秋元通信

「ロジハラ」、価値観の押し付けが生み出す課題

  • 2020.10.22

「普通、そうだよね?」

 
私は、この言葉が大嫌いです。
議論していて、お互いの主張を検討している時に、この言葉を発せされると、げんなりします。
 
「普通ってなんだよ?」
 
こう返すと、大概相手はこのように返してきます。
 
「いや、だって普通そうでしょう?」
 
こうなるともはや、議論になりません。
 
 
新型コロナウイルスは、私どもの日常に、大きな変化をもたらしました。例えば、「コロナ離婚」、「衛生リテラシー」なんて言葉も生まれています。
コロナ離婚とは、新型コロナウイルス下での生活の中で生み出された、夫婦間での不満が高じて離婚すること。
衛生リテラシーとは、手洗い、消毒、ソーシャルディスタンスなど、新型コロナウイルスに対する感染対策として行うべき手法に対する知識や行動を指します。
 
価値観の違いは、揉め事を引き起こす大きな原因のひとつです。
今回は、価値観の押し付けが引き起こす問題を考えながら、最近話題の「ロジハラ」(ロジカル・ハラスメント)について取り上げましょう。
 
 

タバコをめぐる価値観の対立

 
タバコ、もしくは喫煙って、ずっと喫煙者vs非喫煙者の対立が続いてきたものではないでしょうか。
最近は、明らかなマナー違反やルール違反(歩きタバコやポイ捨て、もしくは喫煙禁止となっている路上を含む場所での喫煙など)を除けば、お互いの価値観は、標準化されてきたように感じていますが。
 
20年以上前の話です。
当時の私の職場では、事務所内での喫煙が普通に行われていました。PCに向いながらタバコを吸う…なんてことが、日常だったわけです。今では考えられませんけど。
 
「もう我慢できない!!」
 
ある時突然、派遣社員の女性が、事務所内で大声を発しました。
何事かと思ったら、女性は事務所中にある灰皿を集め、次々とゴミ箱へと捨て始めたのです。課長の灰皿も、部長の灰皿も関係なく、すべてゴミ箱行きです。
 
当時、私がいた事務所は、200坪ほどのフロアだったでしょうか。
それなりに広いオフィス内で、すべての灰皿をゴミ箱に放り込んだ女性は、高らかにこう叫んだのです。
 
「あなた方、タバコを吸わない人の気持ちは考えたことがあるんですか!?」
 
ちなみに言っておくと、私はタバコを吸いません。やめたわけではなく、もともと吸いません。
確かに、私も事務所内でタバコを吸う人がいるのは愉快ではありませんでした。当時、副流煙による健康被害は既に知られていましたし、先進的な取り組みを行う会社では、事務所内での喫煙は禁止され始めている時期でした。
ですが、私は「まあ、そういうものだよな…」と、言ってみれば諦めていたわけです。
 
とは言え。
「…、やりすぎだろう」
 
思いはしましたが、女性の剣幕に、私を含め、喫煙者の部長らも何も言い返せませんでした。結局、その日を境に、事務所内での喫煙は禁止されました。
 
ところが、女性はさらにエスカレートします。
喫煙室などはなかったので、喫煙者はエレベーター前にある灰皿あたりで喫煙していたのですが。
 
「タバコの煙が、事務所内に流れ込む」
「タバコを吸う暇があったら、仕事してください」
 
挙句の果てには…
「服についたタバコの匂いが気持ち悪いです。喫煙者と非喫煙者の事務所を分けてください」
 
非喫煙者の中には、「非喫煙者は、喫煙者の副流煙などによる被害者である」と思っている人がいます。確かに、それは事実でもあるのですが、だからと言って、過剰に喫煙者、もしくは喫煙行為を攻撃するのは、明らかに間違いです。
 
 
部長らは、女性をなんとかとりなそうとしていましたが、女性の怒り、そして要求はエスカレートするばかりでした。結局、その女性は辞めてしまいました。
 
 
たばこに関しては、現在に至るまで、さまざまな議論、言い換えれば「価値観の衝突」が繰り返されてきました。でも、今春施行された改正健康増進法によって、喫煙者と非喫煙者の間にあった価値観のギャップは、かなり埋まったのではないでしょうか。
 
 

「衛生リテラシー」、埋まらない価値観のギャップ

 
「昼食は静かに食べろよ! しゃべるな!! 感染リスクが高まるだろうが(怒)」
 
最近のSNSでは、この手の投稿をたびたび見ることがあります。
シーンは昼食とは限らず、電車内やらスーパーの中、もしくは公園で子供がはしゃぐことに、眉をひそめている発言も見受けられます。
 
確かに、会話している当人らが新型コロナウイルスに罹患していれば、拡散リスクは高まることは、飛沫拡散シミュレーションなどで、科学的に証明されていることではありますが。
 
でも、昼食って、単なるエネルギー補給の場ではないです。
仕事の合間の、文字通りの休憩時間です。
 
程度にもよりますが、息抜きのおしゃべりを、全否定するのはかわいそうですよ。
 
 
新型コロナウイルスは、衛生リテラシーの他にも、マスクリテラシーなんて言葉も生んでいます。
「リテラシー」(literacy)は、読み書きの能力を示す英語です。
そこから転じて、「ある事柄に対する理解度」を意味する使われ方が広がり始めました。ITリテラシーなどは、その例ですね。
ただ、衛生リテラシーやらマスクリテラシーなどは、価値観を押し付けあう武器として使われている感があります。
 
