筆者が子供の頃は、芸能人や有名人の情報を得るのは、TVやラジオ、雑誌などのメディアに限られていました。コンサート、舞台、サイン会などもありましたが、こういったリアルに同じ空間を共有する方法はいつも実現できるわけではなく、あくまで例外的な手段でした。
しかし今ではネットの普及により、私たちは、Facebook、Twitter、Instagram、TikTokなどのSNS、Youtubeなどを介して、芸能人・有名人が直接発信する情報に、日常的に触れることができるようになりました。
憧れの芸能人の、しかも肉声や本音に触れる機会が増えることは、特にファンの方々にはとても嬉しいことでしょう。
しかしその反面、新たな問題も生まれ始めました。
そのひとつが、ステルスマーケティング(ステマ)です。
今回は、ステマについて考えましょう。
ステマ(ステルスマーケティング)とは、製品・サービスの宣伝であることを伏せて行われる宣伝行為を指します。
例えば、ある女性芸能人が、「最近使い始めた化粧水の具合が良くて、お肌がすべすべになりました!」とSNSに投稿したとします。
憧れの芸能人の言葉ですから、信じ、そして真似するファンもいるでしょう。
しかし実際には、その芸能人は、化粧水のメーカーから「あなたのSNSで宣伝して欲しい」と依頼を受け、報酬をもらった上でSNSで投稿していたとします。
人気芸能人であれば、数百万人のフォロワーを抱えている方もいらっしゃいます。
下手な広告よりも、よほど宣伝効果は見込めるでしょう。
人は、広告よりも誰かの口コミをより信頼する傾向があります。広告は、対象となる製品やサービスの主体者(メーカーや商社など)が情報発信の主体者となります。広告のような、利害関係者が発信する情報ではなく、利害関係に無縁の第三者が発信する情報や評価を、より信頼してしまうわけです。こういった心理をウィンザー効果と呼びます。
さらに、それがあなたが憧れる芸能人が発信した情報であれば、なおさら信じたくなります。憧れの芸能人に限らず、社会的に評価されている人物(もしくは団体や組織)が行った評価を信頼できると考えてしまうことをハロー効果と呼びます。
「公式御用達」などのお墨付きアピールは、その典型です。
さらに、バンドワゴン効果(同調効果)も問題です。
先の例で考えましょう。女性芸能人のSNS投稿に対し、多くのファンが「その化粧水、気になっていました」「○○さんがオススメするのであれば、私も使ってみます」などといった肯定的なコメントが集まっていたとします。
それを見たあなたは、「みんなも良さそうだと感じたのであれば、そのとおりなんだろう!」と思ってしまいます。これがバンドワゴン効果です。
広告は(当然ですが)その性質上、多くの人の目に触れます。そして、広告には人の行動に影響を与えるチカラがあります。(それが広告の目的ですからね)
だからこそ、倫理的に問題のある広告は、社会に悪影響を与える可能性があります。
インターネット広告倫理綱領(2000年制定)
- 広告は社会の信頼にこたえるものでなければならない。
- 広告は公明正大にして、真実でなければならない。
- 広告は関連諸法規に違反するものであってはならない。
- 広告は公序良俗に反するものであってはならない。
これは、日本インタラクティブ広告協会が定めたものです。
この倫理綱領を定めた理由について、同協会はこのように説明しています。
「インターネット広告は、これまでにはない優位な特性を持つ広告手段であり、広告主と共に、様々な可能性を追求し、自由で独創的な表現ができる手段として育成していく必要がある。一方、消費者がインターネット広告を通し安心して広告主から発信される情報を生活により役立つものとして利用できるよう、その信頼性、安全性を継続して確保する必要もある」
ものすごく乱暴にまとめてしまうと、「便利なものだからって、何をやっても良いとは思うなよ!」ってことでしょうか。
例えば、TVのゴールデンタイムにCMを出そうとすれば、千万円単位の広告料が必要となります。しかし、芸能人にお金を払って、自社の製品を宣伝してもらえば、はるかに安い費用で済む上、狙ったターゲットにピンポイントで宣伝できる可能性があります。費用対効果が高いわけです。
ウィンザー効果を狙い、宣伝であることを隠せば、効果はさらに増します。
消費者の知るべき情報を隠し、人の心理の隙間を突いて、より効果的な宣伝を行おうとするのは卑怯です。
だから、ステマは問題となるのです。
ある塗装業者がいました。以下、A社とします。
A社は、「みんなのおすすめ塗装屋さん」というクチコミ比較サイトを制作しました。塗装業者の評判について、実際に塗装業者を利用したユーザーが投稿できる口コミサイトを用意したわけです。
こういった口コミサイトの存在そのものに、問題はありません。
しかしA社は、公平を装って、虚偽の口コミを自作自演で投稿しました。そして、常にクチコミ評価ランキングのトップを、A社になるように操作したのです。
ウィンザー効果、バンドワゴン効果が、広告宣伝の手段としてより効果的であることを知っているからこそ、こういった倫理違反を犯す輩があらわれるわけです。
もちろん、こういった行為は違法です。
A社は、不正競争防止法2条1項20号(改正前14号)の品質等誤認表示に該当するとの判決を大阪地裁から下されました。
ただし…
ステマ、もしくは品質等誤認表示といった倫理違反広告と、そうではない真っ当な広告の境界線というのは、意外とあいまいです。
「あれ?、こういうのって普通にやりがちじゃない?」──これがステマ問題の難しさでもあります。
次号では、ステマとみなされないためのポイントを考えていきます。
- インターネット広告掲載に関するガイドライン集/基本実務・用語集 2020年度版
日本インタラクティブ広告協会 2020.5 - 判例研究 口コミサイトのランキング順位操作にかかるステルスマーケティング行為について誤認惹起行為であると認めた事案 : 大阪地判平成31年4月11日判時2441号45頁 [口コミサイトのランキング順位操作]事件
安田 和史
日本大学知財ジャーナル / 日本大学大学院知的財産研究科 (専門職) 編 2021.3 - インフルエンサーを利用したステルス・マーケティングにつき、FTCが広告業者に対してのみ措置をとった事例 : Xbox Oneに係るMachinima事件 (特集 景品表示法違反事件の動向)
早川 雄一郎
公正取引 / 公正取引協会 2020.12