秋元通信

情報社会が生んだ新たな社会課題、「情報の非対称性」を解説

  • 2024.9.17

 知人が引越したときのエピソードです。
 
 知人が新居として選んだのは、閑静な住宅地にある賃貸マンションの1Fの部屋です。駅からはやや距離があるものの、小さな公園が隣接していて、環境としては申し分がありません。
 ベランダ前にある緩衝帯の手入れが不十分で、もさもさと雑草が生えていることが少し気になりましたが、知人はその部屋を契約することにしました。
 
 契約の際、不動産会社の担当者が、害虫駆除や殺菌を目的とした有料の燻蒸サービスを勧めてきました。
 
「中には、『燻蒸サービスなんて不要だよ』とおっしゃる方もいらっしゃいますけど。やっぱり必要なんですよ。ゴキブリや蜘蛛などの害虫は、どうしても発生しますから。
 以前担当したお客様も必要ないとおっしゃったのですが、入居後、室内に発生する害虫に困って、後から燻蒸を行いました。
 でも燻蒸って、入居前に行わないと効果が半減します。結局、そのお客さまは1年で退去されてしまったんですけど…」
 
 不動産会社の担当者は熱心に燻蒸サービスを勧めてきますが、知人は「そんなの、入居する前に自分でバルサンを炊けばOKだろう?」と考え、契約しませんでした。
 
 自身の判断を、知人は入居後、後悔することになります。
 ゴキブリの発生はさほどではなかった(でもゼロではありません)のですが、小さな蜘蛛や、アリが大量に発生したのです。とてもベランダに洗濯物を干すことはできません。
 
 洗濯物については、乾燥機を使えば問題はなかったのですが、蜘蛛・アリは、室内にも容赦なく侵入してきます。緩衝帯に茂った草むらで発生していたのでしょうね。
 
「結局ね、ウチも1年経たずに転居したよ。でもさ、今から考えると、不動産会社の担当者が話していたコトって、あの物件の話だったんだと思うんだよ。
 まあ、不動産会社の立場からすれば、『あなたが契約した物件は虫がスゴイから、燻蒸サービスを利用してください』なんて言えないだろうけどさ…」
 
 知人は渋い顔で、このように当時を振り返っていました。
 
 
 

情報の非対称性とは

 

「契約理論と経済学において、情報の非対称性(Information asymmetry)とは、取引における意思決定の研究で一方の当事者がもう一方よりも多くの、または優れた情報を持っている状態のことをいう。
 
 情報の非対称性は取引における力関係の不均衡を生み出し、時には取引の非効率性を引き起こし、最悪の場合は市場の失敗を招く」
(出典:Wikipedia

 
 情報は、すべての人に等しく与えられているわけではありません。
 先のエピソードで言えば、不動産会社側は、「この物件には、害虫が多く発生する」という情報を持っており、対して顧客側はその情報を持っていませんでした。
 
 その結果、「1年で退去せざるを得ない」という予想外の事態を、顧客側は経験したのです。
 
 
 情報の非対称性は、ありとあらゆる場で発生します。
 ビジネスにおける売り手と買い手の関係はもちろん、行政と市民、組織内の上司と部下、あるいは友人・知人間でも発生します。
 
 また、先のエピソードでは売り手側がリッチな情報を持っていたのですが、逆、つまり買い手側がリッチな情報を持っているケースもあります。
 
 
 

情報の非対称性による損害を回避する方法

 
 売り手よりも買い手の方が、よりリッチな情報を持っている例として、よく挙げられるのが、生命保険です。
 売り手である保険会社は、買い手である被保険者の健康状態を完璧に把握することは不可能ですから、中には巧みに(あるいは結果として)「持病を隠す」ことで、情報の非対称性を原因に、保険会社側が損を被るケースもあります。
 
 M&Aも同様です。
 全盛期のダイエーは、地方・地域の量販店をM&Aすることで販路拡大を図っていましたが、中には爆弾になりかねない情報を隠していた買収先もあったと聞いたことがあります。
 ある関係者は、「パチンコ屋を抱えていた買収先があって…。もちろんダイエーのビジネスに対し、パチンコ屋がシナジー効果を生むわけもないんだけどね」と嘆いていました。
 
 この例は、まだM&Aの手法が未熟な時代ゆえに発生した損害かもしれませんが。
 
 では情報の非対称性を原因とする損害を回避するためには、どのようにすれば良いのでしょうか?
 
 
 筆者が、Web制作会社に勤めていた頃、Microsoftから同社Webサイトの保守更新を打診されたことがあります。
 
 ビッグネームのクライアントですから、当然、営業であった筆者も、会社上層部もその打診に色めき立ちました。
 ただし、問題は初期投資でした。
 専用のPC、専用のソフトウェア、専用のセキュリティポリシーなどを、この仕事を受託するためには、(具体的な金額はナイショですが)相当な金額の初期投資が必要だったのです。
 
 Microsoftの担当者は、次期OSのリリースが控えていることを示し、「初期投資コストなんて、カンタンにクリアできるだけの売上と利益が待っていますから!」と、実に魅惑的な話をしてきます。
 
