秋元通信

その「大丈夫!」があなたを危険に晒す 正常性バイアスの話

  • 2018.9.13

数年前のことです。
地方に住む、私の友人がFacebookにこんな投稿をしました。
 

「台風スゴイ! うちの前の川も増水してて、ついに避難勧告出たよ^_^;」

 
ひ、避難勧告!?
驚いた私は、すぐにコメントを書き込みました。
 

「いやいや、Facebookなんかやってないで、すぐに避難してください。お子さんもふたりいるので、たいへんかと思いますが…」

 
すると、こんな返事が書き込まれました。
 

「でも、旦那もまだ帰ってこないし。さっき川を見に行ったんだけど、まだ大丈夫そうだったんですよ」

 
台風21号、そして北海道胆振東部地震とすさまじい災害が続けて発生しました。
被害にあわれた方々、今なお苦難の只中にいる方々には、心からお見舞い申し上げます。
 
一方で、被害にあわなかった(私を含めた)人々は、今回の悲劇を対岸の火事と思わず、防災に対する備えをあらたにする必要があるのではないでしょうか。
 
今回は、時に悲劇的な結果を招く危険な心理、「正常性バイアス」について考えます。
 
 

『正常性バイアスとは、認知バイアスの一種。社会心理学、災害心理学などで使用されている心理学用語で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のこと。

自然災害や火事、事故、事件などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまい、都合の悪い情報を無視したり、『自分は大丈夫』『今回は大丈夫』『まだ大丈夫』などと過小評価するなどして、逃げ遅れの原因となる』 (Wikipediaより

 
 
言葉で説明するよりも、事例で説明したほうが理解しやすいかも知れません。
ある実験をご紹介しましょう。
 
その実験は、2016年1月、都内某ホールにて実施されました。
 

◇実験1

 被験者は、TV収録のイベント観覧を名目として集められたエキストラ80名が対象です。
まず、災害警報が鳴り始めます。2分後、災害警報の音が大きくなり、避難を促すアナウンスが鳴り続けます。その後、実験終了の10分後まで警報とアナウンスが鳴り続けます。
 
どうなったと思いますか?
最初の避難者があらわれたのは、5分を過ぎた時点でした。3名同時に席を離れた人があらわれました。
その後、周囲の人たちがゆっくりとしたペースで避難し始め、10分後の事件終了までに56名が避難を行いました。
逆に、24名の人々は最後まで避難しませんでした。
 
 

◇実験2

 
実験1で登場した80名にサクラとして協力してもらい、新たに加わった20名が今回の被験者です。
災害警報やアナウンスのタイミングは実験1と同様です。しかし、サクラである80名の人々には、避難をしないようにお願いしています。
 
さて、こちらの実験はどうなったのでしょうか?
被験者の20名は、10分後の実験終了まで、ひとりも避難しませんでした。
 
 
さらに本実験ではカメラを用いて、被験者たちの頭の動きを観察していました。
「頭が動いている」=「状況に不安(ないし疑問)を感じている」という証だと考えられます。
 
実験1では、サイレンが鳴り始めた時点で、まず被験者の頭の動きが激しくなります。しかし、その後、アナウンスが流れても頭の動きは落ち着いてしまいます。動きに変化が見られたのは、最初の避難者が出てからです。以降は時間の経過とともに、頭の動きが活発化していきます。
実験2では、実験終了後まで被験者の頭の動きが活性化することはありませんでした。
 
実験終了後、被験者に「なぜ避難をしなかったのか?」アンケートを取りました。
 

  1. 身の危険を感じなかった。
  2. 周囲が動かなかったから。
  3. 本当ならば、スタッフが誘導するはず。
  4. 避難放送は誤作動が多く、信用できない。
  5. 最初に逃げると目立つから嫌だ。

これらの理由に、ツッコミを入れてみましょうか。
 
1.身の危険を感じなかった。
→「危険を知らせるのが警報です。警報が鳴っている時点で危険を感じるべきでは?」
 
2.周囲が動かなかったから。
→「では周りのせいにして、あなたも一緒に死ぬんですね」
 
3.本当ならば、スタッフが誘導するはず。
→「死んじゃった後で、不手際なスタッフを訴えようとしても遅いですよ」
 
4.避難放送は誤作動が多く、信用できない。
→「『ああ、今回も誤作動で良かった…』とは考えられませんか」
 
5.最初に逃げると目立つから嫌だ。
→「では、見栄を張ったまま死んでください」
 
あえて言葉尻を過激にしてみました。ご容赦ください。
平常時には、おそらくは多くの方々がツッコミ側にシンパシーを感じていただけるのではありませんか。
しかし、いざ危機に自分自身が直面すると、実験被験者と同じように感じ、また「待って」しまう心理現象、これが正常性バイアスであり、その恐ろしさなのです。
 
バイアス(bias)とは、「偏り」という意味です。心理学では、「偏見」や「先入観」、もしくは転じて「誤り」といった文脈で使われます。
 
「1.身の危険を感じなかった」、「5.避難放送は誤作動が多く、信用できない」は、正常性バイアスの典型的な発想です。「大丈夫なはず!」と勝手に思い込んでしまっているわけです。
 
「2.周囲が動かなかったから」、「6.最初に逃げると目立つから嫌だ」といった心理を、集団同調性バイアス(ないし多数派同調性バイアス)と言います。集団同調性バイアスとは、周りの人たちの行動と同じように振る舞おうとする心理状態をさします。
 
例を挙げましょう。
2011年9月11日、アメリカ同時多発テロが発生しました。あの悲劇では、ハイジャックされた旅客機がワールド・トレード・センターに激突しました。ワールド・トレード・センターから脱出し、生き延びた方々に聞き取り調査を行った結果、以下の事実が分かりました。
 

