秋元通信

「言論の自由」を兵器化してしまう、アテンション・エコノミーについて解説

  • 2023.7.31

15年ほど前、筆者はある企業内SNSの運営に携わっていました。
今はすっかり下火になった企業内SNSですが、当時は「社員の愛社精神や帰属意識が高まる」として、とても注目されていました。
 
ところが、筆者が携わっていた企業内SNSは、いまいち盛り上がりに欠けていました。利用率がなかなか上がらず、また発言する人はいつも同じメンバーばかり…、という状態が続いていたのです。
 
悩んでいた筆者は、当時、ゴルフ関係の掲示板運営をしているという方に出会いました。「SNSが盛り上がらず、困っている」と悩みを打ち明けたところ…
 
「だったら炎上させればいいんですよ」
 
その方いわく、例えば「練習しても、なかなかゴルフが上達しない」という書き込みがあったとします。
多くの人が、練習方法など、真っ当なアドバイスをしているところに、このように書き込むそうです。
 
「どうせ安いゴルフクラブ使ってんでしょう?」
 
当然炎上しますよね。
しかし、その方は、「私は、この方法で掲示板の会員を増やしてきましたから」と平然としていました。
 
もちろん、筆者はその方の真似はしませんでしたが。
しかし、この人は本能的に、アテンション・エコノミーの真髄を理解していたと言えます。
 
 
 

アテンション・エコノミーとは

 
私たちの周りには、今や圧倒的なボリュームの情報が飛び交っています。対して、私たちが情報を閲覧するために割くことができる時間や労力は限られています。
情報発信を望む側の企業や人々からすれば、「どうやれば、私が発信した情報を見てもらえるのか?」というのが悩みどころです。
 
その結果、情報発信を望む側の企業や人々にとって、情報を閲覧する側の利用者が抱いている関心(アテンション)は、とても貴重なものとなります。アテンションがあれば、情報を見てくれる可能性が高まりますからね。
 
そこで、利用者のアテンションを惹きつけられるコンテンツを提供し、得られたアテンションを広告主に対して販売して収益を上げる仕組みが生まれました。つまり、アテンションを交換財化してビジネスにするわけです。
 
これがアテンション・エコノミーであり、現在のネットビジネスやメディアビジネスの多くは、このアテンション・エコノミーにとても大きな影響を受けています。
 
 
 

なぜバカッターは生まれ続けるのか?

 
バカッターという言葉があります。
 
これは「馬鹿」と「Twitter」を組み合わせた造語であり、Twitter(※現「X」)やTikTokなどのSNSにおいて、社会的に非常識な(あるいは犯罪に準じる)行動を自らSNSに投稿することで、自身の承認欲求を満たそうとする行為を指します。
 
2016年6月に発生した熊本地震の際、「動物園からライオンが放たれた!」と画像とともにTwtterに投稿した20歳男性がいました。
後に彼は偽計業務妨害で逮捕されることになりますが、そのTweetは1時間で2万回以上リツイートされました。自身の投稿が次々と、そして爆発的にリツイートされる様子を見て、彼は、「やべぇぇぇ、リツイート楽しい」と投稿しています。
 
こういったネットを介した非常識な自己承認欲求の背景には、デジタルドラッグやソーシャルポルノとも呼ばれる、ネットが利用者にもたらす中毒性があります。
 
 
 

フィルターバブルとエコーチェンバー

 
以前、秋元通信では以下記事を配信しました。
 

 
記事内では、SNSによって、気が付かぬ間に心理操作を行われてしまう危惧を解説したのですが、これはフィルターバブルとエコーチェンバーというキーワードで、現在では説明されています。
 
SNSやインターネット検索エンジンなどは、ネットの利用履歴から利用者の趣味嗜好や思想の傾向を分析し、利用者が好ましいと思う情報をレコメンド(おすすめ)する機能を備えています。
 
その結果、特にSNSでは、同じような考え方や趣味嗜好を持つ人たちが集まる泡の中に閉じ込められる結果となります。これがフィルターバブルです。
 
自分自身と似たような価値観を持った人たちに囲まれているのは心地よいですが、これがさらに問題を引き起こします。
フィルターバブルの中で、同じような価値観に基づいた発言を、複数の利用者が繰り返している(反響している)と、やがて発言は過激化していきます。過激化した反響を浴び続けた利用者は、やがて自己洗脳され、思想も過激化していきます。これがエコーチェンバー(反響室)です。
 
