秋元通信

「運動した後の食事は美味しい」のは何故か?、科学的に検証する

  • 2022.6.28

「運動した後の食事って美味しいよね!?」
 
例えば、ゴルフの後。
例えば、スポーツジムで一汗かいた後。
例えば、草野球の試合を終えた後、仲間と食べる食事など、「運動後の食事って美味しいな!」と感じたこと、皆さまも経験があるのではないでしょうか。
 
これ、実は科学的にも裏付けがあることなんです。
運動の前後で生じる、味覚嗜好の変化に対する研究をご紹介しましょう。
 
 
 

味覚とは

 
基本的な味の要素として挙げられるのは、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5つです。これを五基本味と呼びます。
五基本味は、舌に存在する味蕾という、味覚を感じる器官で検知できる味とされています。しかし、実際に私たちが感じる味は他にもあります。
例えば辛味は、痛みの一種として脳では検知しており、他の味覚とは少し扱い(脳内での認知処理)が違うことが分かってきました。他にも、6番目の味の候補として、カルシウム味、脂肪味、でんぷん味などが挙げられ、研究が続けられています。
 
 
 

運動による味覚嗜好の変化

 
例えば、激しい運動の後に、食欲がなくなることは、よく知られています。
最大酸素摂取量の60%以上となる有酸素運動を行うと、食欲増進効果のあるアシル化グレリンというホルモンの分泌量が低下することが、食欲減退の原因とされています。もっとも、運動後30~60分後には、アシル化グレリンの分泌は平常値に回復し、したがって食欲も復活します。
 
他にも運動をすると、以下のような味覚嗜好の変化があらわれることが知られています。
 

  • 運動後は、甘味、塩味、酸味を求めるようになる。
  • 逆に、運動後は、うま味を求める嗜好は低下する。
  • 苦味については、運動前後で嗜好変化はない。

 
さらに、運動前後ではなく、運動習慣の有無によって、味覚嗜好に傾向があることも知られています。
 

  • 運動習慣のある人は、甘味をあまり好まない。
  • 高いレベルの運動を行う人ほど、塩味を好む。

 
また、発汗量が多い人ほど、塩味を好む傾向があるとされています。
 
運動後に塩味を求めるのは、発汗によって体内のナトリウムが失われることによる、生理的欲求と考えられています。この考え方を発展させると、運動前後で生じる味覚嗜好の変化は、運動によって失われたものを補おうという生理的欲求が原因であるという仮説が導かれます。
 
 
 

運動習慣がない人における、運動後における味覚嗜好の変化

 
まず、運動習慣がない人を対象に行なった研究結果をご紹介しましょう。
 
被験者は、最大心拍数の50%にあたる運動(エアロバイク)を行った後、「どの味覚の食べ物を食べたいか?」をヒアリングされます。
 
結果、半数が「甘いものを食べたい」と答え、1/4は塩味とうま味を求めたそうです。
さらに、「甘いものを食べたい」と言わなかった集団に、追加で運動を継続させたところ、甘味を求める人が増えました。
 
なお、別の研究では酸っぱいものを欲しがる、すなわち酸味に対する嗜好変化もあらわれたそうです。ただ、苦味に対しては、あまり増加しなかったんだとか。
確かに、運動後にコーヒーを飲みたいとはあまり思わないかもしれません。
 
 
 

運動習慣がある人における、運動後における味覚嗜好の変化

 
ある女子大学では、ラクロス部の部員たちを対象に味覚嗜好の変化に対する調査が行われました。
 
この調査では、高強度の運動、低強度の運動をそれぞれ行わせ、一日の生活の中で、それぞれの味覚に対する嗜好変化を観察しました。
 

  • 空腹感
    高強度運動後、低強度運動後ともに、昼食前、夕食前に増加。
  •  

  • 塩味
    低強度運動後の、昼食前、夕食前に増加。※
  •  

  • 甘味
    高強度運動後の夕食前に増加。

 
 
さらにこの研究では、辛味、脂肪味についても観察しています。
 

  • 辛味
    低強度運動後の昼食前、夕食前に増加。
  •  

  • 脂肪味
    高強度運動後、低強度運動後ともに、夕食前に増加。

 
 
 

矛盾も見られる味覚の嗜好変化

 
さて、ここまで研究成果をご紹介してきましたが、いくつか矛盾があることにお気づきでしょうか?
 
