今月7日、国土交通省は、「自動車運送事業者における心臓疾患・大血管疾患対策ガイドライン」を発表しました。
これは、バスおよびトラックのドライバーが、心臓疾患、大血管疾患を原因として交通事故を起こすことを予防するため、会社側が知っておくべき内容(病気に対するリスクや予防等)について、まとめたものです。
最近では、高齢者が運転する自動車が引き起こした悲惨な交通事故が次々と発生しています。
当たり前のことですが、人間は歳を取ります。
年を取れば、運動能力や認知能力が衰え、誤解を恐れずに言えば、「運転が下手」になります。さらに、急病等により運転が不能になる突発事態も起こりえます。
運転をしない、もしくはさせない決断は、何を基準に判断すれば良いのでしょうか?
※本テーマは、前後編二回に分けてお届けします。
日本人の死因で最も多いのは、がんです。
2017年には、約37万3千人が、がんによって死亡、全死因のうち27.9%を占めています。
次に多いのは、心疾患で約20万5千人(15.3%)、3位以下は脳血管疾患、老衰、肺炎と続きます。
同ガイドラインは、心臓疾患と大血管疾患(大動脈瘤および解離/死亡数:約1万9千人、1.4%)にフォーカスしています。このふたつにフォーカスしたのは、突発的に発症し、そして突然死に至るケースが多いことにあります。
不幸にも運転中に突然死してしまった場合、クルマは制御不可能な凶器となり、周囲のクルマや、歩行者なども巻き込む悲劇の連鎖が発生する可能性があります。
同書では、自動車運転者が特に留意すべきものとして、心臓疾患と大血管疾患をピックアップし、予防方法や、トラック、バス、タクシーなどの事業者側が留意すべき事項についてまとめています。
道交法では、「一定の病気」に該当する者に対し、免許の拒否、保留、取り消し、停止ができると定めています。
「一定の病気」に該当する病気は、以下のとおりです。
- 統合失調症
- てんかん
- 再発性の失神
- 無自覚の低血糖
- そううつ病
- 重度の眠気の症状を呈する睡眠障害
- 認知症
また、「安全な運転に必要な能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する病気」として、脳卒中や、精神障害の一部も免許の取り消しや拒否の事由となるケースがあります。
ただし。
ここで気をつけなければならないのは、例えば「てんかん=運転NG」ではないことです。
現代では、自動車運転は生活に密着しています。従って、病気を理由に十把一絡げに免許を拒否してしまっては、当人のクオリティ・オブ・ライフに悪い影響を与える可能性があります。そのため、てんかんなどでは症状や発症実績などのケースパターンに応じて、免許の可否を定めています。
また、低血糖症糖尿病患者の運転可否判断フローチャートは、このようになっています。
1.低血糖症状が自覚できる場合
Yes:免許の取得、継続が可能
Noの場合は、質問2.へ
2.血糖の自己コントロールができる
Yes:免許の取得、継続が可能
Noの場合は、質問3.へ
3.半年以内に、「低血糖症状が自覚できる」ないし「血糖の自己コントロールができる」見込みがある
Yes:最大6ヶ月間、免許は「保留」ないし「停止」
Noの場合、免許は「拒否」または「取り消し」
免許の取り消し等につながる「一定の病気」については、参考となる一覧表を掲載しておきます。
自動車運転において、病気以外にも、薬の服用について留意しなければなりません。
眠気を誘ったり、視覚に影響を与える作用がある薬は、服用した後で自動車運転を行ってはなりません。
気をつけなければならないのは、薬の服用と、服用によって生じる運転への影響については個人差があることです。
花粉症を例に挙げましょう。
3人にひとりが花粉症であると言われる日本において、もはや花粉症は国民病のひとつと言えます。花粉症によって、運転に集中できないことは大きなリスクです。例えば、くしゃみの瞬間、0.5秒間目を閉じたとしても、時速60kmで走っているクルマは、約8m進みます。
花粉症を抱えるドライバーは、薬によって花粉症の症状を抑えたほうが良いのは明らかですが、服用そのものにもリスクがあります。
最近の花粉症治療薬は、眠気が少ないとされる第2世代抗ヒスタミン薬が主流となっています。
しかし、同薬を服用した患者に対しアンケートを行ったところ、以下のような結果が得られました。
- 服用すると、毎回眠くなる 7.3% ※
- 時々眠くなることがある 32.8% ※
- 以前は眠くなったが、今は眠くならない 7.3%
- 眠くなることはない 40.9%
さらに、「毎回眠くなる」+「時々眠くなる」(※印)を対象にアンケートを行ったところ、10.3%が「我慢できなくなるほど眠くなる」と答えています。
花粉症に限らず、職業ドライバーが薬を服用するには、お医者様に自身が職業ドライバーであることを伝え、適切な薬を処方してもらうことが大切です。
従って、市販薬に頼らず、面倒でも病院で薬を処方してもらうことを推奨します。
さて、「『運転をさせない』判断基準を考える」、前半はここまでです。
後半は次回お届けします。
お楽しみに!
本記事は、専門誌に掲載された文献を元に作成しております。
専門的な内容が含まれていますが、その正確性については、文献に依存しており、編集部では検証ができません。
「運転をさせない」判断を運用する際には、産業医などと連携の上、ご判断くださいますよう、お願い申し上げます。
「医学のあゆみ」2018.3.31 (医歯薬出版)
- 「自動車運転リハビリテーション -運転再開と中止」 (蜂須賀研二 加藤徳明)
「医学のあゆみ」2018.7.14 (医歯薬出版)
- 「運転者の健康状態と自動車運転免許制度」 (馬場美年子)
- 「プライマリケアにおける自動車生んての注意」 (森口真悟 一杉正仁)
- 「女性ドライバーに対する安全な運転のための保健指導」 (花原恭子 立岡弓子)
- 「安全な自動車運転を考慮した服薬指導」 (木津純子)
「Modern physician」2017.2 (新興医学出版社)
- 「医師のための認知帳の理解と援助 ~臨床現場における対応から~」 (上村直人)
- 「疾患と運転可否のエビデンス」 (堀川悦夫)
「労働安全衛生広報」2010.9.15 (労働調査会)
「自動車運転者の健康管理のために 医師からの意見聴取や点呼時のチェックで健康状態の継続的な把握・対応を!–事業用自動車の運転者の健康管理に係るマニュアル(国土交通省)から」
(国土交通省自動車交通局自動車運送事業に係る交通事故要因分析検討会)