秋元通信

ついやりがちな倫理違反広告、誤認惹起行為を考える

  • 2022.2.28

何年か前、伊集院光さんがラジオで話していたことです。
飲食店によっては、訪れたタレントのサインを飾っていることがあります。「あれ、場合によってはすごく困るんだよね…」と前ふりした上で、ご自身が体験した話を語っていました。
 
あるラーメン屋に入ったところ、店主からサインを求められたと言います。
サインを書くことそのものは問題がありません。ところが、その店主は、「サインに添えて、『すごく美味かった』と書いて欲しい」と求めたのだとか。伊集院さんいわく「そこまで美味しくなかったんだよなぁ~」とのこと。
 
もし、伊集院さんが、サイン色紙に「すごく美味しかった」と書いたら、どのような問題があるのでしょうか。
 

  • 伊集院さんの活動に支障が出る可能性がある。
    実際にそのラーメン屋で食事をした他の方は、「伊集院さんは美味しいって書いてるけど、それほどじゃないよね。伊集院さん、味音痴なんじゃないの?」と感じる可能性があります。食レポの仕事に支障が出るかもしれません。
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  • 「伊集院光のお墨付き」が独り歩きする可能性がある。
    もしかしたら、この店主は伊集院さんのサインを根拠に、「伊集院光さんが認めたラーメン」などという宣伝をするかもしれません。
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  • 他の消費者に誤解を与える。
    「伊集院さんが美味しいって言っているのであれば、きっと美味しいのだろう」と思う方もいるでしょうね。

 
前回の秋元通信では、「SNS社会が生んだ倫理違反広告、ステルスマーケティングとは」と称し、ステマ(ステルスマーケティング)の解説をしました。
 
記事の最後を、私はこのように結んでいます。
 

ステマ、もしくは品質等誤認表示といった倫理違反広告と、そうではない真っ当な広告の境界線というのは、意外とあいまいです。
 
『あれ?、こういうのって普通にやりがちじゃない?』──これがステマ問題の難しさでもあります。

 
今回は、ついやりがちな、誤認惹起行為について考えます。
 
 
 

誤認惹起行為とは

 
前号では、ウインザー効果、ハロー効果、バンドワゴン効果などの心理を解説しました。
かんたんにまとめると、人は製品やサービスを提供するメーカーなどの当事者の言葉(広告宣伝)よりも、第三者の口コミを信じる傾向があることが知られています。
第三者は、当事者と遠い存在であるほど信頼性が増します。
また、有名人や権威のある人の発言も、より信じられることが知られています。
 
製品やサービスを購入しようとするときには、対象となる製品・サービスの情報を知っていることが前提です。前提条件となる製品・サービスに関する情報(以下、事前情報とします)をもとに、人は、必要性や価格、利便性、その製品・サービスを購入したことで得られるメリットなどを総合的に勘案し、購入へと至ります。
 
ところが、その事前情報が間違っていたらどうでしょうか?
例えば、実際にはその製品・サービスは、50点の品質・性能なのに、80点だと誤認してしまったらどうなりますか?
 
「こんなはずじゃなかった」「期待していたものと違った」──購入した人は、がっかりしてしまうかもしれません。
 
誤認惹起行為は、製品・サービスを購入する上で、最初のステップとなる事前情報を偽り、消費者の購入判断をミスリードさせる危惧があります。
 
なお、前号で解説した塗装業者のニセ口コミサイトにおける裁判では、不正競争防止法に基づき、問題の塗装業者の行為を品質誤認表示であるという判決が出ました。
別のステマに対する裁判では、景品表示法に基づき、優良誤認表示と判決されたケースもあります。
 
判決の論拠となる法律によって表現は異なるものの、私たち一般人における知見の範囲では、品質誤認表示も優良誤認表示も、同じく誤認惹起行為と理解して良いでしょう。
 
 
 

