秋元通信

昇進を望まない社員は悪なのか?

  • 2017.12.19

ある営業マンがいました。
長年に渡り、驚異的な営業成績を上げ続けた彼は、同時に多くの後進を育てました。同社が、自社の営業力を示す最終型のひとつとして、飛び込み営業Onlyの子会社を設立した時には、彼は社長に抜擢されました。誰もその人事に疑問を挟む者はいませんでした。何故ならば、彼は既に伝説の営業として尊敬を集めていたからです。

ある日、営業部に衝撃が走りました。
彼が役職ナシの平社員として、営業の現場部隊に下りてくるというのです。
衝撃は彼を受け入れる部署だけでなく、1000人を超える同社、同社子会社を含む全営業に広がりました。

もちろん彼は、抜群の営業成績を上げ続けます。すぐにサブマネージャーになったものの、それ以上の昇進を彼は拒み続けました。

困ったのは会社です。
前進こそが正義の営業会社において、彼の振る舞いは受け入れがたいものです。現場にも混乱が生じました。彼の現在の上司のほとんどは、彼の指導を受けた者ばかり。やりにくいわけです。彼は後輩の部下になるや、態度も言葉遣いも部下としての振る舞いに徹しました。そこには確かな敬意があったものと私は思いますが、中には慇懃無礼と感じた者もいました。

年一回の営業表彰が発表されると混乱は更に広がります。
彼は歩合だけでウン千万円を得ていることが明らかになったからです。

「それだけ稼いでいるんであれば、昇進して組織に貢献しろよ!」

サブマネージャーとは名ばかりで、部下を育成しようとせず、自身の成績だけを追う彼の態度に、次第に非難の陰口が叩かれるようになります。

「昇進しなくてもいいんだったら…、昇進したくないよね?」
部下の営業成績に責任を負い、時には叱責を受けるマネージャー、エリアマネージャーの姿を見ている後輩、もしくは新人からもそんな声が聞かれるようになってしまいました。

 

「新人・若手の意識調査」(リクルートマネジメントソリューションズ)によると、「管理職になりたい」および「どちらかといえばなりたい」と回答した新入社員の割合は、2010年の55.8%から、2016年では31.9%にまで減少したんだとか。

今回は、昇進をテーマに考えましょう。

スペシャリスト、そしてスペシャリストに相対する用語としてゼネラリストという言葉をご存知でしょうか。
単純に日本語訳すれば、スペシャリスト=専門職、ゼネラリスト=総合職、ということになるのですが。解説しましょう。

スペシャリストとは

ある限られた分野について、その技能だけを追求することを認められた職務形態を指す。人事マネージメントなどの専門分野以外の職務は免除される。

例えば、SE(システムエンジニア)は、年令を重ね経験を積むことによって、SEからディレクターやPM(プロジェクトマネージャー)などへの職務の変更を求められることが一般的だが、スペシャリストになったSEは、専門分野のプログラム能力をひたすら追求することを求められる。

例えば、保険会社の営業職におけるスペシャリストとは、部下を持たず、組織を持たず、ひたすら営業だけを行う職務形態を指す。

一見良さそうなスペシャリスト制度だが、職務が限定されるトレードオフとして、基本給がやボーナスが低く据え置かれる、プラスアルファの実入りを求める場合は、歩合など成績に応じた報奨制度に頼るしかないといった、何かしらのデメリットが設定されることが通常である。
また、同僚が昇進する中、スペシャリストとなった者は取り残される、年下の上司の下で働かざるを得なくなることがあるなど、心理面でのデメリットの他、退職年齢が低く設定されるなど、人事面でのデメリットが存在する場合もある。

ゼネラリストとは

本来の意味は、営業、人事、開発や研究を始め、経営も含めた幅広い知識と経験を持つ人材を指す。
スペシャリストの反語としてゼネラリストという用語が使われるケースも多いが、スペシャリストほど一般的な言葉ではなく、解釈にも幅が見られる。

スペシャリストとは、出世を望まないサラリーマン人生に、会社が与えたお墨付きである、と解釈することも可能です。

「出世を望まない」
前述のアンケートは、新人を対象としたものです。そのことを称し、「最近の若い者は…」的世代間ギャップを嘆く人もいます。しかし、スペシャリスト制度が対象とするのは、昇進を現実的に意識する30代以上、特に40代、50代です。

出世を望まないサラリーマンは、お荷物なのでしょうか?
また、出世を望まないサラリーマンは、意識が低いのでしょうか?

