秋元通信

平野美宇選手も実践、イメージリハーサルの効果を営業能力アップに活かす方法

  • 2021.8.31


 
 
 
東京オリンピック 卓球女子団体で、石川佳純選手、伊藤美誠選手とともに、銀メダルを獲得した平野美宇選手ですが、試合中のある行動が話題になっていました。
 
平野選手は、試合前、試合中にたびたびファイルを確認していました。
TVで本人が明らかにしたところによると、これはイメージリハーサルなんだとか。
 
聞き慣れない、このイメージリハーサルについて、解説しましょう。
 
 

平野選手は、なぜファイルを見ていたのか?

 
件のファイルは、勝っているとき、負けているときはもちろん、良い流れのとき、悪い流れのときなど、試合中に起こりうるさまざまなシチュエーションを想定し、あらかじめメモしたものをまとめているものだそうです。
 
平野選手は、先に全試合をイメージトレーニングしてから、オリンピックに臨んだと語っています。
イメージしたときに思いついたことをまとめたのが、先のファイルなのです。
 
「負けているときに何をしようか?」「1ゲーム目一本目は、どうやって入るか?」など、試合中に起こりうるさまざまなシチュエーションが、ファイルにまとめられているとのこと。
 
例えば、相手に点数を取られているときには、結果を意識しているときなので、「結果を考えずに、内容を意識して試合に臨もう」と考える。
例えば、リードしているときには、守りたくなってしまうので、「点数を見ないで自分の卓球をしよう」と考える。
 
平野選手と言えど、オリンピックは緊張してしまうと言います。
「緊張すると、身体も頭も固くなってしまう」、オリンピックという大舞台で、最高のパフォーマンスを発揮するべく、平野選手はイメージリハーサルを行っていたのです。
 
 
イメージリハーサルという言葉は、ずっと昔から使われ、また研究されてきました。
ですが、スポーツ科学におけるイメージリハーサルと、心理学におけるそれは、意味が少し異なります。
 
それぞれ、解説していきましょう。
 
 

スポーツ科学における、イメージリハーサルとは

 
例えば、太極拳の動きを身に付けたいと考えている人がいます。
その人に対し、対象となる太極拳の動きを、言葉で説明するよりも、実際にインストラクターなどに動いて見せてもらったほうが、より覚えやすいですよね。
これを観察学習(モデリング)と呼びます。
 
イメージリハーサルは、ある運動を再現するために必要な細かな動作などのポイントを、体系的に記憶することを目的に、実際の動作を伴わず、想像の中だけで再現する、観察学習のひとつです。
 
ちなみに、イメージリハーサルに関する文献を調べていて、興味深い研究を見つけました。
その研究では、泳ぐことができない学生を対象に、イメージリハーサルを用いて、すなわちプールでの実地指導を行うことなく、平泳ぎを習得させようとしました。
結果は玉砕、誰も平泳ぎを身に付けることはできませんでした。
 
イメージリハーサルは、あらかじめ一定レベル以上の技量を身に付けている方が実践する場合には効果を発揮しますが、ずぶの素人が行っても、結果にはつながりにくいと考えられます。
 
 

心理学における、イメージリハーサルとは

 
誰にでも、苦手とするもの、不快に感じるものはあります。
ここでいう、「もの」とは、物質としての「もの」だけではなく、生活におけるシチュエーションなども含みます。
 
物質としての「もの」は、例えばゴキブリ。
シチュエーションとしての「もの」は、例えば多くの人の前で行うプレゼンテーションなどが考えられます。
 
こういった不快、もしくは苦手といった負の感情は、「もの」そのものが引き起こすのでしょうか?
 
認知行動療法においては、対象となる「もの」に対する個人の思考が、特定の感情・行動に結びつき、生理反応を引き起こすと考えます。
逆に言えば、不快や苦手といったストレスの対象となる「もの」に対する対処行動を学ぶことができれば、ストレスを軽減することが可能なのです。
 
イメージリハーサルは、認知行動療法の考え方に基づき、ストレスに対処する方法の一つです。
例えば、多くの人の前でプレゼンテーションをすることに、大きな精神的ストレスを感じる人の場合には、何度もプレゼンテーションしている様子をイメージとして思い浮かべ、リハーサルすることが効果的です。
 
「口ごもってしまった」場合には、落ち着いて一度深呼吸しよう。
「即答が難しい質問を受けた」場合には、「持ち帰って、後日回答いたします」と答えよう。
「にらみつけるように私を見ている人がいる」場合でも、「この人は顔が怖いだけで、私を威嚇しようとしているわけではない」と考えよう。
 
このように、起こりうるストレスの種に対し、適切な解釈や対処方法を、イメージのなかで組み上げていくわけです。
 
平野選手が行っていたイメージリハーサルは、こちらでしょうね。
 
 

伸び悩んでいた営業

 
私の部下で、営業に伸び悩みを感じている女性がいました。
 
当時、私はIBMのグループ会社にいました。
彼女はIBMグループからの仕事を担当する営業でした。グループ会社を相手にする営業なので、自ずと姿勢は受け身になりがちです。依頼された仕事はきちんとこなすけれども、自らお客様の課題を発掘し売り込んでいく、提案型営業は苦手でした。
 
