秋元通信

組織を不安定にし、大量退職も生み出しかねない「腐ったりんご」、その課題と発生原因を探る

  • 2023.4.28

ある商社(以下、A社とします)の話です。もう20年近く前の話です。
A社では、毎年20人前後の新入社員を採用します。新入社員が入社して1ヶ月くらいが経過した頃、新入社員のひとりが、こんなことを人事部長に言ってきました。
 
「同期のメンバーを対象としたSNSの非公開グループを作成したいのですが、よろしいでしょうか?」
 
当時は、まだSNSの黎明期にあたります。
人事部長は、SNSの存在は知っていたものの、自身で利用したことはありませんでした。ただし、仲間内の交流を図るものだという認識はあったので、気軽にOKを出しました。
 
半年ほどたった頃、人事部長が、広報課長に対し、雑談のついでにこの話をしました。50代の人事部長に対して、広報課長は30代前半であり、また自身もSNSを利用していました。
 
「これはマズイかも…」──直感的に不安を感じた広報課長は、広報部に配属された新入社員に、SNSグループを見せてくれるように頼みました。
 
「えっ…、見せるんですか?」
 
新入社員の反応に、広報課長は自身の悪い予感が的中したことに気が付きます。
問題のSNSグループは、広報課長の想像を超えてひどいものでした。
 
上司や先輩への愚痴。
営業上の機密情報の暴露。
お客さまへの誹謗中傷。
 
中には、先輩が接待と称し、個人的な飲み会費用を経費で落としていた事実や、「◯◯部長と△△さんが不倫している」といったものまでありました。
 
今でこそ、情報リテラシーという言葉が普及し、業務上知り得た機密情報に対するあつかいや、SNSの適切な利用方法などは、広く知られるようになりました。情報リテラシーに関する研修を行う企業も増えています(当社でも実施しています)。
 
ただ、SNS黎明期だった当時は…、端的に言えば「やりたい放題」、最悪の状態に、問題のSNSグループは陥っていました。
 
広報課長は、すぐに人事部長に報告を行い、下記を実施しました。
 

  • 問題のSNSグループの即時閉鎖
  • 新入社員全員に対する厳重注意

 
しかし、既に遅かったのです。
この対応に不満を抱いた数人がすぐに退職し、その後もバラバラと数人が辞めていきました。なんとA社では、件の新入社員らの7割が1年以内に退職してしまったのです。
 
 

そして、「腐ったりんご」だけがいなくなった

 
先の話を筆者に聞かせてくれたのは、A社広報課長でした。
 
「…『腐ったりんご』を早いうちに組織から排除できたという点では、良かったのかもしれませんね」
 
苦々しげにつぶやく彼の言葉から、筆者が思い出したのは筆者自身の経験でした。
 
 
私が以前務めていた部署は、正社員とアルバイトが半々でした。アルバイトは全員20代女性です。
アルバイトの中で、リーダー格の女の子(以下、B嬢とします)がいました。
容姿端麗、英語、ドイツ語も堪能なトリリンガルです。
 
私の上司であった課長(以下、C課長とします)は、他人をいじることが大好きなタイプでした。こういったタイプのリーダーは、良く言えばチームの雰囲気を和ませますが、その副作用としてチームメンバー内に序列を作ってしまいます。
 
B嬢は、C課長のお気に入りでした。
B嬢は仕事もできたため、時折ではありますが、C課長は、他の社員やアルバイトたちに対し、「君たちも、B嬢を見習うように」、そしてときには「とは言っても、B嬢を超えるのは、いろんな意味で難しいけどな!」とまで言っていました。
 
そんなある日のことです。
部長が、社員だけのミーティングにおいて、言いにくそうにこんなことを言い始めたのです。
 
「B嬢なんだけどな…、チャットの履歴を見たら、とんでもないことになっていた」
 
当時、私のいた部署では、世間的にもまだあまり普及していなかったチャットツールを導入していました。部署では電話応対が多かったため、チャットツールを導入しないとリアルタイムなコミュニケーションが取れないからです。
B嬢は、アルバイトだけのチャットグループを作成し、正社員やお客さまの誹謗中傷、仕事に対する愚痴を投稿し続けていたのです。
 
部長が公開したB嬢のチャット内容を社員全員で閲覧しているうちに、色を失い始めたのは、C課長でした。
 
「あのデブハゲ、息が臭いんだよ」
「下心丸出しなんだよ! 仕事じゃなきゃあんなやつのこと、私が相手にするわけないじゃない」
 
総じて社員全員に対する愚痴が綴られていたものの、特にC課長に対する愚痴は辛辣でした。ここには書けないような、罵詈雑言が並んでいたのです。
 
「今すぐ、クビにしましょう」
 
C課長は引きつった顔で言い、そしてB嬢はすぐに解雇されました。
 
ただし、この時に退職したのは、B嬢だけでした。私どもはB嬢に引っ張られ、他のアルバイトたちも辞めてしまうのではないかと懸念したのですが、幸いなことにこれは杞憂で終わりました。
 