マスク不要論を主張する、ある有名人が、餃子店にマスクをせずに入店し、店と揉めた挙げ句に店名をSNSで公表。餃子店が休業に追い込まれた騒動を耳にした方もいるのではないでしょうか。
 
本記事では、マスクの是非を議論するつもりは毛頭ありません。
ただ、問題は、相手の価値観、もっと言えば自分とは違う価値観の存在を認めないことです。自分の価値観を押し付け、相手を休業にまで追い込むことは、残念ながら暴力的な行為と言わざるを得ません。
 
前述の非喫煙派女性にしても、この有名人にしても、何故そこまでして、価値観の異なる相手を追い詰めなければならないのか…
 
とても残念です。
 
 

ロジハラ(ロジカル・ハラスメント)とは

 
ロジハラは、ロジカル・ハラスメントを略した言葉です。秋元通信読者の皆さまには念を押しておきますが、「ロジスティクス・ハラスメント」ではないですからね!(私は、習慣的に最初、「ロジスティクス」と書いてしまいましたが 笑)
 
ロジハラとは、論理的に正しいと思われる正論を展開することで、相手のことを精神的に追い詰めるハラスメントを指します。
 
一例を挙げましょう。
 

上司:
「今月、目標数字にまったく足りていないじゃないか!?」
 
部下:
「今月は、別のお客様で発生したクレーム対応に追われていて、営業ができていなくて…」
 
上司:
「言い訳するな!
 目標の達成は、営業にとって、一番大事ではないのか!」
 
部下:
「大事です…」
 
上司:
「**を見ろ! クレーム対応しながらだって、目標は達成しているだろ!
 お前のクレーム処理能力が低いだけだろ! 違うか!!」
 
部下:
「…(**さんは、係長だし。平社員の僕とは、経験も能力も違いすぎますよ)」
 
上司:
「目標達成に、言い訳なんて効かないんだよ!お前自身の問題だぞ!!」
 
部下:
「…、はい」

 
正論だけで、ものごとが進めば、それほど楽なことはありません。
しかし、現実は、そう都合良くはいきません。小さなアクシデントの積み上げが、業務遂行の妨げになることなど、普通ですから。
でも、こういった正論の積み上げによってプレッシャーを掛けてくる人は、「言い訳をするな!」、裏を読めば「言い訳なんて、正しい人間のすることではないよな!」と言い放つことで、小さなアクシデントの存在をなかったことにしようとするのです。
 
 
ロジハラを行う人には、いくつか特徴があります。
まず、世の中には、絶対的な正しさというものが存在すると思っていること。残念ながら、絶対的な正しさなんてものは存在しないのですが。「正論イコール正しい」と、盲目的に、自己検証することなく思い込んでいる人もいます。
 
相手を議論で、もしくは精神的に、打ち負かすために正論を利用しているだけの人もいます。こういう人は、実は正論の是非などどうでも良くて、世間的に正論だと考えられることの多いロジックを武器として使っているだけです。
 
正論は大切です。
あなたの主張が認められるためには、第一に論理的に破綻していないことが求められます。「筋が通っている」ということです。そのためには、世の中で正論と呼ばれている主張であったり、ロジックを、ものさしとして使い、自身の主張を自己検証することも必要です。
 
でも、それを相手を攻撃するための武器として使っていはいけません。
正論とは、そもそも多くの人に認められているロジックです。悪用すれば、その効果は大きいのですから。
 
 

異なる価値観を認める勇気

 
「普通、そうだよね?」
 
この発言には、普通という絶対的な価値観(これは、正論にも通じます)が後ろ盾にあると宣言することで、自身の発言の正当性を主張する意図が見えます。
 
自分の主張、考えを戦わせるべき議論の場で、いきなりジョーカーのような絶対的価値観のある盾(もしくは鉾)を出されたら、議論そのものが成立しなくなります。
 
繰り返しになりますが、世の中に絶対的な正しさなんて存在しません。
マスクを付けるべきと主張する人も、マスクは不要だと主張する人も、それぞれの正しさがお互いの中に存在していることは確かなのですから。
 
自身の価値観に凝り固まっていては、成長と発展は見込めません。
自分とは異なる価値観を認める勇気を持つことで、新たな成長が生まれる可能性が芽吹くのです。
 
自身の価値観を持つことは大切です。
ただ最近、自身の価値観にこだわり過ぎるあまり、周りの意見を聞き入れることなく、自分だけの価値観だけを肥大させて、かつ攻撃的になる人が増えてきた気がします。
SNSが普及し、自己主張がたやすくできるようになった弊害かもしれません。また、新型コロナウイルスが、私たちの日常を一変させ、社会全体にストレスを与えていることもあるのでしょうね。
 
あなたは、知らないうちに、自分の価値観で誰かを傷つけていることはありませんか?
お互い、気をつけましょうね。
 
 
 


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