怖いのは、こうして過激化した思想は、標的を求めていることです。
 
近年、ネットで誹謗中傷された有名人や芸能人が自殺に追い込まれるケースが相次いでいますが、誹謗中傷を行った人々の中には、デジタルドラッグに蝕まれ、そしてフィルターバブルとエコーチェンバーによって、自らの思想を過激化させてしまったことに気がついていない人もたくさんいます。
 
 
 

「表現の自由」の兵器化という警鐘

 
こういったネット社会の状況を踏まえ、登場しているのが「『表現の自由』が兵器化しているのではないか?」という議論です。
 
この議論では、元々、「表現の自由」という言葉は、民主主義が少数派の人権を守る手段として用いられていたと考えます。しかし、今では民主主義や少数派の人権を破壊するための攻撃兵器として、「表現の自由」が都合良く使われているのではないか?、というのが、「『表現の自由』の兵器化」が意味するところです。
 
本稿を執筆するにあたって調査した文献に、興味深い見解がありました。
 
いわく、「表現の自由という憲法上の権利が生まれた時代には、現在と比較して情報の供給量が過小で情報の流通量を増やすことが重視されていた」と指摘した上で、「表現の自由」については、「情報の送り手である発信者の方に重きがおかれた経緯がある」としています。
 
これが本当ならば、今や誰もがネットの普及によって情報発信者となりうる現代では、「表現の自由」の定義を再考する必要があるでしょう。
 
 
 

アテンション・エコノミーは、社会がネットの進化と浸透に追いついていない歪み?

 
2022年6月、刑法改正で侮辱罪の法定刑が引き上げられました。
これは、ネット上での誹謗中傷に対応することを目的としているのですが、一方でその適用解釈については、侮辱罪も名誉毀損同様、外部的名誉(社会的な評価)を保護の対象とすべきという学説が、未だ有力なんだそうです。
 
でも、ネットで誹謗中傷された場合って、真に問題とすべきは、誹謗中傷されたことによって傷ついた心ではないでしょうか?
ネット上での誹謗中傷が、例えば勤務先での評価、取引先からの評価に直結することはよほどのケースでしょう。
 
これは、ネットの進化と浸透に対し、社会制度であり、あるいは私たちの認識が追いついていないことの証のひとつでしょう。
 
 
アテンション・エコノミーは、他にもさまざまな課題を産んでいます。
例えば、流通する情報の質の低下は、その最たるものです。
 
筆者も、複数のメディアで執筆し、情報を発信する側のひとりではありますが、率直、「このライター、きっと情報の裏付けしていないんだろうな」と感じる同業者がたくさんいます。
これは良くないですよ。
 
「情報の質よりもマネタイズを優先する」
アテンションの獲得による、マネタイズの最大化は、必ずしも優良な情報発信に結びつかないですからね…
 
 
こんなニュースがありました。
 

 
気味が悪いニュースです。
AIによる疑似人格との対話にのめりこんだ人が、自殺に追い込まれたという内容です。
 
アテンションを得ることを最大化したAIによって、人生を破壊された例です。
 
このニュースとアテンション・エコノミーには直接的な関係はないかもしれません。
ただ、「アテンションをマネタイズする」ビジネス活動を極限化すると、死という、人にとっての最大の禁忌すらも侵させてしまうという事例として、このニュースから私たちは学びを得るべきです。
 
ネットは便利ですけど、のめり込み過ぎはダメですね。
もし、この記事を読んで、「あれ、私もアテンション・エコノミーに踊らされているかも??」と思った方がいたら、少しネットとの距離を置くことも考えてみてください。
 
 
 

出典および参考

 

  • 思想の自由市場の落日 : アテンション・エコノミー×AI (特集 社会インフラとしてのAI)
    山本 龍彦
    Nextcom
    2020.Win
  •  

  • アテンション・エコノミーと報道 : デジタル言論空間のあり方を問う
    山本 龍彦
    新聞研究 / 日本新聞協会 [編]
    2021.8・9
  •  

  • 急増する情報とメディア空間の”ゆがみ” : アテンションエコノミーとフェイクニュース
    宮本 聖二
    21世紀社会デザイン研究
    2022
  •  

  • 対談 兵器化する「表現の自由」とアテンション・エコノミー (特集 オンラインと自由)
    山本 龍彦, 小嶋 麻友美
    世界
    2022.10
  •  
     
     


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