 

「腐ったりんご」の被害を拡大させるもの

 

腐ったリンゴ (英: bad apples、または、rotten apples) とは、集団内における腐敗した人、または邪悪な人からの悪影響を指すメタファーである。(中略)
近代英語での初出はベンジャミン・フランクリンの1736年の著書『貧しいリチャードの暦(英語版) (原題 : Poor Richard’s Almanack) 』で「the rotten apple spoils his companion (腐ったリンゴは仲間も駄目にする) 」と別言して使われた。また19世紀には説教の中で「As one bad apple spoils the others, so you must show no quarter to sin or sinners. (1個の腐ったリンゴが他のリンゴを腐らせるのだから、罪悪や罪人に慈悲を与えてはならない) 」と解かれることで広まった。
 
(出典:Wikipedia

 
ちなみに、「腐ったりんご」ではなく、「腐ったみかん」という表現で覚えている方もいることでしょう。
これは、『3年B組金八先生』第2シリーズ(1980年~1981年放送)で不良生徒の悪影響を例えて、「腐ったみかん」というセリフが登場したためなんだとか。
 
どちらにせよ、「腐ったりんご」とは、問題のある人物(あるいは組織など)の存在が、他の健全なメンバーにも悪影響を及ぼし、組織全体に悪影響をもたらすという文脈で使われてきました。
 
ただし、組織全体に悪影響をもたらした「腐ったりんご」が、すなわち諸悪の根源ということではありません。「腐ったりんご」なる人物の存在は、言わば問題が顕在化するためのトリガーのようなものであり、原因はその組織そのものにあります。
 
 
A社は商社であり、とりわけ営業が幅を利かせている傾向が強くありました。営業成績さえ上げていれば「何をしても良い」とまでは言わないまでも、一般的なモラルや社会常識から多少外れたことをしても黙認される社風があったのです。
 
新入社員にとっては、口うるさく自分たちのことを指導してくる先輩・上司が、一方でモラルや常識から外れた行動を取ることについて、不満を感じていたのでしょう。
 
確かにSNSで機密情報を暴露しあっていた新入社員たちは、A社にとって「腐ったりんご」だったかもしれません。
しかし、新入社員たちを「腐ったりんご」にしてしまった一因は、A社の体質にあります。
 
 
余談ですが、こういったダブルスタンダード(あるいは二重規範)な振る舞いは若者から嫌われます。
現在放送中の『機動戦士ガンダム 水星の魔女』で、準主人公の女の子が、矛盾した行動を取る父に対し、「ダブスタ親父!」(※「ダブスタ」は、ダブルスタンダードの略)と罵倒するシーンが、SNSで話題になりました。
それだけ、若者たちは、ダブスタな先輩や上司、あるいは社会に対し、不満を感じているのでしょう。特に昭和生まれのおじさん・おばさんは気を付けましょうね。
 
 
B嬢×C課長のケースは、A社のケースと似てはいますが、違う点もあります。
最大の違いは、A社と違い、大量退職が発生しなかった点です。
 
B嬢の騒動からしばらく経った頃、アルバイトのひとりが、筆者にこのように言ってきたことがありました。
 
「B嬢が辞めてくれて良かったです。C課長のお気に入りだったから、反論も否定もしづらくて」
 
B嬢以外のアルバイトたちからすれば、B嬢をひいきしたり、やたらと自分たちをいじってくるC課長の存在は、不快なものだったのでしょう。もし、B嬢が働き続けていれば、他のアルバイトたちは辞めていた可能性があります。
しかし実際には、B嬢が職場から去り、またC課長も自身の態度を反省し、それまでのような過剰ないじりがなくなったことで、職場環境が好転し、居心地が良くなったのです。
 
残念ながら、「腐ったりんご」になりかねない問題行動を取る人物を、採用プロセスなどで完全に見極め、排除することは不可能です。
ただ、「腐ったりんご」になるのもならないのも、環境次第だという点には留意すべきです。
 
 
この時期は、新入社員が入社してきたり、あるいは異動によりメンバーの入れ替わりが発生することで、組織の人間関係が不安定になっています。今まで当たり前と思っていた言動や行動、あるいは慣習について、再点検を行うのも良いかもしれません。
 
 


関連記事

■数値や単位を入力してください。
■変換結果
■数値や単位を入力してください。
■変換結果
  シェア・クロスバナー_300