「配送料はまだまだ上がる」
「我慢限界の物流会社/荷主たちは戦々恐々」
「止まらぬ値上げラッシュ」
現在発売中(2018年8月)の週刊東洋経済『物流危機は終わらない』の誌面に踊るキャッチコピーです。一般経済誌で物流が特集されることも、もはや当たり前になってきた感がありますが、同誌の内容はかなり危機感を煽るものになっています。
配送運賃の値上げは、もはや物流業界だけの課題ではなく、日本経済が抱える重要課題のひとつとなってしまったという、これもひとつの証なのでしょう。
人気の不定期連載【運送ビジネスはいつ破綻するのか!?】、今回は『配送運賃はどこまで上がるのか??』を考えます。
運賃はどこまで上がるのか?、試算してみましょう。
試算する上で考えるべき要素はいくつもありますが、今回はトラックドライバーの給与と働き方、そして運送会社の経営健全化にポイントを絞って考えます。
- トラックドライバーの給与が、全産業の平均レベルまで上がること。
- トラックドライバーの残業時間が、全産業の平均レベルまで下がること。
- 運送会社の売上高営業利益率が、10%程度まで改善すること。
試算にあたっては、全日本トラック協会が毎年集計している『経営分析報告書 平成28年度決算版』をベースにします。
同報告書は、全国2,333社の運送会社における決算をまとめたものです。同報告書に書かれた、「平均的な運送会社の決算内容」を確認しましょう。
- 営業収益:2億1375万円
- 営業費用:2億1341万円
- 営業損益:35万円 (売上高営業利益率:0.16%)
- 経常損益:193万円
ちなみに、本平均モデルにおける平均社員数は、21.4人。社長がお父さん、取締役がお母さん、他がほぼドライバーといった、典型的な中小企業モデルが目に浮かびます。
利益を見れば、とても微々たるもので寂しい限りではありますが、過去の同報告書における推移を鑑みると、これでも利益は改善傾向にあります。
では、「理想の運送会社」の損益計算書を試算してみましょう。
ポイントはふたつです。
- ドライバーの給与が、全産業平均と等しくなること。
全産業平均年間所得額は、491.2万円です。
先の損益計算書における運送費中の人件費について、トラックドライバーの年間所得額が全産業平均と等しくなるように調整します。 - 売上高営業利益率が10%になるように売上を調整します。ただし、ここで調整する対象は、運送収入中の貨物運賃のみとします。
詳細な算出根拠は、以下の画像をクリックしてご確認ください。
「理想の運送会社」における決算内容を確認しておきましょう。
- 営業収益:2億9872万円
- 営業費用:2億6885万円
- 営業損益:2987万円 (売上高営業利益率:10%)
- 経常損益:3519万円
先の「平均的な運送会社」の貨物運賃売上は、2億532万円でした。
一方で、「理想の運送会社」における貨物運賃売上は、2億9029万円です。
比率を算出すると、1.41倍となります。運賃の売上を上げるためには、基本的には配送件数を増やすか、運賃そのものを上げるかのどちらかです。配送件数を増やすのは(後述しますが)現実的ではないため、運賃の値上げをするものとします。
つまり、この時点で、運賃は現状の1.41倍に値上げする必要があります。
さらに考えましょう。
「配送件数を増やすのは現実的ではない」と申し上げました。
なぜでしょうか?
