秋元通信

社内失業者を生み出す戦犯は誰なのか?

  • 2022.12.13

「全従業員25万人のうち、今後注力すべきソフトウェア関係事業に必要なサイエンスやエンジニアリングのスキルを持つ者は約半分だけ。約10万人は、10年後には存在しないと予測されるハードウェア関係の仕事に従事している」

 
これは、前回お届けした記事「岸田首相が所信表明演説で取り上げた『1兆円投資』、リスキリングを解説」の一節で、AT&Tが従業員のリスキリングに取り組んだ背景を説明した一文です。
 
会社にきちんと貢献できる仕事に従事していない人のことを、社内失業者と呼びます。AT&Tでは、10年後に5人中2人が社内失業状態になることを予測し、あわててリスキリングを実施したわけですが。
 
社内失業者が発生する原因は、本人にあるのでしょうか?
それとも会社、もっと言えば経営の問題なのでしょうか?
 
 
 

「雇用を守るためにIT化はしない」と断言した経営者

 
20年ほど前のことでしょうか。私は、ある通販会社の情報システム部 課長さんと喫茶店にいました。「会社では相談しにくいことがあるから」と言われ、呼び出されたのです。
 
通販を行っていると言っても、ECではありません。昔ながらの電話とファックスで、顧客からの注文を受け付ける方法を、その会社(A社とします)は行っていました。
とは言え、時代の流れからECを行う必要があるだろうと考え、A社はECサイトの構築を、筆者の在籍していたシステム開発会社に委託したのですが。「ぜんぜん使えないじゃないか!」とA社からダメ出しをくらい、大問題になっていたのです。
 
詳細は割愛しますが。
私の会社にまったく問題がなかったわけではありません。しかし、客観的に考えれば、A社に問題があることは明白でした。そして件の課長さんは、そのことを自覚していました。
 
「結局ね…、うちの社長は、EC導入に反対なんですよ。だから難癖つけて、問題を大きくしているわけです」
 
さすがに私も、課長さんからそんな言葉が出てくるとは思いませんでした。
 
「時代の流れを考えれば、いつまでも電話とファックスに頼った今のやり方が通用するわけはないでしょうに…。そんなにEC化が、社長は嫌なんですか?」
 
「ECというか、IT化に対する本能的なアレルギーもあるのでしょうけど。うちの社長は、『従業員の雇用を守るために、あえて俺は人手がかかるやり方を継続するんだ』と言い張っているんですよ」と、課長さんは自嘲気味に説明してくれました。
 
「IT化を進めることで、社内業務の効率化が進むと、必ず不要な人材が生じてしまうはずだ。だが、私は大事な従業員の首切りなどしたくはない。だから、あえて不効率なやり方、アナログなやり方を続けるんだ」、A社社長は、課長さんにこのように言ったそうです。
 
もともと、A社におけるEC導入は、導入推進派が強引に進めたプロジェクトでした。だから、導入反対派は、できあがったECサイト・システムに難癖をつけて、「だからECなんてダメなんだ!」と結論付けたいわけです。
課長さんが、仲裁を社長に直訴したところ、社長から返ってきたのが先の言葉だそうです。
 
やがて私は転職し、A社とのご縁は切れました。
ニュースで、コロナ前にA社が倒産したことを知りました。「設備投資のために借入金や、新規顧客の伸び悩みによって資金繰りが悪化、事業再建を断念した」とニュースにはありました。
もちろん、ECをきちんと手掛けていれば倒産を免れたかどうかは分かりません。そもそも、企業が倒産する理由とは、そんな単純なものではないでしょう。
ただ、従業員を大切に考えていたはずのA社社長が、最悪の形で従業員を苦しめる結果になったのは皮肉です。
 
 
 

ECビジネスというリスキリングを受け入れなかった従業員たち

 
A社におけるEC導入反対派は、主要顧客のITリテラシー不足を理由として挙げていました。たしかに、A社は比較的高齢の人が多く、ECを利用することに躊躇する人もいました。しかし、ITリテラシーが足りないのは、A社の営業や受付チームのメンバーも同様でした。
 
「お客さまに、『ECサイトの使い方を覚えてください』って言うのか!? そんなこと、できるわけないだろう!!」、私自身、A社古参の営業マンに怒鳴りつけられたことがありました。
 
「別にPCが苦手なお客さまに、無理やりECサイトを使わせる必要はないでしょう。ただ、世の中には、『今どき電話やファックスで注文しろって言われても…』と戸惑う人もいるでしょう。そもそも、ファックスを持っていないどころか、自宅電話を引いていない人も増えてきていますからね」という
 
私に、古参営業マンは、畳み掛けてきました。
 
「だから、『誰がECサイトの使い方教えるんだ??』って言っているんだよ」
 
「あなた方、営業マンの皆さんですよ。仕事だから仕方ないですよね」
 
「できるわけないだろう! お前、話にならないな」
 
時代が変われば仕事の内容も変わります。
しかし、仕事の内容が変われば、新たに学ぶことも必要になります。逆に言えば、学ぶことを放棄し、昔ながらの仕事のやり方にこだわる人は、厄介者扱いされ、そして社内失業者になる可能性が高いです。
 
A社の場合は、従業員、経営者の双方が、昔からのやり方にこだわり、変化することを拒否し続けた結果として、企業倒産に至ったのかもしれません。
 
 
 

社内失業者を生み出す戦犯は誰か?

 
これって難しい問いです。
しかし原因は、従業員(≒社内失業者になる当人)、経営者の双方にあるのではないでしょうか。
 
ものごとの移り変わるスピードが、おそろしいまでに早くなっている今、今日と同じ明日が続くと思うのは、あまりに能天気です。当人たちは現状維持のつもりかもしれませんが、周りがどんどん先に進んでいくため、結果的に退化につながってしまうのが現代です。
従業員の立場で考えれば、新たな知識やスキル、職務を覚えることは、これからの時代、もはや必須だと覚悟しておくべきです。
 
「『新しい仕事を覚える』って、40代、50代にもなって、正直キツイって…」──気持ちはよく分かりますけど。そんな愚痴を言って、社内失業者になってしまっては身も蓋もありません。
 
経営者の立場も考えてみましょう。
社内失業者を生み出さないための方策を考える…のは、少し違う気がします。もちろん、社内失業者を生み出さないことは大切ですが、それが第一の目的になるのは間違いでしょう。
 
まずは経営の責任として、時代に取り残されないために、事業の方向性を考え、示し続けることが必要でしょう。その上で、従業員たちに求める新たなスキルセットをきちんと提示し、学びの機会を提供することが求められるのではないでしょうか。
 
中には、「社内失業?、いや給料貰って、楽な仕事だけしていればいいんだったら、その方がいいよね~」とうそぶく人もいるかもしれません。
解雇されたり、もしくは会社が倒産しても、同じことを言っていられるわけはないと思いますけど。
 
 
経済が長く停滞している日本において、社内失業、あるいは社内失業者という言葉は、他人事ではありません。
経営者も従業員も、5年後10年後も見据えた上で、自身の仕事内容やスキルを確認し、社内失業者のレッテルを貼られないように、自己研鑽を怠らないようにしたいものです。
 
 
 


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