秋元通信

「習うより慣れろ」という言い訳

  • 2018.2.28

先日、都内某高校の高校生を迎えて、インターンシップを実施しました。同校の生徒を迎えて実施するインターンシップは、3年目になります。
 
昨年12月に実施したインターンシップでは、昨春弊社に入社した女性社員:松木のカリキュラムを追加しました。彼女自身が高校在学中に経験した就職活動における苦労や、社会人になってから感じた学生生活とのギャップなどを語るカリキュラムは、高校生からの評判も良く、我々が見てもとても面白いです。
 
今回のインターンシップでは、松木の同期(同級生でもあります)である男性社員:佐久間によるカリキュラムを追加しました。佐久間は、「フォークリフトに乗りたい!」と入社し、現在は倉庫作業員として活躍しています。
 
カリキュラムの作成は、本人たちが作成した草案を私どもがレビュー、助言を与え、修正を繰り返して完成させました。と言っても、ふたりともとても優秀で、大きな変更を行うことなく、完成までこぎつけています。
 
佐久間のカリキュラムに「習うより慣れろ」という言葉がありました。
佐久間が、例えばフォークリフト運転や操作のコツなどを尋ねた時、弊社の先輩社員たちは、「感覚だよ、感覚!」と答えたそうです。
佐久間自身は、それを意地悪とか怠慢ではなく、言葉にして伝えることが難しいことだからこそ「習うより慣れろ」という姿勢が必要だと解釈しておりました。しかし佐久間から、「習うより慣れろ」という言葉を聞いた私は、とても複雑な思いを抱きました。
 
※佐久間のカリキュラムの一部(クリックで拡大します)


 
話は変わります。
インターンシップに参加してくれた生徒さん達に対して、私は「君たちは残業ができない社会で社会人になるんだよ」という話をします。
この話をすると、生徒たちはきょとんとした顔をします。当たり前です。彼らからすると、残業とはさせられるものであって、望んでするものではないからです。
生徒たちに対して行う詳しい説明は割愛しますが。
残業がこれだけ社会悪とみなされる社会になったわけですから、会社はもっと効率的に新人社員教育に取り組む必要があります。
 
その一例が、「習うより慣れろ」ではないでしょうか?
もし会社側が、「習うより慣れろ」という教育方法を持っているとしたら、それは極めて危険です。

  • 残業をいたずらに増やしてしまう可能性が高いこと。
  • 教育を受ける本人の素養に、教育の成果(成長)を依存してしまうこと。

OJTと称し、とりあえず現場に新人を放り込むやりかた。
「習うより慣れろ」、つまり業務を体験させていれば、いつか一人前になることを期待するやりかたは、残念ながら(弊社も含め)今も存在します。
しかしこの方法では、教育に必要な時間が読めません。誤解を恐れずに言えば、残業が正義であった古い時代の悪しき教育方法の名残です。
 
今回、社会人一年生である佐久間から、「習うより慣れろ」という言葉が出たことは、会社としては恥ずべきことでしょう。
一方で、「習うより慣れろ」を前向きに捉え、成長を続ける社会人一年生がいることは、とてもうれしいことです。
 
新入社員にインターンシップのような、通常業務外の経験をさせることは、私どもが考える社員教育の一環でもあります。早くからこのような経験を積ませることは、必ず彼ら彼女らの今後の糧となるはずです。
 
今後の成長を、大切に見守っていきたいと思います。

※記事で取り上げた、2018年2月に行った高校生向けインターンシップの様子はこちらをご覧ください。


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