筆者の友人の中には、出世を望まない人がいます。
しかし、そういう方が必ずしも意識が低いかというと、けっしてそうではありません。
趣味に生きている人もいます。
ある人はボランティア活動に熱心であり、その方面ではリーダーシップを発揮する有名人です。
シングルマザーとして、子育てを優先した結果、スペシャリストを選択した人もいます。
管理職を経験したものの、人事マネージメントが苦痛となった過去から、スペシャリストSEに転身。SEとしてとても大きな成果を挙げている人もいます。

出世を望まない人が、イコール無能な人である。
出世を望まないことが、イコール会社にとって悪である。

これは短絡的すぎるのではないでしょうか。

冒頭の例に戻りましょう。
伝説の営業マンは、会社にとって悪でしょうか?
私は、実際にその場にいた者のひとりとして、「彼は会社にとって有害になってしまった」と考えています。
理由はいくつかあります。

  • 出世、昇進こそが正義であると言い続けてきた彼自身が、彼自身の言葉を裏切ったため。
  • 自身の言葉と過去を否定したことで、後輩からの信頼も裏切ったため。
  • 件の会社に限らず、営業会社においては成長こそが正義であり、出世昇進は正義の象徴である。しかし、影響力の大きい伝説の営業マンが出世を断ったことで、営業会社の根源的な思想に疑問符を突きつける結果となってしまった。

率直に言えば、私を含めた彼以外の社員は、会社から洗脳されていたんだと思います。彼はその洗脳の先頭で旗を振っていたひとりでした。
その彼が、ある日突然会社が掲げる精神性、もしくは不文律に逆らい始めました。私を含め、反発を感じた者は、それまで自分が信じてきたものを否定されたような感じたのです。
彼は、会社という閉じた社会において、いわば喉に刺さった骨のような異物になってしまったのでしょう。

以前お届けした「ブラック企業が人を集められる理由」において、ブラック企業の特徴のひとつとして、「会社の目指すビジョンやコンセプトが明確である」を書いたことがあります。
営業会社に限らず、日本企業は社員を働かせるモチベーションアップの方策として、「出世=正義であり良いこと」、「出世を目指さずして、何がサラリーマンか??」という価値観を創り上げてきた経緯があります。

社会が成熟し、また企業そのものも劇的な成長を目指しにくくなった現代だから、こういった旧来の価値観が成立しにくくなっているのかもしれません。

では出世を目指さない社員には、どのように対処すればよいのか?
対処方法のひとつとして、出世を必要としない企業組織に作り替える、というやり方があります。

例えば、一部の外資系やベンチャー企業では、役職とは名ばかりのフラットな組織経営をしているケースがあります。

社長以下、皆「さん」付けで呼びあう。
中間管理職を置かないフラットな組織運営。
個人の自主性を重んじ、人事マネジメントを廃する。
個人査定は無く、あるのは会社業績に応じた会社査定のみ。

勘違いしないで欲しいのですが、こういう企業が良いと言っているわけではありませんし、このような会社が、組織運営上、もしくはビジネス上の課題を抱えていることも事実です。

しかし…
時代の流れからして、出世を望まない社員が今後増えることはあっても、減る可能性は少ないと考えられます。
だとすれば、「出世を望まない」社員の存在を嘆くばかりではなく、組織や会社の有り様の変化も含めた、何かしらの対応をしていかない限り、会社の未来は厳しくなるばかりではないでしょうか。

現状では、個人が抱く働き方に対する意識の変化に、多くの企業が遅れを取っている感があります。
いち早く対応できた企業は生き残り、対応ができなかった企業は、大きく成長するか、もしくは衰退するかの両極端になるのかもしれません。


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