 「…、そうなんだろうな」とは思いつつ、かと言って相手の言うコトを鵜呑みにする勇気も出せず…
 
 結局、初期投資を必要としない仕事を3ヶ月間、「お試し」と称し、お願いすることで、当方の決定を保留させてもらうことにしました。
 
 結論から言うと、この判断は正解とも間違いとも判りかねる結果となりました。
 
 営業的に言えば、Microsoft側は別のWeb制作会社を選び、当方は切られました。
 一方で、「お試し」期間に頂いた仕事は、ボリューム、売上ともに、初期投資の回収を予測可能なレベルではありませんでした。
 
 さらに言えば、先方の要求内容が高く、利益率が低かったこともマイナス要因でしたし、先方が餌として提示した次期OSリリースは、2年近くも遅れてしまいました。
 
 こういうことを総合的に考えると、「『やらなくて良かった』というよりは、ウチのような中小には、決断しきれない案件だったのかな…」と、未だに筆者は考えています。
 
 
 情報の非対称性によるリスクを回避するためには、さらなる情報収集や、相手とのより密なコミュニケーション、そして分析が必要となります。
 ただし、それがビジネスであれ、あるいは人間関係であれ、状況は刻一刻と変化していきます。さらに言えば、どんなに頑張っても得られる情報の量と精度には限界もあるでしょう。
 
 情報の非対称性は、経済分野のみならず、情報社会の今、社会全体の課題のひとつとして注目されるようになりました。その背景には、情報の非対称性の解消や、根本的な対策がとても難しいことがあるのでしょう。
 
 企業組織における情報の非対称性の例で言えば、経営層と、それ以外の従業員の間にある情報格差が、愛社精神に対するマイナス要因となり、従業員の不満を生む原因となるケースもあります。
 これを防ぐために、未上場にも関わらず、従業員に対しては決算資料等を開示している会社もありますが、今度は平社員が決算資料を正確に読み解けるのか?、という課題を生みます。また、平社員の立場における正解と、経営層の正解は異なるという課題もあります。
 
 難しい言い方をすれば、これは「認知限界と限定合理性に基づく課題」となるのですが。
 このテーマは、機会があれば、また取り上げましょう。
 
 
 
 さて、最後に小ネタをひとつ、ご紹介させてください。
 
 若かりし頃の筆者は、引越会社のドライバーでした。
 これはある日の午後便におけるエピソードです。
 
 その午後便は、「15時以降17時までに積地に入る」という条件でした。
 ところが、正午を回った頃から、この顧客を紹介してくれた不動産会社の営業担当から、「いつ到着する?」「まだ到着しないのか?」というクレームじみた催促の連絡が何度も入ってきます。
 
 「面倒くさいなぁ」とは思いつつ、この不動産会社とは業務提携をしている間柄でもあり、無下(むげ)にはできません。結局、筆者が現場に到着したのは、16時過ぎでした。
 
 「遅い!、遅すぎる!! 何時間待たせるんだ!」、現場に到着するなり、不動産会社の営業担当からお叱りを受けます。その背後には、お客さま(引っ越しする当人)と思しき中年男性が眉間にシワを寄せて仁王立ちしています。
 
 内心の不満を押し隠しつつ、仕事を開始すると、筆者のところに先の不動産会社営業がやってきました。先ほどとはまるで態度が違います。
 
「ゴメンね、本当に!僕もお客さまの手前、あんな態度を取らざるを得なかったんだよ。はっきり言えばクレーマーなんだけど、我慢して協力してくださいね」
 
 疑問符が頭の中を駆け巡っていますが、その後、お客さまから高圧的な態度を取られることもなかったため、私たちは順調に積み込みを終えました。一人暮らしだったため、荷物量もさほど多くなかったのです。
 
 荷物の積み忘れの確認のため、部屋に入った筆者の目に、壁一面に貼られたツタ植物を模した造花が目に入りました。この造花は、中央部分を1mほどスッパリと断ち切られ、垂れ下がっています。
 
 「これは新居に持参しなくて良いんですか?」と問うた筆者に、お客さまが苦々しげに答えます。
 
「これさ、幽霊がやらかしたやつだから、怖くて新居に持っていけないんだよ」
 
 お客さまいわく、
 

  • そもそも、この部屋に引っ越した時から、金縛りにあったり、ラップ現象(※発生源が不明な怪奇音が鳴り響くこと)が発生していた。
  •  

  • ある日、帰宅したら、問題の造花が断ち切られていた。

 
 だから、「この部屋は霊に祟られているんだ!」とお客さまは言い張ります。
 
 その後、お客さまはトラックに積み込まれた家財道具に清めの塩を振り、納得したらしく、新居へ移動、支障なく卸作業を終えました。
 
 「お化けなんて、ホントにいるんですかね?」、引越終了後、缶コーヒーを奢ってくれた不動産会社営業が話しかけてきましたが、そんなコト、筆者に分かるはずがありません。
 
「ただ言えるのは…、こんな引っ越しは初めてですし、会社内で聞いたこともありませんよ」
 
「ですよね…。ただ不動産会社としては、お客さまから『霊障による事故物件であるという情報を隠していやがった!』とクレームを受け、転居先の入居費用やら引越費用なんかを賠償することになったんですよね…」
 
 これも、情報の非対称性が生んだ事故なんですかね?
 もっとも、どちらが情報を隠していたのかは、議論が分かれるところだと思います…
 
 
 


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