例えば、※については、高強度運動の方が発汗量が多いでしょうから、塩味を求めそうなものですが、そのような観察結果は得られていません。
そもそも、筆者は「運動習慣のある人は、甘味をあまり好まない」というのが、まったく同意できません。
 
ある研究でも、矛盾が指摘されています。というのは、もし「運動後の味覚嗜好変化が生理的欲求に従うもの」であるはずであれば、当然運動後に上昇すべきタンパク質を含む食べ物や味覚(うま味や脂肪味に相当)に対する嗜好が下がっているからです。
 
先のラクロス部員たちの日常的な食事を調べたところ、タンパク質の摂取量が足りていないことも分かりました。
「運動後の味覚嗜好変化が生理的欲求に従うもの」であれば、自ずとタンパク質を多く接種できるような肉、卵、魚類などを食べたいと思うはずですが、そうではなかったのです。
 
 
 

「身体の欲求に耳を傾けなさい」は本当なのか?

 
「もっと身体の声に耳を傾けなさい。そうすれば、本当に身体が必要としている食べ物、栄養素が聴こえてくるはずです」的な訓話を見ることがあります。行き着くとこまで行き着いちゃったような、ヨガ系、スピリチュアル系の人たちが言いがちな言葉ですね。
 
この主張は、冒頭に挙げた「運動前後で生じる味覚嗜好の変化は、運動によって失われたものを補おうという生理的欲求が原因」という文脈にも合致します。
 
しかし、これって本当に正しいのでしょうか?
少なくとも、これまでご紹介した研究結果を診る限り、私たちが身体から正しいメッセージを受け取れているとは思えません。
 
そもそも、人が常に身体から正しいメッセージを受け取れているのであれば、筆者のようなわがままボディ(要はデブということです)体型の人など生まれないでしょうし、生活習慣病、成人病などを発症することはないでしょう。
 
 
 

食べ物の嗜好学習

 
しかし一方で、運動前後における味覚の嗜好変化が、必ずしも身体からの生理的欲求を原因としないのであれば、味覚の嗜好変化の原因は、どこにあるのでしょう?
 
ヒントとなるのが、「食べ物の嗜好学習」です。
これは、ある食べ物を食べたときに生じた感情が、「楽しい」「おもしろい」「気持ちいい」などといったポジティブな感情だった場合には、以降その食べ物を好んで食べたくなるという行動を指します。
 
もちろん、逆もあります。
「悲しい」「苦しい」「しんどい」「つらい」といったネガティブな感情とともに食べた食べ物は、「食べ物の嫌悪学習」によって嫌いになる可能性があります。
 
例えば、部活動の後、仲間たちとともにワイワイガヤガヤしながら、学校近くの中華料理屋に通っていたとします。これは間違いなく好ましい感情を伴っています。したがって、そのときにいつも食べていたチャーハンが好物になる、といった「食べ物の嗜好学習」が発生する可能性があります。
 
「運動した後の食事って美味しいよね!?」
 
これは、もちろん身体が欲する生理的欲求によるものもあるでしょう。
しかし、過去に経験した好ましい思い出が、「運動した後の食事って美味しいよね!?」という感情を想起させ、実際に美味しいと感じている可能性もあります。
 
味覚に関する研究って、まだまだ発展途上です。今回ご紹介した研究結果は矛盾も含んでいるように思いますが、さらに研究が進めば、もっと高次元での説明がつくようになるかもしれませんね。
 
 
 
ちなみに、皆さまがこれまで食べた、一番美味しかった食事はなんですか?
 
僕は、西伊豆の海岸で食べた冷凍からあげと塩むすびです。
その一ヶ月前、僕はトラックドライバーを辞めました。ちょうど同じタイミングで辞めた仲間がもう一人いました。すると、会社に残ったメンバーらが、私たちを伊豆旅行に誘ってくれたのです。
海でたわむれ、貸別荘で酒を呑み、皆で雑魚寝をしただけの旅行でしたが楽しかったですね。
冷凍からあげと、塩むすびは、二日目の昼食として、仲間の1人が用意してくれたものでした。
前日買い出しを行ったものの、食べなかった冷凍からあげをそのまま自然解凍。
塩むすびは、中に入れる具がないものですから、結果塩むすびになっただけです。
 
本当に美味しかったです。あの味は、忘れられないです。
 
今でも、私がおむすびが大好きなのは、もしかするとあの時の「食べ物の嗜好学習」の結果なのかもしれません。
 
 
 
 

参考および出典

 

  • 身体運動による味覚嗜好の変化に関する研究
    塚中 敦子, 神谷 真子
    朝日大学保健医療学部健康スポーツ科学科紀要
    2022.3
  •  

  • 楽しく味わう体験が食嗜好に及ぼす影響
    濵口 郁枝
    アグリバイオ
    2022.1
  •  

  • 運動習慣のある女子大学生における高強度運動および低強度運動クロスオーバー試験後の食事摂取量と味覚嗜好の変動
    雀部 沙絵, 大鐘 香苗, 陣内 南美, 亀田 萌乃
    淑徳大学看護栄養学部紀要
    2022 p.9-21

 
 
 
 

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