秋元通信

ブラックバスは、なぜ悪者になった!? / ブラックバスが特定外来生物になった経緯から、人の罪深さを知る

  • 2024.4.26


 
 
 
2005年6月、外来生物法が施行され、ブラックバス(厳密には、オオクチバスとコクチバス)が特定外来生物に指定されました。
 
誤解を恐れずに端的に言えば、ブラックバスが日本の生態系に悪影響を与える悪者として認定されたわけです。
もともと、ブラックバス釣りは、ゲームフィッシングの人気を支えてきた看板役者でもありましたから、ブラックバスが特定外来生物に指定されるまでには、さまざまな議論があり、またメディアでも話題になりました。
 
この過程を調べると、いろいろと興味深く、また日本社会の課題を知るヒントもあります。
本稿は、ブラックバスをテーマにお届けしましょう。
 
 
 

ブラックバスが日本で繁殖した経緯

 
ブラックバスが、日本に持ち込まれたのは1925年のことです。
実業家である赤星鉄馬氏が、カリフォルニア州(米)から持ち帰ったオオクチバス約90匹を、政府の許可のもと、箱根の芦ノ湖に放流したのが最初です。
目的は、食用と、そして釣りの対象魚だったとされています。つまり、ブラックバスは、最初からゲームフィッシュとして日本に持ち込まれたことになります。
 
1988年時点で、国内9738湖沼・147河川まで生息域が拡大したブラックバスは、2001年にそれまで生息が確認されていなかった北海道および岩手県でも確認され、ついに47都道府県すべてにブラックバスの生息域が拡大しました。
 
実は、公に確認されているブラックバスの移植放流は、以下の8回、7ヵ所だけです。
 

  • 芦ノ湖(神奈川県、1925年、1972年)
  • 白雲池(長崎県、1930年)
  • 山中湖(山梨県、1932年)
  • 田代湖(群馬県、1935年)
  • 峯山貯水池(兵庫県、1936年)
  • 中原池(鹿児島県、1960年)
  • 池原ダム(奈良県、1988年)

 
※上記の他に、相模湖・津久井湖(ともに神奈川県)では、1940年代に進駐軍がブラックバスの放流を行ったという記録があります。
 
 
 
つまり、ブラックバスが日本中に生息域を広げたのは、密放流によるものなのです。
 
では、密放流は誰が行ったのでしょうか?
 
ブラックバスの生息域拡大には、個人レベルでの密放流に加え、バスフィッシング愛好会による組織的な密放流が指摘されています。
 

  • 雄蛇ヶ池(千葉県)において、バスフィッシング愛好会が組織的に密放流を行っていた。
    この愛好会は、2年半の間に成魚58匹、稚魚775匹を放流し、また成魚は放流時に追跡調査用タグまで打っていた。さらにブラックバスの餌になるブルーギルまでセットで放流していた。
    また、この愛好会は、自分たちの密放流ノウハウをマニュアル化して公開していた。
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  • 1969年に創設され、現在も続く某ゲームフィッシング関係の団体は、過去に組織的にブラックバスの密放流を行っていた事実を暴露されている。
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  • 霞ヶ浦(茨城県)のバスフィッシング愛好会のメンバーのひとりは、ブラックバスを密放流するために輸送することの困難さを書き残している。

 
 
 

ブラックバスがもたらした被害と影響

 
ブラックバスが既存の生態系に悪影響をもたらすことが指摘され始めたのは、1970年代からです。
 

  • 1975年、河口湖において、ブラックバスによってワカサギの数が減る漁業被害が生じていると漁師らが訴え始める。
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  • 1979年頃、琵琶湖をはじめとする複数の湖沼・河川において、ブラックバスによる生態系への影響を、研究者らが指摘。

 
筆者が調べたところ、2001年には琵琶湖では、ブラックバスの影響によって、在来魚8種の生息が確認できなくなったと主張する論文も発表されています。この論文によれば、生息が確認できなくなったのは、メダカやイチモンジタナゴ、カワバタモロコなど主に沿岸域に生息した小型の魚類です。
滋賀県では、琵琶湖の状況を憂い、補助金を出して、1985年には年間100トン以上のブラックバスやブルーギルを駆除しました。
一方で、同じく1985年に、賞金制のブラックバスを対象としたゲームフィッシングのトーナメントが河口湖を中心に始まります。この流れを受け、1989年、河口湖漁協は、オオクチバスを漁業権魚種に指定しました。漁師たちにとっては、苦渋の決断だったのでしょうね。それまで頼みにしていたワカサギが捕れなくなったので、敵のはずのブラックバスを食い扶持にすることになったのですから。
 