全産業における実労働時間(※残業を含む)は、178時間でした。
対して、運送会社における実労働時間は、210時間です。仮に給料が上がっても、長時間労働を強いられるのであれば、運送業界に魅力はなく、従ってトラックドライバー不足も解消されないでしょう。
つまり、配送件数を増やすためには、基本的に労働時間を増やすことが必要です(ここでは、待機時間の解消等は議論しないことにします)。
運送業界に、つまりはトラックドライバーという職業に魅力を与えるための方策のひとつとして、長時間労働の解消が必要であり、せめて平均レベルまで実労働時間が減少する必要があります。
「全産業における実労働時間(178時間)」を「運送会社における実労働時間(210時間)」で割ると、0.85となります。
この0.85という係数が、運送ビジネスにおける時間あたり売上効率の指標となります。つまり、効率が悪いわけですね、全産業と比べると…
先に試算した運賃の値上げ率:1.41倍に、さらに「時間あたり売上効率」係数:0.85の逆数を乗じると、1.67になります。
これですね。今回の試算では、「配送運賃は現状の1.67倍まで上昇する可能性がある」と結論が出ました。
少なくとも、そこまで上昇させないと、トラックドライバーは、世間並みの給与と労働時間を担保された働き方ができず、また運送会社の経営も安定しているとは言い難いと考えられます。
2017年4月にヤマト運輸が発表した値上げは、ヤマトショックと呼ばれ、以来続く運賃値上げラッシュの引き金となりました。
ヤマトホールディングスの2018年3月決算における経常利益は361億円、多少のマイナス要因はありましたが、ずば抜けた結果と言って良いでしょう。
ところが。
同社の現場を支えるドライバーたちに、十分な還元、つまり給料アップがあったかと言えば、決してそうでもないようです。
また、同社の下請け運送会社に対する下払いの値上げも、ごくごく限定されたものであると聞こえています。
さらに申し上げましょう。
「運送業界は運賃値上げによって、さぞかし儲けているんだろうな!?」と世間からは見られ始めています。しかし、その恩恵をこうむっているのは、物流ビジネスの上流にいるごく一部の企業であり、業界の82.5%を占める従業員数30名以下の中小零細運送会社のほとんどは、まだまだ苦しんでいます。
こんなことは、物流業界の中にいる我々には常識以前の話ですが、世間一般には伝わっていません。
とても、残念なことです。
物流業界に限らない一般論ではありますが、「会社は儲けているけど、社員に還元されない」という問題が、ここ数年たびたびクローズアップされています。これでは消費が活性化せず、景気の本格的な回復には繋がらない、と議論は続きます。
物流業界における最大の課題がドライバー不足であり、人材不足と言うのであれば、運賃値上げによって得られた利益は、人材不足に対する対策のために、給与アップを含めた物流業界の魅力アップのために、きちんと活用されることを期待します。
「運賃は、現在の1.67倍まで上昇する可能性がある」
本記事での試算はざっくりとしたものです。しかし、運賃の値上げ傾向が今後も続くことは、この試算からも明らかです。
値上げには、顧客に対してサービス向上という見返りを果たす責任が伴います。その責任、つまりは物流危機の解消という業界の課題解消を果たさなければ、いずれ運送業界は産業界の鼻つまみ者になることでしょう。
今こそ、その意味を運送業界全体で噛みしめる時が来ているのではないでしょうか。
本記事においては、全日本トラック協会が毎年公開している『経営分析報告書』の平成28年度版を参考にしました。
http://www.jta.or.jp/keieikaizen/keiei/keiei_bunseki/keiei_bunseki2016.html
実労働時間については、賃金構造基本統計調査(厚生労働省)の平成29年調査を参考にしました。
なお、賃金構造基本統計調査そのものはこちらに基本データがまとまっていますが、本記事で利用した統計データは以下にあります。
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&tstat=000001011429&cycle=0&tclass1=000001098975&tclass2=000001098977&tclass3=000001098984&second2=1
上記ページの『(参考表)産業別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額』を元に試算しました。
なお、本記事中で利用した損益計算書、試算の過程などは、すべてこちらのGoogleスプレッドシートにまとめています。
なお、本記事における試算、1.67倍という運賃上昇予測については参考値としてご理解ください。
本試算はトラックドライバーの待遇改善にフォーカスし算出したものであり、運賃上昇予測の正確性と精度を追求してはいません。本記事における試算の基本的なスタンスについては、『“答えの大きさを推定する能力” フェルミ推定の話』もご参考にしていただければ幸いです。