現在、物流業界は大きな変革の時を迎えています。
その発端となっているのが、物流効率化法、貨物自動車運送事業法、取適法(旧下請法)といった関連法令の改正です。
こういった法令改正って、「◯◯をやりなさい!」と新たな取り組みを要求してきますが、それに対応するための時間や人手をどこから捻出するかまではフォローしてくれません。「法令が変わったから、皆さん頑張って対応してくださいね」と、実施・遂行の方法や手段は丸投げですからね。
だからこそ、最近ではデジタル化やDX化の必要性が声高に叫ばれるわけです。
法令対応に向けた新たな取り組みを行うために、「システムを導入して対応のための工数を捻出する」といったケースもありますし、そもそも法令対応のためにはデジタルツールの導入が事実上必須となるケースもあるからです。
ただし、現場サイドからは、さまざまな理由で反発され、最悪の場合、法令対応に支障が生じることもあります。
一例を挙げましょう。
「1運行あたりの荷待ち・荷役・付帯作業にかかる時間(要は、運転以外の時間)は2時間以内に収めること」、これが「1運行2時間ルール」です。
1運行2時間ルールは、すべての事業者が守るべきルールとして定められ、かつ特定荷主(※規定量以上の貨物輸送を行っている荷主)においては、荷待ち・荷役・付帯作業それぞれの時間を記録し、「中長期的な計画」に基づく輸送効率の改善活動に活かすことが義務付けられています。
「大丈夫、ウチは毎日運転日報をちゃんと記録しているから」とおっしゃる運送会社の皆さん、本当にそれで大丈夫ですか?
そもそも、それは正確な時間なのでしょうか。
もしかしたら、トラックドライバーたちが「確か、卸地での荷待ちは◯◯分で、荷役は◯◯分で…」というような曖昧な記憶に基づいて記録していませんか。
荷主からすると、荷待ち・荷役・付帯作業それぞれの時間は、事実上、運送会社に頼らなければ計測は困難です。
また、これらは料金も発生します。荷主の立場にたてば、「ドライバーの記憶に頼った曖昧な請求をされても…」と困惑することもあるでしょう。
荷待ち・荷役・付帯作業に要した時間は、デジタコで記録できますが、デジタコを装着していない車両もあるでしょうし、いちいちトラックに戻ってデジタコを操作することができないケースもあるでしょう。
こういったケースでは、たとえばスマートフォンで利用できる動態管理アプリなど、デジタコに代わる新たな時間記録の手段を導入、ドライバーに使ってもらわなければなりません。
しかし、非協力的で使ってくれない人も中にはいます。
この手の話は、1運行2時間ルールに限りません。
新たな業務システムを導入しても、「面倒くさい」「使い方が分からない」と触ろうとすらしない方もいます。
あるいは、新システムに対し「使いにくい」「思い通りにならない」と使い勝手や機能性に不満を訴え、旧来のやり方(手書きやExcel入力など)を使い続け、最低限入力が必要なデータだけを新システムに入力するような話も耳にします。
後者については、従来の業務プロセスに加え、「新システムに入力する」という新たなプロセスが追加されるので、作業時間は当然ながら増加します。
周囲からすると、「いやいや、それって最初から新システムに入力したら、もっと早く仕事が終わるのに…」と思うのですが、本人は頑なに受け入れようとしません。
かつてシステムインテグレーション(※顧客の業務課題の解決を目的として、システムの企画・開発・運用などを一貫して請け負うITサービスのこと)業界の末席で働いていた筆者の感覚だと、「こういった顧客現場の反発も含めて解決してこそ、ホンモノのシステムインテグレーターである」と考えていました。
さらにいうと、業務改善・変革を行う以上、現場がストレスや摩擦を感じるのは致し方ないと考えていました。
しかしながら、こういった考え方を否定し、現場にストレスや摩擦を生じさせないデジタル化やDXが、注目されています。
これが、フリクションレスやステルスDXです。
フリクションとは、摩擦のこと。
転じて、業務プロセスにおけるフリクションレスとは、利用者が感じる心理的・身体的・認知的ストレス(手間の多さ、分かりにくさ、待たされる時間など)を極限までゼロに近づけるアプローチです。
現場のユーザーに対して「頑張って慣れてもらう」ことを求めず、「何も考えずに直感的にできてしまう」「いつの間にか完了している」状態を目指す手法です。
ステルス(隠密)の名が示す通り、現場の担当者に「ITツールを導入された」「DXをやらされている」と気付かせない(あるいは意識させない)まま、裏側でデータを取得・連携し、業務を自動化するアプローチです。
現場が長年慣れ親しんだ道具や作業手順(UI/UX)は極力そのまま残し、バックエンドの仕組みだけをデジタルに差し替える手法です。
