秋元通信

経営にアートは必要なのか?? バズワード「アート経営」を考える

  • 2020.9.16

「経営にも、アートが必要である」

 
この言葉を聞いて、皆さんは、どのようにお感じになりますか?
論理思考が必要な経営と、感性や直感などが活躍するアート(芸術)とは、一見、水と油のように相反する要素のように思えます。しかし今、アート経営、もしくはアート型思考といったキーワードが注目されています。
 
 
 

アート経営、もしくはアート型思考が生まれた背景

 
人の脳は、右脳と左脳に分かれています。
右脳は、感覚的で直感的。対して、左脳は、分析能力や計算能力などに長けていると言われています。
 
ビジネスの世界では、左脳的思考、すなわちデータを分析し、論理思考による判断が求められる…ことが、これまで一般的でした。
例えば、新製品を企画します。
すると、既存製品の販売実績や、マーケティングなどによって得られた多種多様のデータを元に、新製品を創造し、また社内を説得し、製品化、販売を実現していきます。
 
こういった、従来型の商品企画プロセスは、これまでは確かに効力を発揮してきました。
しかし、これだけ社会、そして文化が成熟し、人々の趣味嗜好も多様化した現在においては、左脳的思考による商品企画が難しくなってきました。
 
過去のデータや、マーケティングなどに頼った企画では、どれも似たり寄ったりになってしまうのです。
当たり前ですよね。同じデータから、同じように分析を行えば、自ずと導かれる結果は同じになるはずですから。
 
では、競合他社と違う企画を生み出すには、どうしたら良いのでしょうか?
 
ひとつの方法論として生み出されたのが、左脳的思考に頼らず、右脳的発想、つまり感覚や直感、つまり感性に基づく発想法です。こういった経緯から、アート経営、アート型思考といったキーワードが生まれてきたのでしょう。
 
 
 

ビジネスにアートを持ち込んだ、スティーブ・ジョブズ

 
ところで、iPhoneやMacBook を使う人って、どういうイメージを皆さんはお持ちでしょうか。
 
最近では、「ドヤラー」なるネット・スラングもあるようで…
これ、スターバックスで、MacBookを開いて長時間仕事をする人のことを指すんだそうです。「どうや、俺、イケてるだろう!?」ってオーラを出しているから、ドヤラーと呼ぶんだとか。
 
「ドヤラー」の是非はともかく。iPhoneやMacBookなどのApple製品には、「格好良い」とか「スマートである」といった、モノ本来の機能とは違う魅力があることは事実です。
iPhoneも、MacBookも、スマートフォン、もしくはPCとして、高い機能と性能を備えていることは確かですが、Appleユーザーの多くは、機能&性能プラスアルファの、感性に訴える特徴に魅力を感じています。
 
スティーブ・ジョブズは、変人として知られています。
菜食主義者だから体臭が臭わないと主張し、風呂に入らなかったことは、有名なエピソードです。Appleが革新的な製品をヒットさせ続けたこと、そしてAppleの象徴的アイコンとして、変人であるスティーブ・ジョブズがいたこともあり、Appleの経営は、アート経営の事例として、たびたび取り上げられるようになりました。
 
 
 

サイエンス、クラフト、アート。3つの思考モデルとは

 
アート経営では、以下3つの思考モデルを挙げて議論されます。
 
 

サイエンス(現在)型

様々な方法で分析を行い、数値を重視して意思決定をするタイプ。
 

  • メリット
    説得力がある。
    客観性がある。
  • デメリット
    時間(工数)がかかる。
    数値で裏付けられない判断は却下してしまう。
    平凡で似たような結論に至りがち。

 
 

クラフト(過去)型

過去の経験、先例などを元に、意思決定をするタイプ。

  • メリット
    経験値が高ければ、即戦力として活躍できる。
  • デメリット
    過去の経験や先例にこだわるため、革新的なアイデアは出にくい。

 
 

アート(未来)型

自身の感性を重視し、意思決定をするタイプ。

  • メリット
    革新的なアイデアを発案する可能性が高い。
  • デメリット
    自身の感性を信じるあまり、マーケットのトレンドと乖離していく危惧がある。
    説得力に欠ける。

 
 
特に日本社会では、サイエンス型思考が重視されているように感じます。サイエンス型思考、もしくはクラフト型思考に頼りすぎると、ライバルたち、そしてお客様やマーケットを驚かせるような革新的なモノは生み出すことが難しくなってしまいます。
 
そこで、発想であり思考の幅を拡大するスパイスとして、アート型思考が注目されるようになってきたのです。
 
 
 

アート型思考は、どのようにして鍛えるのか

 
アート型志向は、確かに魅力的です。
ただ、実践するには、豊かな感性が必要となります。感性が乏しい人が、「私の感性は、これが正しいと訴えているんだ!!」と主張したところで、周囲は認めないでしょう。「こいつ、痛いやつだなぁ…」で終わってしまうでしょうね。
 