結果的に、この河口湖漁協の決断は成功します。
1980年代なかばから、ブラックバス釣りの人気は高まっていきます。思い返してみれば、90年代なかば、バブル崩壊後には、TVでも芸能人らが河口湖などでブラックバス釣りに興じる姿が、たびたび放送されていた記憶があります。
 
結果、1999年には、年間33万人ものブラックバス釣り客が河口湖を訪れたそうです。
 
 
 

ブラックバスは悪者へ

 

  • 1999年、「ブラックバスがメダカを食う」(秋月岩魚著)という本が出版されます。この本が出版される前後から、外来種が日本古来の生態系に与える影響を懸念する声が高まっていったようです。
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  • 1995年、日光中禅寺湖でコクチバス確認。漁協が駆除に乗り出す。
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  • 1997年、「内水面外来魚密放流防止体制推進事業」(水産庁)が開始。
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  • 1999年、水産庁および全国内水面漁協連合が外来魚の密放流について法制度を点検、「被疑者不詳」でも刑事告発する方針を発表。
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  • 2000年、財団法人日本釣振興会「釣り人宣言」を発表、私たちはバスの密放流をしませんと宣言。

 
 
ブラックバス釣りの人気が高まるとともに、釣り人のマナーやモラルも問題視されるようになっていきました。
 

  • 1997年以降、北浦(茨城県)では、釣り人のマナーの悪さを憂いた地元住民らが、船溜まりを鉄条網で閉鎖し、立入できないようにするケースが発生する。
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  • 1999年、ブラックバスなど外来種の駆除を進める滋賀県漁連と滋賀県水産課に「熱血ブラックバスフィッシャーマン」なる人から、「駆除を止めないと網を切る。さらにブラックバスを放流する」と脅迫状が届く。
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  • 2000年、秋月岩魚氏のもとに、バス・アングラーなる人から脅迫状が届く。

 
 
こういった経緯も経て、2005年、「外来生物法」(特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律)が施行されます。
 
外来生物法で指定された生物は、輸入、放出、飼養等、譲渡し等の禁止といった厳しい規制が課せられます。
オオクチバス、コクチバス、ブルーギルは、アライグマやマングース、キョン、カミツキガメなどとともに、2005年の同法施行時の第一種指定種にリストアップされました。
 
 
 

ブラックバス問題が過熱した理由

 
他にも多くの外来種がいるにも関わらず、ブラックバスに関する問題が過熱したのはなぜでしょうか。
 

  • 愛好家の人数が多かったこと。
    諸説ありますが、最盛期のブラックバス釣り愛好家は、100万人を超えていたとされます。
    それだけ、ゲームフィッシングとして楽しめる魚だということでしょう。
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  • ブラックバス釣りマーケットの存在。
    釣具メーカーはもちろん、前述の河口湖のように、ブラックバス釣りを観光資源とした自治体などもあり、ブラックバス釣りは、数百億円規模のビジネスマーケットに成長していました。

 
 
ブラックバス釣り愛好家からすれば、自分たちが大好きなブラックバスが悪者にされ、またブラックバス釣りそのものが楽しみにくくなってはたまったものではありません。
釣具メーカー等、ブラックバス経済圏とも呼ぶべき企業や自治体が、既得権益を守るために、ブラックバス釣り愛好家たちを擁護しました。
 
一方で、実際に被害を受けている漁師や、あるいは日本の生態系維持に心を砕き、自然保護を大切にしている人たちからすれば、ブラックバス釣り愛好家たちが繰り広げるブラックバス擁護論は、密放流した当人たちが、自らの罪を認めることもせずに、むしろ開き直る、つまりは盗人猛々しい行為だと感じてしまうケースもあるでしょう。
 
こういった対立感情が渦巻く中、ブラックバス=悪者を示す研究データの不足も、この問題に対する議論をヒートアップさせたものと考えられます。
 
 
 

