードとヴェルファイア──いわゆる「アルベル兄弟」──をやたらと見かけた気がします。


「高級車なのに売れているんだなぁ」と思っていたのですが。そもそもクルマって何台くらい売れると、人々は「あのクルマ、よく見るな」と感じ始めるのでしょうか?


「私たちは、何台くらいクルマが売れると『よく見るな!』と感じるのか?」──今回は、このテーマから統計学と心理学(認知科学)のさわりを学びます。




脳が「あのクルマ、よく見るな」と感じ始める「1%の法則」

なぜ私たちは、特定の車種を「よく見る」と感じるのでしょうか。
その境界線のひとつは、日本の全乗用車における「シェア1%」という数字にあります。


日本の乗用車保有台数は約6,000万台です。
その1%にあたる60万台ほどが街に出回ると、私たちは「あのクルマ、よく見るな」と感じ始めます。


「1%のシェア」という数字を、より現実的なシチュエーションで考えてみましょう。


  • ケースA:信号待ちで交差道路を眺める


あなたは片側1車線の十字路で赤信号に捕まり、ぼーっと交差道路を眺めているとします。
日本の一般的な交差点では、交差側の青信号は約45秒~60秒程度。そこに約3秒に1台のペースでクルマが流れると仮定すると、信号が変わるまでの間に約15台のクルマが目の前を横切る計算になります。


この15台の中に「シェア1%の特定車種」が少なくとも1台含まれる確率はどれくらいでしょうか。


まず、1台も含まれない確率は、「(1-0.01)の15乗」であり、約0.86となります。
つまり、約14%の確率で「あ!アルベル兄弟が通った」となる計算です。


これだけでは「よく見る」というほどではありません。


ただし信号待ちを20回繰り返すと、確率上は「シェア1%の特定車種」を見る確率は、約95%まで上昇します。※1


  • ケースB:走行中の対向車


次に、あなたが時速35kmで片側1車線の道路を走っているシーンを想定します。
対向車も同じ時速35kmで走っており、平均して6秒に1台のペースですれ違うとしましょう。


これは「1時間あたりの通行量が600台」という、都市部の落ち着いた通りでは一般的な交通量です。
また、対向車との相対速度は時速70kmとなるため、車間距離が約116m間隔で並んでいる状態※2に相当します。


この条件でドライブをした場合、遭遇数の「期待値(平均して何回起きるか)」は以下のステップで計算できます。


1分間の遭遇数:60秒 ÷ 6秒 = 10台
10分間の遭遇数:10台 × 10分 = 100台


期待値の算出:100台(試行回数) × 0.01(シェア) = 1台


つまり、10分走れば平均して1台は出会う計算になります。
これが期待値です。


この「10分間のドライブ」で、少なくとも1台以上のクルマに遭遇する確率は、
「1から0.99の100乗を引いた数」であり、約0.634になります。


つまり、わずか10分のドライブで、60%以上の確率で「シェア1%の特定車種」のクルマに出会うことになります。


さらに30分も走れば、期待値は3台(300台 × 0.01)となり、一度も出会わない確率はわずか約5%(遭遇率95%)まで下がります。


このように、移動という行為自体が膨大なサンプリングを繰り返しているため、特定のクルマを見かけるのは確率的に「必然」といえるのです。




「連続して現れる」、ポアソン分布とは

さらに興味深いのは、「なぜか3台連続でアルファードが走ってきた!」といった現象です。
これは統計学のポアソン分布というモデルで説明できます。


ポアソン分布は「めったに起こらないイベントが、一定時間に何回起こるか」を表します。交通の流れはランダムであるため、期待値(平均)が「30分に3台」だとしても、きれいに10分おきに1台ずつ現れるとは限りません。


「ある1分間に3台固まって現れ、その後の29分間は1台も来ない」といった偏りが、実は数学的にごく普通に発生します。
これを専門用語で「バースティネス(群発性)」と呼びます。
私たちはこの「固まって現れた瞬間」を強烈に記憶するため、「このクルマは異常に増えている!」という主観的な確信を深めていくのです。




