秋元通信

新型コロナウイルスに従業員が罹患したら公表しなければならないのか?

  • 2021.8.24


 
 
先日、ある運送会社から、こんな質問を頂きました。
 

「当社の社員で、新型コロナウイルスに罹患した者がいます。公表しなければならないのでしょうか?」

 
悩ましいところですね。
秋元通信流に、関連する情報をまとめました。
 
 
※本記事は、あくまで参考として御覧ください。
 実際、公表すべきかどうかの判断は、保健所など当局とも相談の上、ご判断をしてください。

 
 
 

法律上の公表義務はあるのか?

 
結論から申し上げると、社員が新型コロナウイルスに罹患したからといって、企業がその事実を公表する義務は無いものと考えられます。
 
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(通称、感染症予防法)を確認したところ、公表の義務が掲げられてるのは、医師(第12条)、獣医師(第13条)、厚生労働大臣および都道府県知事(第16条、厚生労働大臣に限っては第44条の2)だけです。
 
医師および獣医師は、感染症患者を診断したときに、保健所経由で都道府県知事に届け出る義務が課されています。
また、厚生労働大臣および都道府県知事は、感染症の発生状況、動向、原因や、予防および治療に必要な情報を積極的に公表しなければならないとされています。
 
参考までに、第44条の2の条文を転載しましょう。
 

新型インフルエンザ等感染症の発生及び実施する措置等に関する情報の公表)
第四十四条の二 厚生労働大臣は、新型インフルエンザ等感染症が発生したと認めたときは、速やかに、その旨及び発生した地域を公表するとともに、当該感染症について、第十六条の規定による情報の公表を行うほか、病原体の検査方法、症状、診断及び治療並びに感染の防止の方法、この法律の規定により実施する措置その他の当該感染症の発生の予防又はそのまん延の防止に必要な情報を新聞、放送、インターネットその他適切な方法により逐次公表しなければならない。

 
 
参考として、2020年7月28日付で、「厚生労働省新型コロナウイルス感染症 対策推進本部」が、都道府県などの衛生主管部宛に発表した連絡資料を紐解きましょう。
 
「一類感染症が国内で発生した場合における情報の公表に係る基本方針」と題された本資料中には、以下のような記載があります。
 

「なお、新型コロナウイルス感染症を含め感染症法上の一類感染症以外の感染症(二類感染症等)に関わる情報公表についても、厚生労働省では、基本方針を踏まえ、疾患の特徴や重篤性等を鑑みてプレスリリースを発出しているところですが、貴職におかれましても、基本方針を参考にしつつ、引き続き適切な情報公表に努めるようお願いいたします」

 
本資料は、企業に対して出されたものではなく、保健所等を取りまとめ、保健衛生の最前線に立つ衛生主管部に対して発表された資料ですが、ここでも「引き続き適切な情報公表に努めるようお願いいたします」というお願いベースであることに目が行きます。
 
こういった事情も踏まえると、企業に対し、社員の新型コロナウイルス感染を公表する義務は存在しないと考えて良いでしょう。
 
 
 

取引先に対する公表義務はあるのか?

 
では、取引先に対し、新型コロナウイルスに罹患した従業員がいることを公表する義務はあるのでしょうか?
 
これ、とても難しいところです。
 
まず、道義上の義務があります。
取引先の従業員に対して、新型コロナウイルスを罹患した従業員が、濃厚接触していた場合には、道義上、当然知らせるべきでしょう。
濃厚接触にあたらないとしても、デルタ株、ラムダ株など変異株については、すれ違う程度の接触で感染したケースが報告されています。したがって、取引先従業員と短時間でも接触した場合には、やはり道義上知らせるべきだと、私は考えます。
 
問題は、取引先従業員とコロナに罹患した従業員が、まったく接触していない場合です。
これは、取引先と締結している基本契約など、各種契約書をあたり、内容を確認すべきでしょう。
 
一般論ですが、契約書には、解除条項が記載されていることが間々あります。
「重大な過失または背信行為があったとき」「差押、仮差押、仮処分、競売、破産、民事再生手続開始、特別清算開始の手続きの申立または公売処分を受けたとき」など、企業の経営存続に対し、重大な局面が発生したときに、契約そのものを解除することを明記した内容です。
 
この解除条項は、しばしば以下のような一文で締められます。
「その他、財務状態の悪化、またはその恐れがある認められる相当の事由が生じたとき」
 
ひとりの従業員が新型コロナウイルスに罹患した程度では、経営に影響は出ないでしょう。
しかし、例えばトラックドライバーの間でクラスターが発生し、輸送体制を維持することが難しくなった場合、先の「相当の事由が生じたとき」に該当すると考えられます。
 
したがって、取引先との契約内容に従い、相手方に通達する義務が生じるものと考えられます。
 
 
 

世間に対する公表義務は?