さてここからは、フリクションレスとステルスDXに対する理解を深めるために、1運行2時間ルール──すなわち、荷待ち・荷役・付帯作業時間の記録──において実現する方法を考えましょう。
たとえば、ハンディターミナルを日常的に利用している現場であれば、話は比較的簡単です。
- 荷待ちの開始時刻は、集配先に到着したことをGPSによって取得・記録する。
- 荷待ち終了時刻は、ハンディターミナルの利用開始と同時刻とみなし、記録する。これは同時に荷役の開始時刻になる。
- 荷役の終了時刻は、ハンディターミナルの利用終了と同時刻とみなす。これは同時に付帯作業の開始時刻となる。
- GPSによって集配送先から離れた時刻を付帯作業の終了時刻とみなす。
もちろん、この方法だと現場によっては「いや、『ハンディターミナルの利用終了=荷役の終了』ではないよ」といった齟齬が生じるケースもあるでしょう。
そのようなケースの対策となる別の方法も、テクノロジーの進化とともに生まれています。
たとえば、AIによる動画解析です。
これは集配場所となる施設内に複数のカメラを設置し、撮影された動画を総合的に解析して荷待ち・荷役・付帯作業などの状態を取得・記録する方法です。
先日開催された国際物流総合展2026に出展されていたソリューションで、筆者が感心したのは、AirTagのようなBluetoothのビーコンを使う方法です。
ドライバーは入場時にカードタイプのビーコンを受け取ります。
事業所側は、あらかじめ待機場所、バース、事務所などに、受信機を用意しておきます。
それぞれの時間は、受信機がビーコンを検知、あるいはロストしたタイミングを記録、それぞれ荷待ち・荷役・付帯作業の時間として計上します。
もちろん、自動記録するのでドライバーは操作をする必要がありません。
製品としてはカードタイプのほか、車載器タイプもありました。担当者は、「Bluetoothなので、受信範囲が狭いのが課題です」と言っていました。
また、この方法では、荷待ち・荷役・付帯作業それぞれが違う場所で行われることが前提になります。
こういった課題はあるものの、考え方としてはとても素晴らしいと思います。
ご紹介した3つの方法は、ドライバーへの負担(手間、作業プロセスの変更など)を最小限に抑えるように設計されています。
このように、業務改善・変革に伴う現場の摩擦やストレスを、デジタルツールによって最小限に抑えようという新たな概念が、フリクションレス、あるいはステルスDXなのです。
ただし、フリクションレスもステルスDXも、最強の業務改善・変革方法ではありません。
世の中のあらゆるものと同様に、デメリットもあります。
まず最初に考えるべきは、「そもそも旧来のプロセスを踏襲することの是非」です。
プロセス自体に問題があるのであれば、本来であれば痛みを伴ってでもプロセスの見直しを考えるべきです。
「現場の反発が怖い」とフリクションレス・ステルスDXに逃げるのは、問題の先送りにしかならないからです。
次に考えるべきは、「導入・開発コストが割高になりやすいこと」です。
先の例で言えば、AIによる動画解析は万能性が高いという優れたメリットがあるものの、カメラ等のハードウェアや設置費用、解析システムのライセンス料などがかかるため、それ相応のコストが発生します。
経営者からすれば、「君たち(従業員たち)が素直に頑張ってくれれば、余計な投資をしなくて済むのに…」と思うかもしれません。
さらに考えなければならないのが、改善すべきポイントが、見えにくくなることです。
バース予約受付システムを例に考えましょう。
たとえば、「(物流センターや工場の)構内に5時間も滞在しているトラック」があったとします。
人が都度受付をしていれば、「あれ!?」と気づく可能性が高いですが、バース予約受付システムによって自動受付にしてしまうと気がつかないかもしれません。
「寝てました」だったら笑い話で済みますが、心臓発作、脳梗塞、大動脈解離などで意識を失っていた場合、人命にかかわる緊急事態です。
そこまでのケースでなくとも、毎日手入力していれば発見できたはずの異常が、デジタル化されたことで見過ごされることもあるでしょう。
これは改善に対する気づきの機会を失うことにもつながります。
フリクションレスやステルスDXは、使い方を誤ると、かえって本質的な改善や変革の支障となることがあります。このことは、よくよく留意しておく必要があります。
企業の本質は人です。
従業員の成長なくして、企業の成長はあり得ません。
「可愛い子には旅をさせよ」と言います。
不要なストレスや摩擦からは従業員を守る必要がありますが、これが過保護になると、従業員が成長する機会そのものを奪ってしまう可能性があるのです。






