秋元通信

「メディアリテラシー」が注目される背景

  • 2021.11.30

数年前、憲法改正などへの反対を表明した学生団体が一世を風靡したことがありました。
分かりやすい主張や、旧来の学生運動とは一線を画した垢抜けた活動などにより、主催したデモには、10万人以上の参加があったとされています(あくまで、団体側の公表値です)。
 
ただし、人数が集まるのは毎回のことではなかったようですね。
私は、メルマガ『秋元通信』をはじめ、執筆する際、しばしば国会図書館で文献調査を行います。その日、国会図書館で調べ物をしていた私の耳に飛び込んできたのは、件の団体のシュプレヒコールでした。
 
「うるさいな…」──国会図書館は、国会議事堂に隣接しています。
そのため、国会議事堂をターゲットにデモが行われると、国会図書館にもその声が聞こえてきます。ただし、その日のシュプレヒコールは、明らかに普段よりも大きいものでした。
 
よほど、たくさんの人数が参加しているのだろう──そう思って、国会図書館を出た私は、目を疑いました。
 
デモ隊などいません。目に入るのは、国会と、そして何故か国会図書館に向けて設置された複数のスピーカーと、スピーカーの管理(・・・?)を担当しているらしき数人だけです。
デモ隊は、国会の裏に固まっているのですが、せいぜいが100人程度です。団体主催者の演説を、わざわざ国会周囲にめぐらしたスピーカーで拡声しているのです。
 
 
私の知人で、同団体を応援してる人がいました。
彼は自身のSNSで、同団体の投稿をシェアしていました。投稿には、「今日も1,000人を超える支援者が国会前に集結した」と記載されていました。
 
いやいや…──イラッとした私も浅慮でしたが、知人の投稿に、私が見たものをコメントしてしまいました。
すると、知人はこのように返信したのです。
 
「君が体制に与(くみ)する嘘つきだったとは。見損ないました」
 
 

陰謀論に取り憑かれていく知人

 
知人は、大手SIerに勤めていたました。退職後は、ITコンサルティングを行いながら、ITに関する勉強会も主催していました。私も何回か出席しましたが、彼の備える広い知見に驚き、そして勉強させてもらいました。
つまり、私が知人に抱いていた印象は、深い造詣を備えた知識人だったのですが。
 
先の一件以降、彼は次第に陰謀論を自身のSNSで主張するようになってきました。
911(アメリカ同時多発テロ事件)を、アメリカ政府の自作自演だと強く主張し始めた頃から、「この人は、どうなってしまったんだろう??」と心配になってきました。
 
新型コロナウイルスに関し、当初彼の主張は、経済停滞を招く緊急事態宣言に対する批判でした。 
それがやがて、「コロナなど、ただの風邪を大げさに言っているだけだ」、「ワクチンは、一部の大手医薬品メーカーを儲けさせるための偽薬である」、「ワクチン接種は、身体に致命的な健康被害を生じさせ、人類を破滅へ導く陰謀である」と思想を過激化させていきます。
 
呆れつつも、途中からおもしろくなってきてしまった私は、知人の投稿と、それに反応する人たちのコメントをチェックしていました。
 
知人には数千人のフォロワーがいて、以前の投稿には数百単位の「いいね!」が付いていました。彼の投稿が度を越していくに連れ、「いいね!」の数は激減し、20数個程度の「いいね!」しか得られないようになっていきました。
逆に言うと、そんな知人の投稿を信じる人が、まだいるわけですよ。
 
「勉強になります」「やはりそうなんですね」「陰謀論に負けてはいけません」「シェアさせていただきます」──世の中に、ワクチン陰謀論に拘泥する人がいるという知識はありました。しかし、自分の身近で、その人となりを高く評価していた人が、陰謀論に陥り、そして陰謀論コミュニティとも言うべき人を集めていくさまに、私は薄気味悪さを感じました。
 
 