ブラックバス釣りの今

 
現在、国内の自然湖で、オオクチバスの漁業権が認められ、合法的に放流されているのは、芦ノ湖、河口湖、山中湖、西湖の4湖のみです。
この4湖についても、放流は許可されているものの、生きている魚の持ち出しは禁止され、さらに流出河川にバスが逃げ出さないよう網を設置するといった措置が取られています。
 
また、ブラックバスが生息する管理釣り場や人工湖などもありますが、当然、生きているブラックバスの持ち出しは禁止ですし、流出河川に逃げ出さないような措置が義務付けられています。
 
 
では、ブラックバスは、やはり悪者なのでしょうか?
こんな記事がありました。
 

 
 
記事中では、(前述の通り)最盛時には年間33万人のブラックバス釣り愛好家が訪れていた河口湖も、記事が公開された2008年には6万人前後まで減少したことを受け、遊魚料収入も減っていることから、ワカサギを放流することで新たな観光資源とする試みを紹介しています。
 
「ワカサギが河口湖に定着するのか、ブラックバスに食べられてしまわないか、といったことをまず分析すべきだ」という専門家の声も紹介されていますが、結果として、今や河口湖とはブラックバスとワカサギの釣り名所として定着しています。
 

  1. ワカサギの減少は、ブラックバスによる捕食だけが原因ではなく、水質汚染などの影響もあった。
  2.  

  3. 実はブラックバスは、ワカサギを捕食するのが得意ではない。実際、ブラックバスの胃の内容物を調べると、ワカサギはごく僅かで、オイカワ・ウグイ・ヘラブナなどがよく捕食されていた。

 
1.については、琵琶湖などでも同様のことが指摘されています。
琵琶湖について言えば、護岸工事などが沿岸近くの生態系を変えてしまい、沿岸近くの水草などに生息していたメダカやタナゴ、モロコなどの減少につながったという研究もあります。
 
また2.については、あちこちで紹介されていることなのですが、その出典となる研究論文の存在は確認できなかったことを補足しておきます。
 
 
 

ブラックバス問題から得られる気づき

 
人は経済合理性を優先し、さまざまな過ちを犯してきました。
公害病などは、そのひとつでしょう。
 
ただ、現代において経済合理性を蔑ろ(ないがしろ)にすることで、実被害を被る人たちもいます。実際、釣り人口は2006年の1290万人をピークに、2021年には560万人まで減少しました(出典:レジャー白書(日本生産性本部))。
 
もちろん、釣り人口の減少は、ブラックバスが特定外来生物に指定されたことだけが原因ではないでしょうけど。
 
 
一部のブラックバス釣り愛好家たちの密放流という身勝手な行為が、ここまで問題を大きくしてしまったことにも注目です。
自然保護や社会性といった概念が、まだ今ほど重要視されていなかった頃の行為ではありますが、こういった道徳観や論理感の低い行為の存在が、現在のCSR(企業の社会的責任)やESG(環境・社会・ガバナンス)といった文脈につながっていることも忘れてはなりません。
 
 
筆者が気になったのは、命の軽視です。
ブラックバスは食用としてはほとんど流通していません。本来、スズキ目であるブラックバスは、白身の淡白な味わいの食味があるとされています。しかし、捕獲したそのままの状態では臭みがあることから、捕獲されても食用にされるケースはごくわずかで、ほとんどは肥料にされてしまうそうです。
鯉や鮒のように、きれいな水でしばらく飼育し、泥抜きをすると臭みは取れるそうなのですが、外来生物法では、ブラックバスを生きたまま輸送することはできません。つまり、泥抜きをする水槽まで輸送することができないことも、ブラックバスを食用魚として流通できない一因となっています。
 
「いただきます」という言葉は、肉や魚など、命あるものを殺し、食することで命をつなぐ私たちの感謝や、自然の恵みに対する畏敬の念が込められています。
 
ブラックバスを駆除するのであれば、畏敬の念を込めて食べるという行為につなげるべきではないのかな、と筆者が考えるのは、少々センチメンタルが過ぎるのでしょうか。
 
 
ブラックバス問題は、すべて人間の身勝手や浅慮から発生した問題です。
私たちは、きちんとブラックバス問題から学びや気づきを得る必要があるのではないでしょうか。
 
 
 

出典

 

  • ブラックバス問題の現状について考える (濁川考志)
    立教大学コミュニティ福祉学部紀要第3号(2001)

 
 
 


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