ついついやりがちな、誤認惹起行為

 
かつて、私がある物流ソリューションの広告記事執筆を依頼された時のエピソードです。
私が提出した原稿に対し、編集担当者から書き直しするように指示がありました。
 
「このソリューションが、業界最強で、競合他社ソリューションよりも圧倒的に優位であることを書いて欲しい」──編集担当者は、このように言ってきました。
 
そのソリューションは、確かに良いものでした。
ですが、最強は言い過ぎです。総体的に見れば優れたソリューションではありましたが、すべての利用者にとって最適なものではなく、利用者を選ぶものでした。
 
最強だと私が思うことができれば良かったのですが…、最強と書くことになんら問題はありませんから。
しかし、最強ではないと判断したものを、最強と書くわけにはいきません。
 
また、記事は物流ジャーナリストという肩書とともに、私の記名入りとする約束でした。私の名前にどれほど効力があるかは不明ですが、物流ジャーナリストという肩書は、読者に対し効力を発するでしょう。
 
不正競争防止法では、「役務若しくはその広告にその役務の内容等について誤認させるような表示」をする行為を不正競争行為として定めています。
注意すべきは、誤認の認定について、実際の誤認が起きている必要は無く、表示自体が誤認させるようなものであれば、不正競争行為としてみなされるとしている点です。
 
そもそも、広告において、「最強」「最高」「最大」「No.1」などといった絶対的な位置づけを謳うキャッチコピーは、大原則としてご法度です。そのように表現する際には、細心の配慮を行う必要があります。
 
 
 

デメリットを伝えることは、製品・サービスへの信頼を損なうのか?

 
「でも、お金を出して出稿する広告なんだから、最大限のアピールをして欲しいじゃないですか?」──このように考える人や企業の気持ちはよくわかります。
 
でも、少し考えてみてください。
製品・サービスのデメリットをあわせて伝えることは、販売効果を本当に損なうのでしょうか?
 
かつてメディア業界では、ある大手システム会社が、自社のアピールを強く要求することで有名でした。自社システムに対し、批判的な記事を書いたメディアにはクレームを入れていたという話もあります。広告記事ではありません。メディアの批評記事、意見記事に対してです。
 
やがて件のシステム会社は、徐々にIT業界での存在感を失っていきます。GAFAの台頭にはついていけなかったのです。セミナーを開催しても、集客は目減りしていくばかりでした。
そこで、システム会社は、方針転換を行います。
同社のシステムに否定的な内容を書かれても、OKとしたのです。さらに自社で出稿する広告記事にも、評論家による自社システムの批評を掲載するようになりました。
 
結果、同社のことを取り上げるメディアが増え、同社セミナーの集客数も回復していったそうです。
 
 
客となる消費者や企業も馬鹿ではありません。
取り上げている製品・サービスにおべっかばかりを使うような記事は、そもそも信頼されない可能性があります。
 
本当に伝えるべき内容を伝えず、消費者・企業をあざむくような内容のアピールは、法律違反であると同時に、長期的に見れば社会の信頼を失っていく可能性があります。
 
ちなみに私の執筆した記事広告の件ですが、最終的には広告主は最強と書かないことを認めてくれました。倫理的に問題があることを納得してくれたのでしょう。
気がついてくれて、本当に良かったです。
 
 
 

出典および参考

 

  • インターネット広告掲載に関するガイドライン集/基本実務・用語集 2020年度版
    日本インタラクティブ広告協会 2020.5
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  • 判例研究 口コミサイトのランキング順位操作にかかるステルスマーケティング行為について誤認惹起行為であると認めた事案 : 大阪地判平成31年4月11日判時2441号45頁 [口コミサイトのランキング順位操作]事件
    安田 和史
    日本大学知財ジャーナル / 日本大学大学院知的財産研究科 (専門職) 編 2021.3
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  • インフルエンサーを利用したステルス・マーケティングにつき、FTCが広告業者に対してのみ措置をとった事例 : Xbox Oneに係るMachinima事件 (特集 景品表示法違反事件の動向)
    早川 雄一郎
    公正取引 / 公正取引協会 2020.12

 
 
 

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