  • 旅客機衝突後から避難開始まで、平均約6分かかっていること。
  • 人によっては30分間も避難しなかったこと。
  • およそ1000名が、PCのシャットダウンや身の回りのものの整理、知人に電話するなどして逃げ遅れたこと。

ワールド・トレード・センターの73階から逃げ出し、生還したエリア・セデノさんは、実に興味深い発言をしています。
 

『不思議なことに全然焦る気持ちが起こらなかった。
ビルの揺れ方、音響からして本当は焦りまくっていいはずなのに、まるで意図的に自分の心が音をシャットアウトしてしまったようだった』

 
ビルは南側に傾き、極めて危機的な状況にあるにもかかわらず、セデノさんを含めた周囲の人々は状況を受け入れられず、避難行動を起こさなかったそうです。
 

『何が起こったの?』

 
尋ねるセデノさんに、ひとりの同僚が叫びます。
 

『ビルを出ろ!』

 

『あのとき、その声が聞こえなかったら、自分でも今頃どうなっていたか分からない』

 
彼女はただその命令に従っただけだと語っています。
 
セデノさんの事例は、正常性バイアスによって正常な判断を失い、また異常事態に直面し「凍り付き症候群」とも呼ばれる、言わば感受性に蓋をされた状態に陥りました。しかし、同僚の行動に促された、つまり集団同調性バイアスによって避難行動を開始し、命を拾ったことになります。
 
 
正常性バイアスは、とても手強い敵です。
しかし、その手強い敵を打ち破る心理テクニックがあります。例えば、子供のこととなると親は途端に危険に対するアンテナが敏感になります。これを心配性バイアスと呼びます。
 
「自分の身を護るため」ではなく、「大事な人を守るため」に行動を考えること。
そうすることで、手強い正常性バイアスを打ち破ることができるのです。
 
『釜石の奇跡』をご存知でしょうか。
東日本大震災の時、釜石市における小中学生の生存率は、99.8%でした。これには、「津波てんでんこ」(※後述します)といった語り継がれた防災意識に加え、心配性バイアスを利用した防災教育が行われていた結果です。
 

『君たちは守られる側ではなく、守る側だ。自分より弱い立場にある小学生や高齢者を連れて逃げるんだ』

 
これが釜石市の中学生に行われてきた防災教育です。正常性バイアスによって留まろうとする意識を、心配性バイアスによって避難行動へと上書きするわけです。
 
もうひとつ、正常性バイアスを打ち破る心理テクニックをご紹介しましょう。
それは、手強い同調性バイアスを逆に利用する方法です。
こちらは簡単です。誰かが最初に逃げ出せば、同調性バイアスによって周囲の人も避難を開始します。周囲の人を助けたいと思ったら、まずあなたが逃げ出せば良いのです。説得とか根回しとか、そんなものは不要です。「逃げるんだ!」と叫び、避難を開始してください。
あなたの勇気ある行動が、あなたと周囲の人達を救います。
 
 
先の実験に話を戻します。
「1.身の危険を感じなかった」を正常性バイアスによる誤判断だと申し上げましたが、この指摘に対し、このように反論する方がいます。
 

『でも、これは実験であって本当に危機的状況にはなかったわけだから、判断は間違ってなかったことになるよね』

 
冒頭のFacebookでのエピソード、彼女はふたりの未就学児と一緒に自宅にとどまり続けました。夜半過ぎに避難勧告が解除された後、彼女はこのように書き込みました。
 

『ほら、大丈夫だったでしょ。避難しなくてよかった』

 
この論法は正しいですか?
論理的に考えてください。
 
「避難しなくても身の安全は保たれた」という結論は、結果論でしかありません。
そして、災害時の判断を誤ると、その結果は最悪死亡という、取り返しのつかない悲劇を生むこと、これを忘れてはいけません。
 
災害発生時、身を護ることを最優先に行動すべきです。
繰り返します、失敗したら最悪死んじゃうんですから。
 
「避難しなくても大丈夫だった」、良いじゃないですか?
避難という最善の行動は無駄ではありません。災害という非常時に、最善の行動をきちんと選択できた自分を褒めてあげましょう。
 
昔は、災害時には人々はパニックを起こすものだと考えられていました。
ところが、パニック映画で描かれるような、分かりやすいヒステリーが発生するようなケースは現実には少ないことが分かっています。正常性バイアスに支配された人々が、結果として逃げ遅れ、被害に遭うケースが、大規模な災害が発生するたびに観察されています。
 
残念ながら、近年の災害発生件数は異常です。
だからこそ、私どもが、自らの命を守るため何ができるのか?、常日頃から考えておく必要があります。
 
本記事が、少しでもそのきっかけになれば幸いです。
 

【補足】「津軽てんでんこ」

 
「津波が来たら、取る物も取り敢えず、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」、「自分の命は自分で守れ」という、防災の教えのこと。
 
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1312
 
 

参考および出典

 
『防災』 2017年2月号 (公益財団法人 東京連合防火協会)

防災・減災のための心理学 (第二回) 再考 :災害情報三大用語:「オオカミ少年」・「倍半分」・「正常性バイアス」』
 

 
『電子情報通信学会 技術研究報告書』 2017年3月20日~21日 (一般社団法人 電子情報通信学会)

避難時における正常性バイアスと集団同調性バイアスの計測 災害時に人はなぜ逃げないのか?

 
 
『甲南法務研究』 2015年3月

性犯罪の被害者の供述の信用性に関するあるべき経験則について : 防災心理学の知見の応用 : 正常性バイアスと凍り付き症候群掲載誌

 
 


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