脳が仕掛ける罠「頻度錯覚」と選択バイアス

数学的な裏付けに加え、脳固有の「情報の取捨選択」も大きく影響しています。
心理学(認知科学)ではこれを「頻度錯覚(バーダー・マインホフ現象)」と呼びます。


私たちの脳は、毎日受け取る膨大な視覚情報をすべて平等に処理しているわけではありません。脳は自分にとって「重要だ」「興味がある」と判断した情報だけにスポットライトを当て、それ以外を背景として切り捨てるフィルター機能を持っています。


つまり、脳は「見たいもの」だけをサンプリングするわけです。


一度「あのクルマ、カッコいいな」「最近よく見るな」と意識のスポットライトが当たると、脳はその車種を「重要なデータ」として登録します。
すると、それまでは見過ごしていた景色の中から、無意識のうちにその車種だけを「サンプリング(抽出)」し始めます。


ここで起きているのが、統計学でいうところの「選択バイアス」です。
「サンプルの選び方(選択)が偏っているために、統計結果が現実から歪んでしまうこと」を指します。


本来、統計をとるためには「街を走るすべてのクルマ」を公平にカウントしなければなりません。
しかし、私たちの脳は「アルベル兄弟がいた」という成功例(自分の仮説に合うデータ)ばかりを集計し、横を通り過ぎた他の乗用車の存在をカウントから除外してしまいます。




実際に売れているクルマは?

では、実際の販売データを見てみましょう。
以下は、2025年の乗用車ブランド通称名別販売台数ランキング(軽自動車を除く年間累計)の抜粋です。


  1. トヨタ・ヤリス(16.7万台)
  2. トヨタ・カローラ(13.9万台)
  3. トヨタ・シエンタ(10.7万台)
  4. トヨタ・ライズ(10.1万台)
  5. トヨタ・ルーミー(9.5万台)
  6. ホンダ・フリード(9.0万台)
  7. トヨタ・アルファード(約8.7万台 ※ヴェルファイア合算で約12.0万台)
  8. トヨタ・ノア(約8.0万台)
  9. トヨタ・ヴォクシー(約7.9万台)
  10. 日産・ノート(約7.8万台)

どうですか?
確かにアルベル兄弟はよく売れていますが、それ以上にヤリスとカローラのほうが売れています。しかし、例えば筆者の場合は、「カローラってそんなに売れてる…?」という印象を受けます。


さらに言えば、(あくまで筆者の感覚だと)ライズとフリードはそれほど見かける印象がありません


つまり、これこそが頻度錯覚なのです。




統計学は、私たちのゆらぎがちな認知を正しく補正するためのツール

これまで述べてきたとおり、私たちの認知、あるいは脳の働き方は、意外と正確ではありません。
そのため、私たちが感じている「正しいこと」は、実は現実の現象や状況が歪められた結果であることが間々あります。


統計学の本質は、「バラバラに見えるこの世界の現象を、数字という言葉で翻訳すること」にあります。


私たちが感じる「あのクルマ、よく見るな」という認知は、実は自分の脳が、無意識のうちに高度な統計処理を行った結果なのです。


こうした認知科学の仕組みは、私たちの身の回りのビジネスにも巧みに取り入れられています。
例えば、広告の世界。
消費者の脳に意識をさせることで頻度錯覚を引き起こし、日常の中でその商品を何度も再発見させる。
ブランドが「いつも選ばれる存在」になるための戦略は、こうした脳のクセを熟知した認知科学の応用そのものなのです。


※1
「シェア1%の特定車種」と遭遇しない確率:0.86の20乗は0.049。よって「少なくとも1回は遭遇する確率」は「1ー0.049=0.951」になります。


※2
相対速度の算出:自車 35km/h + 対向車 35km/h = 相対速度 70km/h
秒速への換算:70km/h ÷ 3.6 ≒ 19.44m/s(1秒間に約19.4mずつ距離が縮まる)
距離の特定:19.44m/s × 6s(すれ違う間隔) = 116.64m
この「約116m」という車間距離は、都市部の幹線道路などで、前の車との間に十分な余裕(約10台分以上のスペース)がある、比較的ゆったりとした交通状況をイメージしたものです。

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