「世の中の半数の企業が人手不足を感じている」──帝国データバンクが毎月実施している「「人手不足に対する企業の動向調査(2026年7月)」では、7月としては4年連続で人手不足を感じている企業が半数を超えました。
いうまでもなく、人手不足はもはや日本社会の構造的課題です。
少子高齢化と、これに伴う就労可能人口の減少が続く今、企業の採用戦略も変わりつつあります。
まず大切なのは、辞めさせないこと。
これは間違いありませんが、次善の策として「去る者は追わず」の見直し──すなわち一度は退職した元社員たちを、再び迎え入れること──が注目されています。
今回は、このカムバック採用について考えます。
カムバック採用とは、結婚や育児、介護などのライフイベントをはじめ、他社への転職や留学、起業といった理由で一度退職した元社員を、正社員や契約社員などの立場として再雇用する採用手法のことです。
アルムナイ(卒業生)採用や再雇用制度とも呼ばれ、人手不足が深刻化する今、新卒・中途採用に並ぶ人材確保の有効な手立てとして関心を集めています。
この手法が注目される最大の理由は、自社の企業文化や業務プロセスを深く理解している即戦力を確保できるからです。
一般的な中途採用では、企業風土への適応や基本的な業務の習得に相応の時間とコストがかかります。しかし、過去に自社で活躍した経験を持つ元社員であれば、ミスマッチのリスクが非常に低く、早期に高いパフォーマンスを発揮することが期待できます。
また、他社での勤務経験や異業種で培ったスキルを自社に持ち帰ってくれる点も大きな魅力です。
一度、外の世界を経験したことで視野が広がり、客観的な視点から自社の課題解決やイノベーション創出に貢献してくれるケースも少なくありません。採用や研修にかかるコストを大幅に抑えつつ、質の高い人材を獲得できる合理的で持続可能な採用手法と言えます。
すでに多くの先進企業がカムバック採用を自社の強みとして昇華させています。
代表的な企業の取り組みを紹介しましょう。
トヨタ自動車では、「キャリア・カムバック制度」という名称で専門の応募窓口を設けています。
他社への転職や各種ライフイベントによって退職した社員を対象としており、外で得た知識や経験を適切に査定した上で再雇用する体制を整えています。急激な技術革新が進む自動車業界において、他社で新しい専門性を身につけた人材を円滑に迎える手段として機能しています。
IT企業のサイボウズでは、「育自分休暇制度」という独自の取り組みを実施しています。
これは退職後、最長6年間にわたり自社への復帰権利を保証する仕組みで、他社での挑戦や進学などを「自分を育てるための期間」と捉える文化が根付いています。
退職をネガティブな離脱ではなくポジティブな武者修行と位置付けることで、他社で大きく成長した人材が戻ってきやすい環境を作り出しています。
外食事業を展開するスープストックトーキョーでは、退職した社員に「バーチャル社員証」を発行するユニークな制度を運用しています。
新商品の試食会への招待や社内イベントへの参加、社内報の定期送付などを通じて、退職後もブランドとの温かい繋がりを維持しています。ライフステージが変化したタイミングで復帰しやすい安心感を提供するだけでなく、退職者をブランドのファンとして大切にする姿勢が特徴的です。
総合コンサルティング企業のアクセンチュアでは、「アクセンチュア・アルムナイ・ネットワーク」と呼ばれる世界規模の元社員向けプラットフォームを運用しています。
退職者を単なる元従業員ではなく大切なビジネスパートナーと捉え、定期的な情報交換やイベントを通じて強固な関係を保っています。
このネットワークを通じて、毎年多数の元社員が同社へと復職を果たしています。
制度を形だけ整えても、運用方法を誤ると十分な効果が得られないばかりか、社内外に思わぬ波紋を呼ぶこともあります。
これは、カムバック採用も同じです。
カムバック採用を軌道に乗せるための重要なポイントを考えましょう。
1つ目のポイントは、制度の明文化と公平な評価基準の確立です。
カムバック採用そのものは、必ずしも目新しいことではありません。これまでも、元社員と現役社員の縁故関係を利用したものは行われてきました。
ただし、縁故によるカムバック採用は、どうしても属人化しがちで、新卒、中途と並ぶ第三の採用手法としては確立しにくいという課題があります。
そこで、まずカムバック採用について、しっかりと就業規則や採用サイトに制度を明記し、あらかじめ明文化しておくことが大切です。
さらに大切なのは、現役社員からの納得感を得ることです。