 
では、社員に新型コロナウイルスの罹患者が発生した場合に、Webサイトなどを通じて、世間一般に広く公表する義務はあるのでしょうか。
 
まず、法律上の義務はないと、すでに申し上げています。
となると、考えるべきは道義上の責任でしょうね。
 
例えば、飲食店の場合。
従業員が新型コロナウイルスに感染したとすれば、感染期間中に飲食店を利用したお客さんは、不安を感じるでしょう。
 
例えば、宅配ドライバーの場合。
ドライバーが新型コロナウイルスに感染したとすれば、そのドライバーから荷物を受け取ったお客さんもまた、不安を感じるでしょうね。
 
これらの状況で、お客さんが濃厚接触者に該当するかどうかは微妙です。
ただし、こと感染症に関して言えば、「あなたは濃厚接触者に該当しないから、感染のリスクはありません」と言い切ることは難しいです。絶対、という概念が、感染症には通じないからです。
 
 
 

「混乱を広めたくなかった」は、理由として成立するのか

 
「当社の社員で、新型コロナウイルスに罹患した者がいます。公表しなければならないのでしょうか?」
 
私に相談をしてきた運送会社に対し、私は、「法律上の義務として、公表する義務はありませんよ」と答えました。
 
すると、相談者は、以下のようにおっしゃいました。
 
「では、皆さまに無用の心配をおかけして、混乱を引き起こさないためにも、公表は控えます」
 
ちょっと待ってください。法律上の義務と、道義上の責任は別物ですよ ── 私は、あわてて付け加えました。
 
無用の心配、という言葉は難しいです。
というのは、この場合、その心配が無用であるかどうかを、最終的に判断するのは、当人である運送会社ではなく、相手方である顧客や取引先だからです。
 
公表しないことを判断するときには、「公表しないことのメリット」が「公表することのデメリット」を上回ることを、きちんと証明できないと難しいでしょう。
 
例えば、ずっと在宅勤務を続けている社員が、プライベートで感染した場合には、取引先や顧客、もちろん自社従業員に対しても、物理的な接触機会が存在しません。
このようなケースでは、公表せずとも批判を受けることはないと考えられます。
 
ただし、世間とは、時として道理を無視し、筋の通らない批判を巻き起こすものです。これは、SNS時代の今だからこそ、リスクとして高まっている事象でもあるのですが。
 
もし、先の在宅勤務中に、新型コロナウイルスに罹患した社員が、営業だったとしたらどうでしょうか。
 
「A社の営業社員が新型コロナウイルスに罹患したのに、A社は公表しなかったらしいぞ。発症までの潜伏期間中も、ずっと営業活動をしていたのに」
 
嘘ではありませんよね。
ただ、営業手法が、オンラインであり、物理的接触を伴わない事実が抜けてるだけです。
そして、誤情報があっという間に拡散し、企業イメージに大きなダメージを与えてしまうのが、今の時代なのです。
 
ある宅配運送会社では、事務員に新型コロナウイルス罹患者が発生しました。
職務上、ドライバーとの接点がないため、宅配ドライバーへの感染懸念は、限りなく少ないと考えられます。
 
ところが、「**運送で、新型コロナウイルスが発生したらしい」という噂だけが巷に広まり、同社は自粛警察とみなされる一部の人たちから、批判されたそうです。
ちなみに、同社の場合、罹患者発生の事実は、Webサイトで公表していました。
悪質なデマだけが、噂として飛び交った、残念な事例です。
 
 
「混乱を広めたくなかった」── 気持ちはわかります。
しかし、特に個人を相手に仕事をしている場合は、大原則として新型コロナウイルス罹患者が従業員にいたという事実は、公表すべきではないでしょうか。
 
世間に知られた後で火消しに回るより、あらかじめ公表し、ボヤで済ませるほうが、企業リスクとしてははるかに低いと考えられるからです。
 
 
 

まとめ:従業員が新型コロナウイルスに罹患した際、企業はその事実を公表すべきなのか?」

 
法律上では、従業員が新型コロナウイルスに罹患した事実を公表する義務はないと考えられます。
 
ただし、上場企業の場合は公表義務があるとする意見があることは、付記しておきましょう。
上場企業の場合、株価に影響を与える事象については、公表する義務を定められているからというのが、根拠です。
ただし、従業員の一人二人が感染したところで、株価に影響を与えるとは考えにくいです。したがって、これも例えば工場内でクラスターが発生し、製造体制に影響が出るケースなどに限定されるものと考えられます。
 
 
次に考えるべきは、取引先等に対する公表義務(厳密には、通達義務と呼ぶべきでしょう)です。
これも、影響範囲を考えて判断すべきでしょう。
取引先に濃厚接触該当者がおり、取引先内での感染拡大が予想される場合には、絶対に通達すべきです。
しかし、取引先に対する感染拡大のリスクがゼロであり、製品製造が滞る、輸送などのサービス提供が難しくなるといった、取引先に対する不利益が生じる可能性がないのであれば、公表義務はないと考えられます。
 
さらに、Webサイトなどで世間に広く公表するかどうかですが、個人の消費者を対象にビジネスを行っている場合には、企業に対する不要な不安を防ぐために、原則として公表すべきでしょう。
逆に、BtoBの配送しか行っていない運送会社のように、世間との接点が限定される場合には、公表しなくとも良いかもしれません。ただし、住宅地に事業所がある場合には、BtoBビジネスを行っている企業といえども、地域社会への不安払拭のため、公表することが望ましい場合もあります。
 
 
現在、これだけ新型コロナウイルス感染が拡大している状況ですから、従業員が感染した事実を公表したところで、企業がダメージを受けるリスクはさほど大きくはないとも考えられます。むしろ、事実関係を含め、きちんと公表することで、企業イメージアップに貢献する可能性もあります。
 
ディスクロージャー(Disclosure /情報公開・情報開示)の重要性が高まる昨今。
小さなプライドのために、事実を公表しないことは、企業への信頼を大きく失う結果にもなりかねません。
 
もし万が一、従業員が新型コロナウイルスに罹患しまったのであれば。
冷静に、そして公表することを前提に、社内で議論をすすめるべきではないでしょうか。
 
 
 


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