「メディアリテラシー」に対する危機感

 
SNSによる分断に危機感…米イリノイ州の高校で『メディアリテラシー教育』が義務化、後れをとる日本の現状
 
メディアリテラシーとは、従来メディア(TV、ラジオ、新聞、雑誌など)に加え、Webメディア、SNSなども含めた情報に対し、正しく理解し、活用する能力を指します。
この記事では、アメリカ イリノイ州の高校教育にて、メディアリテラシーが義務化される話題をフックに、メディアリテラシーを身に付けることの大切さを、法政大学の坂本旬教授と芸人のパックンが論じています。
 
この記事は、とても大切なキーワードがいくつも含まれています。
 

  • オンライン上の怪しげな陰謀論がアメリカを分断していると言われていて、(中略)情報の読み解きを子どもたちに教えなければいけないという意識をもって始めた。
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  • ファクトチェックなどによって真偽を見極めるというだけでなく、感動させる情報や怒りを感じさせる情報、例えばプロパガンダについても読み解きしないといけないということだ。
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  • 僕も小学3年生になるまでは漫画・アニメと実写版の違いが分からず、どこかでバッグス・バニーに会えると信じていた。だから早いうちに情報源のリアルとフェイクの違いが見分けられるようにしないと、国の情勢をも変えてしまうという恐ろしいことになってしまう。(パックン)

 
「自衛隊に入りたい」と言った、中学・高校時代の友人がいました。
理由を問うた私に、彼が答えたのは、「人が殺せるっておもしろそうじゃん」。
 
幸い、彼は自衛隊に入隊することもありませんでしたし、事件も起こしていません。今考えると、自衛隊に入隊し、性根を叩き直してもらったほうが良かったかもしれませんが。
 
彼もまた、映画やマンガなど、フィクションの世界と、現実の世界の線引きがちゃんとできていなかったのでしょう。
 
 

陰謀説で分断の危機を経験したアメリカ

 
フェイクニュースは、以前から存在してきました。
例えば、私が中学生だった頃は、某大手ハンバーガーチェーンのパテには、犬の肉が使われているという噂がありました。そして、実際にそれを信じ、そのハンバーガーチェーンに行くことを頑なに拒む友人もいました。
しかし、そういった人は一部であって、大半の人はきちんと情報の真贋を見極める能力(=メディアリテラシー)を備えているものと、多くの人は思っていましたのではないでしょうか。また、そういったフェイクニュースを笑って楽しむ余裕もありました。
 
1970年代~80年代に人気を集めた、川口浩探検隊や、マンガ『魁!!男塾』(※登場人物が繰り出す必殺技に、いちいちもっともらしい歴史的うんちくが添えられていた)などは、フェイクニュースを笑いとばせる時代の余裕だったと、今になると感じます。
 
ところが今はどうでしょうか。
未だに、前回の大統領選に不正があったと信じているアメリカ国民はいます。
トランプ元大統領の扇動に応え、アメリカ連邦議会に暴徒の侵入を許した事実もあります。
 
こういった事態を助長しているのは、SNSです。
『秋元通信』では、SNSが備えるアルゴリズムによって、心理状態を左右される危険性を指摘したことがありました。
 
SNSに心理状態を操作される!?
 
ところが、こういったアルゴリズムの存在そのものを知らない人もいます。それも少なからず…
だからこそ、メディアリテラシーを教育カリキュラムに取り入れる必要が高まってきているのです。
 
 
人類が文明を興してから、今の時代ほど大量の情報が流通したことは間違いなかったでしょう。そして、情報社会の礎であるIT・Web、そしてその申し子であるSNSは私たちの生活をとても豊かにしてくれました。
でも、もしかしたら、私たちはその恩恵を被るには、まだまだ準備が足りなかったのかもしれません。少なくとも、早すぎる時代の変化に、私たちのリテラシーが追いついていないのは確かでしょう。
 
きっと、私を含めたすべての人が、「自分のメディアリテラシーは大丈夫かな?」と常に危機意識を持ち続けることが求められるのだと思います。
その意味では、面倒くさい世の中になったものです。
 
ちなみに、冒頭のエピソードで挙げた私の知人は、SNSでの投稿に制限が掛かり始めたようです。
陰謀論に取り憑かれた自身を省みるきっかけになってくれれば良いのですが。
   


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