秋元通信

子供へのスポーツ指導から考える、2種類の「負けず嫌い」

  • 2021.10.13

アテネオリンピック、北京オリンピックと、100m、200mの平泳ぎで金メダルを獲得した北島康介さんですが、実は中学記録、学童記録をマークしたことはありません。ジュニアオリンピック優勝、全国中学校選抜優勝などの記録は持っていますが。
 
北島康介さんを育てた平井伯昌コーチは、その理由について、「もう時効でしょうから…」と前置きをしたうえで、このように語っています。
 

「人って記録を出すと、どこかで満足するんですよ。そして伸びよう、伸びようとする何かを、その満足感が止めてしまうものなんです。康介に記録を出させるのは、日本選手権にしたいと考えた。こんな時期(※中学3年生の最後の試合前)に小さな満足感を与えたら、後々よくないのではないか、そう思って、独断で決断しました」

 
そして、平井コーチは、試合の直前に過剰な練習を課し、わざと疲労させて試合に出場させたそうです。結果、当時中学生だった北島さんは、春のジュニア・オリンピックにおいて、100mで4位、200mは予選落ちしたそうです。
 
平井コーチは、北島少年が備えていた、強い負けず嫌いの素養を見抜き、そして北島少年の将来に期待をかけて、あえてこのような奇策を実行しました。
 
結果的に、北島康介さんは歴史に残る、偉大なアスリートの仲間入りをしました。
しかしこれは極端な例であって、時として、負けず嫌いは、よくない方向に作用することもあります。
 
 
 

負けることが分かった瞬間に、勝負を放棄した小学生

 
それは運動会で起こりました。
知人の息子は、ふだんから足が速いことを、本人も、そしてクラスメイトたちも認めていたと言います。
 
運動会のクラス対抗リレーでも、彼はメンバーに選出されます。
リレーの前、彼はガチガチに緊張していたそうです。
 
いざレースが始まり、彼がバトンを受け取るときのことです。彼は、誤ってバトンを落としてしまいました。
もうリレーには勝てない ── それを悟った彼は、ふてくされて、ダラダラと走りました。もちろん、結果彼のクラスはビリとなりました。
もし、彼が自身のミスを挽回しようと、必死に走れば、ビリになることはなかったでしょう。もしかすると、逆転のチャンスだってあったかもしれません。
 
しかし、彼は自ら、すべての可能性を潰してしまったのです。
 
 
別のお子さんの話です。
彼は、足は速くありません。
ですが、徒競走は大好きなんだとか。
 
「僕ね、5人中3位だったんだ!」── 運動会が終わった後も、楽しそうに徒競走の様子をご両親に語っていたそうです。
 
 
 

負けることは苦痛である

 
負けるということは、人間にとって本能的な苦痛です。
他者との勝負に負けると、精神を安定させる作用を持つ脳内の神経伝達物質であるセロトニンのレベルが低下し、またストレスによって視床下部や副腎から分泌されるコルチゾールが増加することが研究の結果、分かっています。
 
バトンパスを失敗し、ふてくされてしまったお子さんの場合、自身のミスによって、負けることが確定したこと(少なくとも、リレーで優勝はできないこと)を受け入れることができなかったのでしょう。
 
その結果、負けず嫌いが、よくない方向へと作用してしまいました。
 
では、「5人中3位だったんだ!」と楽しそうに語っていたお子さんには、負けず嫌いの気持ちはなかったのでしょうか?
3位という成績は、良いとは言えません。
それでも、彼が楽しそうだった背景には、どんな気持ちの動きがあったのでしょうか。
 
 
 

「負けず嫌い」の定義とは

 
日本スポーツ心理学会のラウンドテーブルディスカッションでは、負けず嫌いについて、以下のように定義しました。
 

「自己の判断基準に基づく他者あるいは自己との比較において、達成状態ではないと判断した時に生じる感情に対して強く反発し、満足できる状態まで到達させようとする比較的安定した個人的特性」

 
また、負けず嫌いの特性として、以下の四つを挙げています。
 

  1. 勝利希求(勝ち気)
  2. 固執(勝敗へのこだわり、執念)
  3. 悔しさ(腹立たしさ、歯がゆさ)
  4. リベンジ(仕返し、見返し)

 
バトンパスを失敗してしまったお子さんは、来年の運動会でもリレーに出場す意欲を持てるのでしょうか?
もしかしたら、彼は、上記3.「悔しさ」を二度と味わいたくないと思い、そして4.「リベンジ」を果たすことなく、「足が速い」自分を捨て、リレーや短距離走(徒競走)から目を背ける可能性もあるのではないでしょうか。
 
冒頭に挙げた、北島康介さんのエピソードは、北島少年の負けず嫌いが人一倍強かったゆえに、悔しさを跳ねのけ、リベンジへの原動力につながったから、結果OKだっただけです。
場合によっては、負けという結果に押しつぶされ、競技から離れてしまう可能性もあった、危険な賭けであったと、私は感じます。
 
 
 

他者に対する勝ちにこだわる危険性

 
負けず嫌いの定義における、ポイントのひとつは、「他者あるいは自己との比較において」の部分です。
他者に対する勝ちにこだわる危険性は、多くの指導者が指摘しています。
 