彼女を成長させたいと考えた部長は、しばらくの間、彼女を私に同行させることにしました。
私は、IBMグループ以外の新規開拓営業を担当していました。私から、提案型営業のコツをつかませようと、部長は考えたのです。
 
同行初日、彼女は遅刻しました。
現地集合にしたのですが、集合場所は駅から近いものの、複雑な構造をしたオフィスビル群の中にあります。彼女は前もってアプローチ方法の下調べすることを怠り、道に迷ってしまったのです。
その日の商談は、前もって提出してあった提案に対する、お客様側の反応を探ることが目的でした。商談内容はおおむね良好。お客様から発注の内諾を頂き、商談を終えました。
 
「どうだった?」、聞いた私に、彼女はこう答えました。
 
「こんなものかなぁ…て感じました。これだったら私もできる気がします」
 
 
「いや、できてないから、君は同行させられているんだよ!」と言いたくなる気持ちを抑えつつ、私は困っていました。
たしかに、商談はスムーズに終わりました。ですが、私はここまで提案を進めるために、それこそ綱渡りをするような緊張感で、ことを進めてきました。
もっと言えば、時間を掛けて、お客様から信頼を勝ち取ってきたからこそ、スムーズに商談が終わったと言えます。
 
彼女には、そういった背景、私が積み上げてきた努力は見えていません。
だから、商談に一回同席しただけの印象で、「こんなものかなぁ」と思ってしまったのです。
 
困った私は、部長にも相談をしました。
部長から受けたアドバイスは、「彼女に、『自分が営業担当だったら?』を徹底的に想像させよう」でした。
 
初対面の営業が遅刻したときに、お客様はどう感じるのか?
遅刻をお客様が咎めなかったのは、なぜか?
自分だったら、どういう提案をするのか?
提案のために、自分ができることはなにか?
そもそも、お客様から信頼を得るために、自分ができることはなにか?
 
営業に限ったことではないのですが。
人対人のコミュニケーションには、表層的な流れと、奥深い水中での流れの二つがあります。水面だけを見て、すべてを分かったような気になるのは、大間違いです。
彼女の場合、自身も営業として実績を積み上げてきた経験が、むしろ邪魔していました。お客様の本音を読み取るチカラ、ゼロから信頼関係を築くことの大切さを、気持ちの深いところで理解していなかったのです。
 
これは、対グループ会社営業という、誤解を恐れずに言えば「受け身で楽な営業」に慣れすぎてしまったことの弊害でした。
 
「私だったらどうするのか?」── ヒントを与えられ、自問自答を続けた彼女は、やがて「私だったら、同じことはできないかも?」に思い至ります。
そこから彼女は営業として大きく飛躍し始めたのです。
 
 

イメージリハーサルが営業トークを成長へと導く

 
考えてみれば、私もずっと、そして今も、イメージリハーサルを続けてきました。
商談に向かう移動の最中には、必ずその日の商談内容を、一人でリハーサルします。
 
「こう言ったら、お客様は**と返してくるかな?」── こういったことをあらかじめ考えておかないと、今でもお客様と会うことに不安を感じることがあります。
 
商談や取材などが終わっても、イメージリハーサルは続きます。
「あのとき、○○と答えたけど、本当は△△と答えたほうが適切だったんじゃないか??」── むしろ、終わってからのほうが、考えを巡らすことは多いかもしれません。
 
 
対人コミュニケーションは、予測のつかないキャッチボールのようなものです。
予想外の球が来たとき、暴投で返球してしまい、後から後悔をした経験は、誰もがお持ちではないでしょうか。
毎回毎回、その場の瞬発力で発想し、回答をしようとしても、ストライクなコミュニケーションを続けることは難しいです。
 
だったら、あらゆるコミュニケーションをあらかじめイメージリハーサルによって想定しておくことで、回答の模範解答を自分の心の引き出しにしまっておき、必要に応じて取り出すことができれば、暴投の危険性を抑えることができます。
 
 
「期待や欲求は暗黙知であって、形式知ではない」── これは本稿執筆にあたり調べた文献にあった一節です。
 
だとすれば、「こうなりたい」と期待・希望する自分の理想像に向けて、その具体的なイメージを何度もイメージリハーサルを繰り返すことで、暗黙知を形式知へと変換しておけば良いのです。
 
イメージリハーサル、今回は営業での活用を考えましたが、私たちの日々を豊かにするために、さまざまな応用が効きそうです。
 
 
 
 

参考および出典

 

  • 健康心理学事典 = ENCYCLOPEDIA OF HEALTH PSYCHOLOGY
    日本健康心理学会 編. 丸善出版, 2019.10
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  • 最新スポーツ科学事典
    日本体育学会 監修. 平凡社, 2006.9
  •  

  • 教育担当者に役立つ心理学(5)イメージ・リハーサルをする
    雑誌記事 佐藤 敏子
    企業と人材 2003.9.5
  •  

  • 水泳技能の観察学習における能動的および受動的イメージ・リハーサルの効果に関するフィールド・リサーチ
    伊藤 政展
    体育学研究 = Japan journal of physical education, health and sport sciences 24(4) 1980.03

 
 
 


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