「私はずっと会社に忠義を尽くしているのに、◯◯さんは、出戻った途端、昇進しているんだけど…」、こういった不満を現役社員に感じさせてしまったらアウトです。
カムバック採用には、一般の中途採用と同等の客観的な評価基準を適用し、他社で培ったスキルの市場価値に基づいた待遇を設定する透明性が求められます。
2つ目のポイントは、退職時の対応であるオフボーディングの徹底と離職後のゆるやかな関係維持です。
オフボーディングとは、従業員が退職の際に実施・経験する一連の手続きやサポートと、退職後も関係性を継続するプロセスを指します。
「退職者=裏切り者」として扱うような雰囲気や企業文化は、絶対にNGです。
当然ながら、こういった企業ではカムバック採用制度を用意しても、元社員が戻ってくることはありません。
たとえば送別会などをきちんと行い、退職者に対してもこれまでの貢献を労うこと。
そしてアルムナイ(alumni、卒業生や同窓生の意味)ネットワークを構築・維持することです。これについては、前述のカムバック採用を実施している事例でも触れています。
つまり、「いつでも戻っておいで」という温かい姿勢で退職者を送り出し、またその後も、メルマガ、イベント、SNSなどを通じて、負担にならない程度のゆるい繋がりを継続することが大切なのです。
3つ目のポイントは、復帰のハードルを下げるスモールステップの導入です。
いきなりフルタイムの正社員として戻ることに心理的・体力的なハードルを感じる元社員は少なくありません。そこで、最初は週1回の副業や業務委託としてプロジェクトに参加してもらったり、短時間勤務からスタートしたりできる柔軟な選択肢を用意しておくと、互いに相性を確認しながらスムーズに復職を進めることができます。
本稿の執筆に当たり、筆者は実際にアルムナイネットワークを実施している企業の従業員に話を聞いてみました。また、筆者がかつて在職していた企業も出戻り社員が多く、筆者自身も何度か「戻ってこいよ」と誘われた経験があります。
アルムナイネットワークを築こうとする企業側は、前述のように元従業員とのゆるい繋がりを目的としています。
しかし、当の元従業員側からすると、アルムナイネットワークは同窓会的な意義が強くなっていきます。つまり、元従業員同士、あるいは元従業員と現役従業員の間に生じる個人的な友人関係維持が優先されてしまうわけです。
結果、元従業員に感化され、現役従業員が退職してしまうケースがどうしても生じてしまいます。
ただし一方で、元従業員が転職先において、望まぬ異動や待遇の改悪、企業の業績不振といった不遇にさらされた際には、アルムナイネットワークの存在が、「だったら、古巣に戻るか…」と考えるきっかけになるケースがあることも事実です。
もう1つ、縁故についても触れておきましょう。
筆者がかつて働いていた企業は、ベンチャーであり、例えば20代後半で部長になる人もいました。こういった人が一般的な企業に転職しても、部長として処遇されるとは限りません。
また、仮に部長待遇を受けていたとしても、それまで同年代ばかりの職場にいたのに、50代60代の人たちと共に働く環境に馴染めないケースもあります。
ベンチャーやスタートアップで働いた経験がある人が陥りがちなストレスです。
ここで効いてくるのが、元先輩や元同僚の共感です。
「そうだよな、辛いよな。でも、戻ってきたら…」という共感、あるいは慰撫を受けることで、元従業員にとって、カムバック採用への心理的ハードルは一気に下がります。
カムバック採用や、アルムナイネットワークを制度化することは大切です。
しかし、「制度化すればOK」と甘えることなく、やはり最後は縁故──すなわち人と人との温度感のある繋がり──が、カムバック採用においても大切なのは言うまでもありません。
冒頭の調査によれば、人手不足を感じている割合の多い業界のランキングは以下のようになっています。
- 金融 67.1%
- 建設 66.0%
- 運輸・倉庫 65.6%
- メンテナンス・警備・検査 63.8%
- 放送 61.9%
やはり物流業界は上位にランクインしてしまうんですね。
「カムバック採用は、新卒・中途採用に並ぶ人材確保の有効な手立てである」と申し上げましたが、実は実施する企業側には、別のメリットも考えられます。
- 1つは、企業文化を改善するきっかけになること。
- もう1つは、今の企業文化が、人に優しいものになっているのかどうか、評価する指標になることです。
繰り返しになりますが、まず大切なのは「辞めさせないこと」です。
カムバック採用制度を設けることは、従業員たちの心理的安全性と、愛社精神を高め、結果として離職率を下げる効果が期待できることも、大切なことなのです。