アート型思考の鍛えるための方法として、美術鑑賞が挙げられます。
「社員のアート型思考を鍛えるために、社内に絵を飾りましょう!」なんて売り込みをしている画廊もあるようですが。
 
ただし、型にはまった評論を導くことを目的に、美術鑑賞を行っても、アート型思考は育成されません。広い視野で、自分が感じる心、発想を飛躍させていくことが大切です。
 
例えば、ミロのヴィーナスを見て、「意外とお腹出てるよね。この女性…」と感じたって良いのです。失われた手に持っていたはずのものは、美術史の観点から言えば、りんごが正解だと言われています。でも、「これだけふくよかな女性だから、もしかして骨付き肉を持っていたんじゃないか??」と想像したって良いのです。
 
古典的で有名な作品には、すでに完成された評論だったり、解説が備わっています。しかし、アート型思考を鍛える観点から言えば、そういった枠に自分の感性であり発想を合わせていくのではなく、発想の枠を広げていくことが大切なのです。
 
 
 

アート経営であり、アート型思考の課題を考える

 
アート経営(もしくは、アート型思考)は、確かに注目すべき考え方です。
しかし、それはサイエンス型思考、クラフト型思考といった、従来の思考法とのバランスの中で価値が生まれるものであって、アート型思考だけが単独でもてはやされるのは間違いです。
もっと言えば、アート型思考だけを用いて、ビジネスを進めるのは、極めて危険だと、私は考えます。以下、私見を述べます。
 
 
ひとつ目の理由です。
「美術を愛でれば、アート型思考能力が高まる」というのは、確かに事実だと、私も思います。しかし、感性を拡大するために必要とされる手法は、美術だけではないはずです。
音楽だって然り、美味しいものを食べても、人の感性は刺激されます。
知らない場所に行ったり、もしくは知らない人との出会いも、感性を刺激します。
新たなビジネスへのチャレンジも、ビジネス感性を広げるための、とても有効な手段でしょう。
 
アート経営/アート型思考という言葉に引っ張られ、美術/芸術だけが、感性を拡大する手段であるかのように喧伝する方もいるようですが、これは間違いであり、ミスリードだと私は感じています。
 
 
ふたつ目の理由は、アート経営/アート型思考という言葉について、しっかりとした定義が存在しないことです。
私は、本記事を書く上で、「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」(著:山口周)を参考にしました。この本は、読むべき良著です。しかし、ネット上などに氾濫する、アート経営/アート型思考の情報を読むと、内容はさまざまですし、また中には頭をかしげたくなるような説明を行っている記事も存在します。
 
ビジネスをアートで語る、という切り口が斬新であったがため、アート経営/アート型思考は大きな注目を集めています。それ故に、粗悪なコピー思想であり、模倣思想も蔓延しているのが、現状なのでしょう。
 
アート経営やアート型思考に関しては、経営学では、まだ評価が定まっていません。
バズワード(※本意の理解が損なわれたまま、拡散していくキーワードのこと)として、経営学における評価が定まらないまま、アート経営/アート型思考というキーワードが拡散している現状は、とても残念ではあります。
 
 
みっつ目の理由は、説明責任を放棄しているかのような印象を、どうしても抱いてしまうことです。
「進みすぎた科学は、魔法と変わらない」、こんな言葉があります。
スマートフォンなどは、江戸時代の人たちから見れば、魔法と思えるでしょう。
 
経営学は、過去の事象を分析し、そこに共通する学びを体系化、標準化することで、後に続く人たちが、より良い経営を実現できるようにするものです。
アート経営/アート型思考と現在呼ばれている事象も、研究が進めば、サイエンス型思考のひとつとして再定義される可能性がないでしょうか?
私は、十分にありえることだと考えます。
 
誤解のないように申し上げますが、アート経営/アート型思考は、けっして感性という名のもとに、好き勝手な経営判断であり、ビジネス思考を行うことを認めるものではありません。ただ、ともすればアートという言葉の持つチカラであり印象に負けて、好き勝手なことをしても良い、という印象をばらまいている情報源もあります。
 
感性と論理的思考は、必ずしも矛盾するものではありません。同じではありませんが、相対するものではないのです。
アート経営/アート型思考には、論理的思考のスパイスであり、学問的な体系化が、もうちょっと必要だと私は思っています。実際、バズワードとして、誤った理解と展開が広まっていますし。
 
今のところ、アート経営/アート型思考というのは、データや数値に偏重しすぎるサイエンス型思考やらクラフト型思考に対するアンチテーゼとして捉えていく程度の認識であったほうが、安全な気もします。
 
皆さまは、どうお感じになりますでしょうか?
 
 
 
 

参考・出典

 

  • マンガと図解でわかる 世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
    著:山口周  光文社

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