秋元通信

あいさつのチカラ

  • 2019.6.27

私は、自転車関係のボランティア活動を行っています。
先日は、坂が大好きなヒルクライマーと呼ばれるサイクリストが集まる、関東某所の峠において、マナー向上を訴えるチラシを配布してきました。
その峠では、サイクリストたちの傍若無人な振る舞いが、自動車ドライバーや地元住民から問題になっています。そういった問題を少しでも解消すべく、加害者側(とあえて言いましょう)であるサイクリストから発信する形で、マナーアップ活動を行っています。
 
その活動を、ある自転車系メディアで取り上げていただきました。
反響として、さまざまなご意見を頂戴したのですが、その中で興味深いものがありました。
 

「『あいさつしろ』って…、勘弁して欲しい」

 
活動時、私どもは、すれ違うサイクリストたちにあいさつをします。
しかし、あいさつを返さないどころか、当方を完全無視する一部サイクリストの振る舞いに、参加者の中には驚かれた方もいらっしゃいました。
 
そのことを記事中で指摘したところ、記事に付いたコメントの中には、先のような「あいさつなんていらないだろう?」という書き込みがあったわけです。
 
同様の問題は、サイクリストだけではなく、登山をする人、公園でランニングをする人の間でも議論されるケースがあります。
そして、職場でも、あいさつの質や量が問題になるケースがあります。
 
 
あいさつって、何を目的として行なうのでしょうか?
あいさつをすると、良いことがあるのでしょうか?
そもそも、あいさつって必要なのでしょうか?
 
今回は、あいさつについて考えましょう。
 
 

あいさつの種類

 
あいさつには、どんな種類があるのでしょうか?
学者さんによって諸説あるものの、概ね以下の3つに大別されるものと考えられます。

  1. 儀礼的な「あいさつ」
  2. エチケットとしての「あいさつ」
  3. コミュニケーションとしての「あいさつ」

これらは、完全に分離できるものではありません。
例えば、神社をお参りするときに行なう、「二拝二拍手一拝」は、儀礼であると同時に、エチケットでもあるでしょう。
初対面の人同士が行なうあいさつは、エチケットであると同時に、コミュニケーションでもあります。
 
 

エチケットとしてのあいさつ

 
一般論として、動物は初対面の相手に対して緊張します。
犬や猫、野生動物はもちろん、これは人間でも同じです。
 
例えば、犬の場合、初対面の相手(犬)に対して、お尻の匂いを嗅ぐ行動をすることがあります。動物学的に言うと、これはお互いに犬であること(同種の生物であること)を確認し、緊張を解く効果があるそうです。
ただし、お尻の匂いを嗅がれるのを嫌がる犬もいます。
そういう犬は、どうなるかご存知ですか?
犬を飼っている方であれば、ご存知かと存じます。
多くの場合、犬コミュニティから除外されます。匂いを嗅ごうとした方の犬は、匂いを確認できなかった犬を無視するようになります。
 
人間も同じですね。
あいさつの役割として、礼儀作法としての効能があります。
お互いに挨拶を交わすことで、見知らぬ相手を「安心できる相手である」と認識し、緊張を解き、その後の人間関係を円滑に進める効能があるわけです。
 
 

コミュニケーションとしてのあいさつ

 
見知った間柄でのあいさつには、どんな役割があるのでしょうか。
中学校で行われた、ある研究をご紹介しましょう。
 
研究では、生徒たちにふたつの質問を行いました。

  1. 「学校生活に満足しているか?」
  2. 「学校の仲間たちに信頼されていると感じているか?」

どちらも、Yes/No形式で答えてもらいます。
その回答によって、「満足している&信頼されている」「満足している&信頼されていない」「満足していない&信頼されている」「満足していない&信頼されていない」という、4つのグループに生徒たちを分類します。
 
研究者は、生徒たちのあいさつ頻度を観察しました。
すると、以下のような結果が出ました。

  • 学校生活に対する満足度が高い生徒ほど、あいさつをよく行っている。
  • 学校生活への満足度が低くとも、仲間たちに信頼されていると感じている生徒は、あいさつをよく行っている。

あいさつを行うことで、他者からの承認を受けるポジティブな対人関係を構築、維持する効果が考察されたのです。
 
小難しい言い方をしましたが、経験的になんとなく納得できる結果だと思いませんか?
あいさつには、同じコミュニティを共有する相手に対し自分を認識してもらい、「自分はコミュニケーションを受け入れる状態にありますよ!」とメッセージを送る効果があります。
 
あいさつとは、同じコミュニティに存在する他者に対し、自分をアピールし、また他者の状態を確認する行為でもあるわけです。
 
 

「お疲れさま」の複雑さ

 
日本人は、特にあいさつを多用してきました。
例えば、国語学者の金田一春彦は、英語には「行ってきます」「ただいま」「いただきます」「ごちそうさま」にあたる言葉が存在しないことを指摘しています。
 