サッカーや野球、バスケットボールなどの対戦スポーツの場合、出場者の半分は勝利を獲得できます。しかし、陸上競技や水泳など、記録を競う競技の場合、勝利を掴むのは、全出場者のうち、ひとりだけです。出場者が10人だろうが、1000人だろうが、競技上の勝者はひとりだけなのです。
 
サイクルロードレースの指導者であり、数々の有力選手を育成した実績を持ち、日本代表チームの監督も務めてきた浅田顕さんは、小学生、中学生段階での選手育成について、このように警鐘を鳴らしています。
 

「子どもたちに対し、過剰に勝利へのこだわりを植え付けると、競技に対するモチベーションを下げてしまう危惧が高い」

 
サイクルロードレースも、ひとつのレースにおいて、場合によっては100人、200人単位の選手が出場する競技です。優勝し、勝利を手にするのは簡単なことではありません。
実際、プロ選手の中でも、一度も勝利することなく、引退を迎える選手もいます。
 
他者に対する勝ちにこだわりすぎると、スポーツそのものを楽しむことができなくなる可能性があるのです。
 
 
 

自分自身に対する負けず嫌い

 
テニスの錦織圭選手は、自身の負けず嫌いについて、このように語っています。
 

「ファイナルセット(最終セット)で負けると、自分の記録に傷がつくと思うことがある。でも、それがメンタル面を助けてくれる。負けず嫌い。それだけです」

 
錦織圭選手の心中に、他者に対する勝ちへのこだわりがないわけがありません。
そもそも、そんな選手は、一流にはなれないはずですから。
 
ただ、錦織圭選手の負けず嫌いには、他者に対するものと、自分自身に対するものの2種類がバランスよく存在しているのではないでしょうか。
 
「5人中3位だったんだ!」と楽しそうに語っていたお子さんのことを、私はよく知りません。ですが、彼の心のなかにあったものは、きっと「足が速くない」自分との勝負だったのでしょう。そして、その勝負に勝利したからこそ、彼は「5人中3位だったんだ!」と楽しそうに語ることができたのではないでしょうか。
 
 
 

負けず嫌いの備える両義性

 
負けず嫌いの人は、向上心が強く、大成すると言われています。
勝利という明確な目標があるわけですから、負けず嫌いの人は、努力をして物事に挑む傾向が見受けられます。
これは、負けず嫌いの大きなアドバンテージであり、メリットでしょう。
 
一方、負けず嫌いの弱点は、負けたときに顕在化します。
すでに述べたとおり、負けることは苦痛を伴います。負けることによって生じた痛みを解消するために、北島康介さんのように、次の勝利に向けて、新たな努力をできる、強い心を備えていれば、問題はありませんが。
 

  • 自責に耐えられず、他責にすり替えてしまう。
  • 負けの重みに耐えきれず、トラウマだけが残る。スポーツなど、負けの対象となった行為から逃げるようになる。
  • 短期的には、負けた行為がフラッシュバックし、負の心理連鎖が発生し、ひどく気持ちが落ち込むことが起こりうる。長期的には、自己肯定感の常態的な低下に繋がる可能性がある。

 
このように、自身への過剰な攻撃や、他者への攻撃にすり替わってしまうケースが発生しうることが、負けず嫌いのデメリットです。
 
余談ですが。
私の知人で、天地無用の意味を間違えて、逆さにしてはいけない荷物を逆さにしてしまい、商品事故を起こした人がいます。
負けず嫌いの彼は、天地無用の語源を調べ、それでも自分の間違いを認めることができずに、このような結論に至りました。
 
「これは、言葉の誤用が一般化し、それが定着してしまったんだ。だから俺は間違っていない」
 
以降、立場のある彼は、社内で天地無用という言葉を使うことを禁じ、倉庫内にあった天地無用ステッカーもすべて破棄させたそうです。
 
 
負けず嫌いそのものは、望ましいものです。
ただし、負けず嫌いは、良く作用すれば薬に、悪く作用すれば毒になる、諸刃の剣であることを忘れてはなりません。特に、他者に対する負けず嫌いは、デメリットを生じさせるケースも多くあります。
 
子どもやスポーツ教育における負けず嫌いにおいては、とかくフォーカスされがちな他者に対する負けず嫌いだけでなく、自己に対する負けず嫌いをきちんと育てることが大切です。
 
ちなみに、本稿では子どもを例に挙げてきましたが、これは企業におけるマネジメントにも共通します。
90年代に台頭した、日本企業における実力主義は、他者に対する負けず嫌いをとことん利用するものでした。しかし、こういった風潮は、時として従業員たちのメンタルヘルスを脅かし、時として企業不正を生む温床となりました。
 
企業マネジメントにおける、負けず嫌いに対する評価の変遷は、またいつかテーマとして取り上げましょう。
 
 
 
 

参考・出典

 

  • 負けず嫌いは育てられるか (富田久枝)
  • 負けず嫌いと向上心 (中谷素之)
  • スポーツの”負けず嫌い”は万能か (長田渚左)
  • スポーツ心理学から見た負けず嫌い (西田保 佐々木万丈 北村勝郎)
  • 負けず嫌いのもう一つの心理 はじめから勝負をおりてしまう子

 
 
 


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