欧米人に比べて閉鎖的で、細やかな心づかいをコミュニティに求める日本人は、あいさつを複雑化、多様化させることで、日本人ならではのコミュニティを維持してきたのです。
 
最たるものは、「お疲れさま」かもしれません。
最近でも、「目上の人に対して、『お疲れさま』とはいかがなものか!?」と、タモリさんが問題提起して話題になりました。
 
ある研究では、最近の「お疲れさま」には、以下のような利用シーンが存在するそうです。

  1. 別れのあいさつ
  2. 自分が先に帰る際の、同僚へのあいさつでありねぎらい
  3. 職場ですれ違う際の声かけ
  4. 要件を伝える時の呼びかけ
  5. 本題に入る前のあいさつ
  6. 職場での最初のあいさつ

あいさつとしての本来用途から、いわば電話の時の「もしもし」のような呼びかけまで、さまざまなシーンで多用されているのが、「お疲れさま」の最新事情です。
 
 

心地よいコミュニティを望む現代日本人

 
なぜ、「お疲れさま」が、これほどまでに広範囲に使われるようになったのでしょうか。
その背景には、ポジティブ・ポライトネスをことさら好む、現代日本人ならではの都合に、「お疲れさま」がマッチしたからと考えられます。
 
ポジティブ・ポライトネスとは、対人関係において積極的に親しさをアピールし、そしてコミュニティを心地よくしようとする心の動きを指します。
 
「お疲れさま」は、「お疲れさまです」といった敬語表現から、「おつかれ!」という親しみを強調した表現、「おっつー!」というカジュアルさまで、さまざまな使い方ができます。
 
また、「こんにちは」や「おはよう」に比べると、「あなたの苦労は分かっているよ」という共感表現を加味しながらも、「ご苦労さま」に比べると、カジュアルで表現のシーンを選ばないというメリットもあります。
 
「お疲れさま」が多用される背景には、自分が属するコミュニティを心地よくしておきたい、という願いが込められているのでしょう。
 
 

あいさつを拒絶する人

 

「『あいさつしろ』って…、勘弁して欲しい」

 
なぜ、挨拶しないのでしょうね。
また、あいさつをしないことが、どのような影響を及ぼすのでしょうか。
 
心理学では、「挨拶を行わない」ことは、自己への固執を表し、他者に対する意識的/無意識的な差別を含んでいると考えられています。
 
これ、思い当たるフシがある方もいるのではないでしょうか。
考えてみれば、私も歩道を走る自転車には挨拶しませんし…。
なぜ、あいさつしないかと言えば、「交通ルールを守っている自分とは、一緒にしないで欲しい(されたくない)」という差別意識から発しているものと考えられます。
 
これが職場で行われると問題ですね。
いじめであり、ある種のパワハラとも言えます。
 
私も、他の会社を訪問した時、事務所内の皆さんが起立し、「いらっしゃいませ」と挨拶されると、とても良い気分になります。素晴らしい会社だなとも感じます。
 
あいさつをしない社員を、あいさつするようにするには、どうしたら良いのでしょうか。
これは、難しい問題です。
なぜならば、問題は「あいさつをしないこと」ではなく、当人の心にある、自分に固執する壁と、職場というコミュニティに対する拒否反応にあるとも考えられるからです。
 
円滑な人間関係を築くことができるスキルを、社会的スキルと言います。
社会的スキルの欠けた人は、職場等に馴染めないだけでなく、心理的、精神医学的な問題を抱えるリスクが高くなります。
 
あいさつは伝染します。
大きな声であいさつをする所長や部長がいる職場では、皆さん元気よくあいさつされています。
さらに言えば、あいさつを習慣化することで、社会的スキルの学習効果も見込めます。
 
あいさつだけで、すべてが改善するわけではありませんが。
相手があいさつをしないことを嘆くのではなく、まずは自分から大きな声で積極的にあいさつを行なうことで、あいさつをしない社員の心の壁を溶かしていく可能性があるのです。
 
明日から、少しだけ、いつもより大きな声であいさつをしてはいかがでしょうか。
明日から、いつもはあいさつをしない方にも、あいさつをしてはいかがでしょうか。
 
少しづつ、世界が変わっていくかもしれませんよ!
 
 
 

出典/参考

 
『中学生のあいさつスキルと学校適応』(金山 元春, 金山 佐喜子, 前田 健一/広島大学心理学研究 2006)
 
『「あいさつ」の教育的意義』(辻村 英夫/秋田論叢 : 法学部紀要 1988.03)
 
『あいさつコミュニケーション–自己呈示の社会心理-2-』(折橋 徹彦/関東学院大学文学部紀要 1978)
 
『高倉健–すべての日本人を魅了する「美しい挨拶」–名優が見せた「さりげない心遣い」と「言葉の力」』(野地 秩嘉/プレジデント 2004)
 
『「お疲れさま」系あいさつの意味の希薄化と拡大–職場での使い方を中心に』(倉持 益子/明海日本語 2008.2)


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